私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

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13.平凡なる超えし者、冒険フィールドへ行く……

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 昨日降り出した雨は、今日も続いていた。
 もっと知識は欲しいが、こういう環境となると、外で本をめくるのはよろしくない。本がモロに湿気の影響を受けてしまう。

 かといって屋内に忍び込むのもリスクが高いんだよね。
 ネズミが家屋に入り込むのも忌避されるだろうし、しかもネズミが本を読んでいるっていう状況もアレだし。変に目撃されると面倒なことになりそうだ。幻のツチノコ狩りみたいな状況になったら、それこそ自由に動けなくなるよ。

 となると、別のことをするのが正解かな。
 どうせ他にやらなきゃいけないこともあるんだし、やっておきたいこともある。この機会に試しておくのもいいだろう。
 というか、どうしても早めに確かめなければならないこともあるし。

 百花鼠を始めとした幻獣や聖獣、あるいは伝説上の生物は、この世界の暦になっているらしい。

 1月は幻灯蝶(げんとうちょう)。
 2月は雪鯨(ゆきくじら)。
 3月は漆黒豹(くろきひょう)

 4月は火食鳥(ひくいどり)。
 5月は樹王鹿(みどりのしか)。
 6月は十眼猪(とうがんい)。

 7月は飛燕魚(ひえんうお)。
 8月は紅獅子(あかしし)。
 9月は百花鼠(ひゃっかねずみ)。

 10月は甲羽龍(こうばりゅう)。
 11月は月鏡鳥(げっきょうちょう)。
 12月は風白狐(かぜびゃっこ)。

 ってことになっているらしい。

 昔は違う名前で……それこそ「その生物の本質に近い名前」で呼ばれていたらしいが、まあ、わかりやすく言うと「真名に近すぎるゆえに権力者に隠蔽されて歴史上から消えた」って感じのようだ。

 力ある者の名前は、名前そのものが力を持っているって考えられたらしい。
 まあたぶん暇な神が、呼ばれるたびにちょいちょい力を貸したりしたんじゃないかな。昔は神と人の距離が近かったって世界は多いからね。ここもそうだったって話だね。
 この12匹の生き物の中には「神の化身」だとか「神の使い」だとかもいるらしい、みたいな記述もあったし、当たらずとも遠からずだと思う。

 まあ伝説だの伝承だの諸々色々あるみたいだけど、その辺はがっつり端折るとして。

 百花鼠に対して、色々な本に共通していた記述に、こんなのがあった。

 ――百花鼠はどこへでも行ける。植物は大地に根ざし、大地は果てしなく続く。故に百花鼠は世界を駆ける力を持つ。

 たとえば飛燕魚なんかは目撃情報が多い。
 というのも、7月前後の空を、群れをなして飛んでいる姿がよく見られるらしい。
 数年に一度はこの国の空を飛んでいくんだとか。まあオリンピックみたいなもんだね。

 そこから考えると、飛燕魚は幻獣とか聖獣じゃなくて、ただの季節のお魚……大陸を滑空して超えるほど新鮮なトビウオなんじゃないかという説もあるらしい。
 そんなわけあるか。
 誰だか知らないがトンチンカンな考察して。
 幻獣だの聖獣だの神の化身だのと肩を並べて伝承に残るには、それなりの逸話があるって考えなよ。まったく。もし私の目の前に現れたら熱々おでんの刑に処してやるわ。

 ……ちょっと話がズレたが。

 たびたび出てくる記述は、文献や証言で共通するたびに、信ぴょう性は高くなる。
 先の飛燕魚の話の核は、間違いなく「実在する」って点である。どんな存在なのかまではわからないらしいが、少なくとも飛んでいるそれを見たことがある人は多い。
 
 それと同じ理屈である。
 百花鼠に関する記述については、いろんな本に書いてあった。
 だから、多少の真実の誤差はあるかもしれないが、それに似た現象は起こしていたと考えられる。

 どこへでも行ける。
 植物の根は、大地を通じて繋がっている。
 故に世界を駆ける。

 ――単純に考えて、ワープ機能が備わってる気がするんだよね。空間を飛ぶ能力が。

 この世界には「転移魔法陣」という瞬間移動を可能とする魔法も普通にあるみたいだし、だとしたら幻獣が使えてもおかしくはないだろう。

 問題は、やり方がわからないってことだけど。

 やり方かー。
 それにレベルが足りないのか。魔力が足りてるのかっていう懸念もあるしなー。

 育成が進めば自ずとわかるかもしれないし、いざとなれば、この身体を貸してくれた修道服の死者に聞いてみるのもいいだろう。
 ……いや、聞いても無駄かな。
 あの人は死んでいるにしても人間だったから。ネズミのことなんて聞かれてもわかんないだろう。

 あと考えられるのは、どこぞの神格や幻獣・聖獣を探すとか、ほかの百花鼠を探して聞くとか……うーん、ハードル高いなぁ。それこそ世界の端っこまで行かないと会えない気がするなぁ。

 と考えたところで、私が取れる行動は、これになる。

 ――まずレベル上げだ。何事も一歩ずつ、まず魔力を高めるのだ。




 というわけで、冒険者ギルドにやってきた。

 ゲームでもそうだったし、本でも書いてあった。
 この世界では、冒険フィールドに行く時は冒険者ギルド内にある「転移魔法陣」を利用して瞬間移動するのだ。直接行くのは時間が掛かりすぎるから楽に行こうぜ、ってことだね。

 ギルド内も見覚えがある。 
 ゲームのままだから、そりゃ見覚えもあるか。
 
 レベルの概念があるのかどうかわからないが、強くなるには戦うしかないってのが、少なくとも「このゲームのルール」である。育成パートでの強化なんて知れてるからね。
 まあ人間じゃない私がどういう扱いになるのかわからないが。
 でもとりあえずやってみて、ダメなようならまた考えればいいのだ。どうせやらないとわからないことなんだから。

 ――ちなみに今、私はギルドの出入り口上部に掲げられた看板の上から「ツタ」を伸ばし、先端に「視覚効果・聴覚効果」を付加してギルド内の様子を見ている。
 背景色に併せて「ツタ」の色も変えて天井を這っているので、吊るしたランプの上にいるので早々見つかることもないだろう。
 ちなみにすぐ気づいたが、この身体にとって雨はご褒美だ。避けるべきものではなかった。濡れネズミOKです。「変身」したら乾くしね。

 軽い飲食はできる仕様のよくある感じのギルド内には、人が少ない。
 昨日から降っている雨のせいで、冒険者たちの足も少し遠のいているのだろう。

 そんな中、気になる四人組がいた。

「――これも行けるか?」

「――大丈夫だと思うけど、本題を忘れないでよ?」

「――討伐系はやめた方がいいんじゃないか? 探すのに手間取ると時間が掛かる」

「――私もそう思うが、どうせ探索範囲は広くなるだろうからついでに探すのも悪くない」

 私もー。逆に私もそう思うー。で、なんの話ー? 混ぜてよー。

 実際しゃべってるわけじゃないので混ぜてはくれなかったが、会話の端々から内容は繋がっていく。

 要するに「依頼で特殊な薬草を取りに」行くから、「ついでにこなせそうな仕事を探して」いるってことらしい。
 あと「期間が今日の夜まで」だから、日帰りみたいね。

 装備を見た感じ、初級から中級に上がった頃かな。
 堅実なのが売りみたいなオーソドックスに盾と剣を持った軽戦士風の男と、剣と斧を持った攻撃力重視な戦士風の女と、弓を持った男と杖を持った魔法使い系の女と。
 えー、軽戦士、戦士、魔法使い、弓使いって感じか。物理が強そうなメンツだね。

 みんなギリ十代って感じで、脂が乗ってくる十年後までにどれだけ良い経験を積めるのかーって時期だね。冒険の楽しさと危うさがわかってきた頃か。
 パーティーの雰囲気もいいし、年齢にしては腕も悪くなさそうだ。けど武器がちょっと古めかしいな。大丈夫? 武器って九割方戦ってる時に壊れるよ? そんな時に壊れたら泣いちゃうよ? それも泣くだけで済めばラッキーってレベルだよ?

 まあ丁度良さそうだし、彼らに付いていこう。ほかに冒険に出そうな人たちもいないし。
 日帰りらしいから私にとっても都合がいいし、現地で別れて帰りにまた合流することにしよう。なんなら薬草探しも手伝ってやろう。調べた本に載ってた奴だから、いざって時は私が生やしてもいい。運賃代わりに取っとくといいよ。

 そうと決まれば、移動しなくては。

 「ツタ」の先を発達させ、天井に根を張る。
 硬く固定したあと、「先端を本体に変身」させた。頭のアタッチメント――「己の一部」にならネズミ本体をどこにでも移動させられるのだ。はっはっはっ、これくらいの芸当はできるようになったさー。

 こうしてギルドの天井に張り付いた私は、狙いを定めて、「種」に身を変えて床に落下する。
 そして一瞬だけネズミに戻って位置を確認すると、跳んで再び「種」に変化して、魔法使い風の女のズボンのポケットにダイブした。ヘーイ。私の居場所にしてやるぜ。

「――ん?」

「――あ? どうした?」

「――いや、ポケットに……」

 あ、やべ。探られそうだ。
 ポケットの中には、なんかくっさい革の巾着袋があったので、素早く「変身・解除」を駆使してその中に潜り込んでみる。あー革のサイフだわこれ。最近新調したの? なめし液って臭いんだよねー。

「――スられたかと思ったけど、なんでもなかった」

 ひょいと巾着袋を持ち上げられた感覚はあったが、魔法使い風の女は中は調べずすぐにポケットに収めた。危ない危ない。正体不明の怪しい種とか見つかったら投げ捨てられそうだからね。

「――準備は済んだな? じゃあ、そろそろ行くか」




 こうして、私のはじめての冒険が始まる。

 



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