蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

文字の大きさ
238 / 252

237.新婚旅行  六日目 遭遇

しおりを挟む




 昼食が終わり、店を出た。
 終始何を食べたかわからないが、アーレはもう腹も胸もいっぱいだ。

 ――というか、そろそろ腹が立ってきた。

 どうして一年間も夫婦やってきた夫に、今更こんなに緊張しなければならないのか。
 生娘じゃあるまいし、今更夫にこんなにガチガチに緊張して興奮している自分はなんなのか。

 いつになく気持ちが高ぶっているのは事実だ。
 集落にいた控えめなレインと違って、こちら・・・のレインはアーレ任せにせず積極的で、そんなところが新たな魅力というか……

 まあとにかく、アレだ。

「おいレイン!」

「ん?」

 先に店を出ていたアーレを追うようにして、会計を終えたレインも表に出てきた。

「我に似合う飾りを買え!」

「飾り? ……ああ、アクセサリー? 買えって言われると少し微妙なんだが……」

 威勢よく打ったはずの太鼓は、どうも上手く響いてくれない。

「な、なんだ。嫌なのか? ……手を繋いで歩いたくせに?」

「嫌ではないよ。むしろ言われずとも買ってあげたいくらいだ。ただ――いや、うん。まあいいか。
 ではアーレに似合うアクセサリーを探しに行こうか」

 レインは手を差し出す。

「うん。任せる」

 今度は、自分から手を繋いだ。

 ――言い淀んだレインは、思った。

 自分の使っている金は、あなたたちが拾い集めた金だから、何を買うにも自分に断りを入れる必要はないのに、と。

 だが、憶えたナナカナはともかく、アーレには金銭感覚というものが存在しない。
 金銭の理屈と概念を一から説明するよりは、このまま任せてもらっていた方が問題がない気がした。

 金が絡むと、誰とでも揉める可能性がある。
 揉め事の元はできるだけ持たせたくないから。




 それからの時間は、楽しかった。
 緊張はやはりしているが、それにも慣れてきたのか、普通に会話する余裕くらいはできた。

 そんな嫁の様子に気づいているのかいないのか、レインは装飾品の店へとアーレを導く。

 まず、木彫り細工専門の露店。

「――悪くないな。だがこれなら我も作れそうだ」

 掘りの細かい木製加工は、凝ってはいるが自作できそうだ。

「――確かにアーレならできそうだな」

 レインは、アーレから貰った包丁を思い出す。
 あれほど固くしなやかな刃を加工したのもすごいが、木の柄に掘られた細工もなかなか見事だった。溝に金色の塗装が入ったものだ。

 次は、ガラス細工の専門店。

「――おいレイン! 透明なカテナ様がいるぞ!」

「――あ、本当だ。別蛇だろうけどそっくりだ」

 装飾品の数より、置物のような小物が多い店だった。
 二人は、とぐろを巻いた小さな蛇の置物に興奮し、即購入した。

 そこから少し敷居が上がって、宝飾店へ。

「――美しいな。目が潰れそうだ」

「――うーん……アーレには華美なものよりシンプルなものの方が似合いそうだが」

 そういう意味では、胸元にある青いリングはとてもよく似合っている。

「――バカを言うな。我はなんでも似合うんだぞ」

「――わかったわかった! わかったから待て!」

 見ていろ、とごてごてと宝石を張り付けた派手な首飾りを睨みながらマフラーを取ろうとするアーレを、レインは慌てて止める。
 鱗が見えたら大変だ。

 どう接客したらいいのか迷っている店員が見ているのだ。
 高価な宝石を売りまくってきた百戦錬磨が、アーレとレインという庶民の格好をしているが庶民の雰囲気がない客に、攻めあぐねているのである。

 残念ながら、仕切り直すためにレインはアーレを連れて店から脱出し、そのまま戻らなかったが。




 何軒か訪ね、ちょっとした小物をいくつか求めた。
 だが、肝心の装飾品は、まだ買えていない。

「どうも気が進まんな」

 休憩のために入った喫茶店で、温かい飲み物を啜りながら一息つく。

「戦士だから?」

「ああ」

 妙に高い盃に入った白かったり黒かったりする何か……パフェーというものに長い匙を差し込みながら、アーレは鷹揚に頷く。

「余計な物は持たないし、身に着けない。何が命取りになるかわからんからな。だからおまえから貰った指輪もこの通りだ。
 やはり我は、戦士に飾りなど必要ないと思う」

 戦士は大口を開けて、ぱくぱくと甘いものを食している。

「そうか。なら……私とお揃いの何かとかはどうだ?」

「買う」

「指輪もいいと思うが」

「買う!」

「腕輪も邪魔になるか?」

「全部買う!!」

「髪留めなんかも」

「お揃いじゃないならいらん」

「私じゃなくてナナカナとお揃いは?」

「迷う」

「そこは迷うなよ。あの子も私たちの子供だろう」

「……そう言われると確かにな」

 アーレはナナカナを子供扱いしない。
 欲しい物があるなら地力で手に入れろ、それだけの知恵はあるだろうと思っている。

 そしてそれはナナカナに対する敬意でもある。
 一見冷たいようだが、子供扱いしない、一人前の大人として扱う、余計な口出しは極力しないと決めている。

 その辺の大人より、よっぽど有能だと思っているから。
 大人は大人に干渉しすぎないものだから。

 ――だが、自分の子供でもあると言われると、あまり強く線引きするのも良くない気はしてくる。

 たまには親らしいところを見せてもいいのだろう。
 
「よし、じゃあ我らとナナカナで揃いの何かを買おう。何がいいと思う?」

「そうだな……やっぱり邪魔にならない物と言えば、腕輪かな」

「腕輪か。重くないのを選びたいな」

「ああ……あのな、アーレ」

「ん? ――おい、これもう一つ」

 二杯目のパフェーを頼む嫁に、夫は言った。

「宝石には意味があるんだ。魔除け、厄除け、幸運、みたいな。私はアーレにもナナカナにもいつまでも元気でいてほしいから、そういう意味で選びたいと思っている。
 でも、アーレが本当に気が進まないなら、無理して買うことはないと思う」

「そんなことを言われたら買うしかないだろう」

 石には力がある。
 わからない概念ではない。

 白蛇エ・ラジャ族にもある考えだ。
 動物や魔獣の骨にも力があると言われている。

「……そうだな、魔除け厄除けはカテナ様の加護があるから大丈夫だろう。幸運は自らの力でねじ伏せて引き寄せるものだし……他に何がある? おまえは何がいいと思う?」

「私も一口だけパフェが食べたいな」

「何の話だ。……でも仕方ないな。ほ、ほら、あーん」

 そんな相談をしつつ、それからも装飾品店を見て回った。
 苦心しつつなんとか目当ての物が買えたのは、もう空が赤くなった頃だった。




 油断していたわけではない。
 だが、必然だったのかも、と思わなくもない。

 手を繋いで歩くのもすっかり慣れた夕刻、アーレとレインは大通りを歩いていた。
 帰路に着いている途中だ。

 アーレはまだレインに渡す指輪が完成していないので、呑むのも控えたし早めに帰りたかった。
 できればこのままもっと一緒にいたいが、自分の我儘で結婚式の準備が進んでいる。皆が動いている。投げ出すわけにはいかない。

 そんな時だった。

「おいレイン、あれはなんだ?」

「……アーレの想像通りじゃないかな」

 会いたくない人と、見たくない光景に遭遇してしまった。

 馬に乗っているフレートゲルトとタタララ。
 そして、それを止めている男は――リカリオである。

「そういえばそうか」

 夕方はどうしても大通りの人出が多くなる。
 街の外に出ていた者も帰ってくるし、暗くなる前に帰りたい者や用事を済ませようと急ぐ者もいる。

 警備隊の者なら、人の多い場所でトラブルがないか、不審者がいないか見張っていても不思議はない。

 ――案外本当に、タタララとリカリオは縁があるのかもしれない。

 自然とそう思ってしまうような光景だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...