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237.新婚旅行 六日目 遭遇
しおりを挟む昼食が終わり、店を出た。
終始何を食べたかわからないが、アーレはもう腹も胸もいっぱいだ。
――というか、そろそろ腹が立ってきた。
どうして一年間も夫婦やってきた夫に、今更こんなに緊張しなければならないのか。
生娘じゃあるまいし、今更夫にこんなにガチガチに緊張して興奮している自分はなんなのか。
いつになく気持ちが高ぶっているのは事実だ。
集落にいた控えめなレインと違って、こちらのレインはアーレ任せにせず積極的で、そんなところが新たな魅力というか……
まあとにかく、アレだ。
「おいレイン!」
「ん?」
先に店を出ていたアーレを追うようにして、会計を終えたレインも表に出てきた。
「我に似合う飾りを買え!」
「飾り? ……ああ、アクセサリー? 買えって言われると少し微妙なんだが……」
威勢よく打ったはずの太鼓は、どうも上手く響いてくれない。
「な、なんだ。嫌なのか? ……手を繋いで歩いたくせに?」
「嫌ではないよ。むしろ言われずとも買ってあげたいくらいだ。ただ――いや、うん。まあいいか。
ではアーレに似合うアクセサリーを探しに行こうか」
レインは手を差し出す。
「うん。任せる」
今度は、自分から手を繋いだ。
――言い淀んだレインは、思った。
自分の使っている金は、あなたたちが拾い集めた金だから、何を買うにも自分に断りを入れる必要はないのに、と。
だが、憶えたナナカナはともかく、アーレには金銭感覚というものが存在しない。
金銭の理屈と概念を一から説明するよりは、このまま任せてもらっていた方が問題がない気がした。
金が絡むと、誰とでも揉める可能性がある。
揉め事の元はできるだけ持たせたくないから。
それからの時間は、楽しかった。
緊張はやはりしているが、それにも慣れてきたのか、普通に会話する余裕くらいはできた。
そんな嫁の様子に気づいているのかいないのか、レインは装飾品の店へとアーレを導く。
まず、木彫り細工専門の露店。
「――悪くないな。だがこれなら我も作れそうだ」
掘りの細かい木製加工は、凝ってはいるが自作できそうだ。
「――確かにアーレならできそうだな」
レインは、アーレから貰った包丁を思い出す。
あれほど固くしなやかな刃を加工したのもすごいが、木の柄に掘られた細工もなかなか見事だった。溝に金色の塗装が入ったものだ。
次は、ガラス細工の専門店。
「――おいレイン! 透明なカテナ様がいるぞ!」
「――あ、本当だ。別蛇だろうけどそっくりだ」
装飾品の数より、置物のような小物が多い店だった。
二人は、とぐろを巻いた小さな蛇の置物に興奮し、即購入した。
そこから少し敷居が上がって、宝飾店へ。
「――美しいな。目が潰れそうだ」
「――うーん……アーレには華美なものよりシンプルなものの方が似合いそうだが」
そういう意味では、胸元にある青いリングはとてもよく似合っている。
「――バカを言うな。我はなんでも似合うんだぞ」
「――わかったわかった! わかったから待て!」
見ていろ、とごてごてと宝石を張り付けた派手な首飾りを睨みながらマフラーを取ろうとするアーレを、レインは慌てて止める。
鱗が見えたら大変だ。
どう接客したらいいのか迷っている店員が見ているのだ。
高価な宝石を売りまくってきた百戦錬磨が、アーレとレインという庶民の格好をしているが庶民の雰囲気がない客に、攻めあぐねているのである。
残念ながら、仕切り直すためにレインはアーレを連れて店から脱出し、そのまま戻らなかったが。
何軒か訪ね、ちょっとした小物をいくつか求めた。
だが、肝心の装飾品は、まだ買えていない。
「どうも気が進まんな」
休憩のために入った喫茶店で、温かい飲み物を啜りながら一息つく。
「戦士だから?」
「ああ」
妙に高い盃に入った白かったり黒かったりする何か……パフェーというものに長い匙を差し込みながら、アーレは鷹揚に頷く。
「余計な物は持たないし、身に着けない。何が命取りになるかわからんからな。だからおまえから貰った指輪もこの通りだ。
やはり我は、戦士に飾りなど必要ないと思う」
戦士は大口を開けて、ぱくぱくと甘いものを食している。
「そうか。なら……私とお揃いの何かとかはどうだ?」
「買う」
「指輪もいいと思うが」
「買う!」
「腕輪も邪魔になるか?」
「全部買う!!」
「髪留めなんかも」
「お揃いじゃないならいらん」
「私じゃなくてナナカナとお揃いは?」
「迷う」
「そこは迷うなよ。あの子も私たちの子供だろう」
「……そう言われると確かにな」
アーレはナナカナを子供扱いしない。
欲しい物があるなら地力で手に入れろ、それだけの知恵はあるだろうと思っている。
そしてそれはナナカナに対する敬意でもある。
一見冷たいようだが、子供扱いしない、一人前の大人として扱う、余計な口出しは極力しないと決めている。
その辺の大人より、よっぽど有能だと思っているから。
大人は大人に干渉しすぎないものだから。
――だが、自分の子供でもあると言われると、あまり強く線引きするのも良くない気はしてくる。
たまには親らしいところを見せてもいいのだろう。
「よし、じゃあ我らとナナカナで揃いの何かを買おう。何がいいと思う?」
「そうだな……やっぱり邪魔にならない物と言えば、腕輪かな」
「腕輪か。重くないのを選びたいな」
「ああ……あのな、アーレ」
「ん? ――おい、これもう一つ」
二杯目のパフェーを頼む嫁に、夫は言った。
「宝石には意味があるんだ。魔除け、厄除け、幸運、みたいな。私はアーレにもナナカナにもいつまでも元気でいてほしいから、そういう意味で選びたいと思っている。
でも、アーレが本当に気が進まないなら、無理して買うことはないと思う」
「そんなことを言われたら買うしかないだろう」
石には力がある。
わからない概念ではない。
白蛇族にもある考えだ。
動物や魔獣の骨にも力があると言われている。
「……そうだな、魔除け厄除けはカテナ様の加護があるから大丈夫だろう。幸運は自らの力でねじ伏せて引き寄せるものだし……他に何がある? おまえは何がいいと思う?」
「私も一口だけパフェが食べたいな」
「何の話だ。……でも仕方ないな。ほ、ほら、あーん」
そんな相談をしつつ、それからも装飾品店を見て回った。
苦心しつつなんとか目当ての物が買えたのは、もう空が赤くなった頃だった。
油断していたわけではない。
だが、必然だったのかも、と思わなくもない。
手を繋いで歩くのもすっかり慣れた夕刻、アーレとレインは大通りを歩いていた。
帰路に着いている途中だ。
アーレはまだレインに渡す指輪が完成していないので、呑むのも控えたし早めに帰りたかった。
できればこのままもっと一緒にいたいが、自分の我儘で結婚式の準備が進んでいる。皆が動いている。投げ出すわけにはいかない。
そんな時だった。
「おいレイン、あれはなんだ?」
「……アーレの想像通りじゃないかな」
会いたくない人と、見たくない光景に遭遇してしまった。
馬に乗っているフレートゲルトとタタララ。
そして、それを止めている男は――リカリオである。
「そういえばそうか」
夕方はどうしても大通りの人出が多くなる。
街の外に出ていた者も帰ってくるし、暗くなる前に帰りたい者や用事を済ませようと急ぐ者もいる。
警備隊の者なら、人の多い場所でトラブルがないか、不審者がいないか見張っていても不思議はない。
――案外本当に、タタララとリカリオは縁があるのかもしれない。
自然とそう思ってしまうような光景だった。
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