私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

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37.平凡なる超えし者、兄の死の確証を得る……

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 ダメだ。
 淡い金髪の少女はアンニュイな溜息を繰り返すばかりで、もう語りかけてくれない。灰色の瞳は遠くを見たり虚空を見たり、なんの情報も映してはいない。

 本アクロから気になるフレーズが飛び出したが、以降の情報がまったくない。
 おいおいそりゃないよ。
 興味をそそるだけそそっておいてだんまりとか……あっ、ちょっ、待てよ。ちょ待てよ。やめろよぉ。

 持ったままだった薔薇でつついたりするちょっかいだけは出してきやがって。……おい、何武器を持ち替えてるんだよ……え、何その羽ペン。羽でかっ。そんなの使いづらいだろうに……やめろー撫でるなー。眠くなるぞー。窓枠の不安定なところで眠くなっちゃうよー。

「――……遊んでる場合じゃないのよねぇ」

 じゃあやめなさいよ。武器を持ち替えてまでやっといて何その顔。つまらなそうな顔でして。せめて楽しみなさいよ。これじゃ完全にやられ損じゃないか。

 いじられることしばし、肝心の情報は漏らしてくれなかった。

 そろそろ寮の住人たちが活動し始める。今日のところはここまでだな。見つかると面倒だしね。

 憂鬱な顔のままの本アクロは気になるが、私は窓から飛び降りてその場を離れた。

 で、一度地面には降りたが、今度は女子寮の壁を登って屋根の上に移動する。
 盗聴器の「薔薇」は仕込んだし、種に変えた本を持ってきている。今日は天気もいいし、日光浴しながらここで過ごすことにしよう。
 お兄ちゃんの動向が気になるからね。
 
 本アクロが漏らした「今度は料理」ってフレーズからして、もう何かしら行動を起こしている感がある。
 まあ内容からして私が関わるまでもない平和なイベントっぽいが、一応概要くらいは知っておきたい。

 さて、聞けるかね?




 うとうとしながら読書し、早くも夕方となった。ほんと日差しが気持ちいいわー。

 昼前に帰ってきた兄アクロとレンは、戻ってすぐに本アクロを連れて部屋を出て行ってしまった。つまりほぼずっと不在だった。
 追いかけようかとも思ったが、やはりレンがネックになったので、焦らず張り込むことにした。決して眠かったからストーキングしなかったわけではない。

 で、そろそろ戻ってくるかなーというところで、客が現れた。

「――陽が暮れるよ。帰ろうよ」

 クローナである。
 魔法なのか、半精霊族だからそういうこともできるのか、半透明で物理に作用しない霊体のようなものを屋根まで飛ばしてやってきた。ほほう。スケスケですな。

 まさかお迎えが来るとは思わなかった。
 たった数日いなかっただけなのに、よっぽど心細かったらしい。
 というか、私の居場所がわかったのか。さすがガチのスピリチュアル系だ。

 ……あ、そうだ。
 クローナなら知ってるかもな。

 本アクロは「今度は料理」って言っていたから、先週の王子たちが同席した晩餐と関係があるんじゃなかろうか。「今度」の前のことだろうからね。
 だったらクローナが知っててもおかしくない。アレに出席した当事者だからね。

 幸い、私は「人間じゃない本アクロの肉体に興味がある」という言い訳で、この魔法学校に留まっているという設定だ。
 それなら、本アクロの動向を探るのは、まったく不自然ではない。逆にとても自然である。

 よし、クローナと合流して聞いてみよう。

 今から帰るよ、と念を送り、屋根から飛び降りた。

 貴族用男子寮に戻り、キルフェコルトの部屋に行くが……どうやらクローナ自身はまだメイドのお仕事の最中らしい。隣の部屋から二つの気配を感じるから。
 私の出入り用に少し空いている窓からクローナの部屋に忍び込み、とりあえずやることもないので本を読んで時間を潰すことにする。

「――え? 最近のアロウフィリさんの動き?」

 あ、今の本アクロはそんな偽名だったっけ。

 メイド仕事を終えて、風呂上がりで清潔な石鹸の香りを漂わせてきたクローナは、またしてもスケスケな寝巻きに着替えながら私の質問に答えた。本当にスケスケである。フゥーッ。クローナクローナっ。清純とエロスの申し子っ。

「――うーん……どこから話せばいいのかしら」

 え? ややこしい話なの?

「――ややこしいというか、色々あってね。先週の会食の……あ、もしかして知ってる? アクロディリア様のこと」

 うん? アクロディリアのことを知ってるか、ってどういう意味……あ、そういうことか。

 本アクロ周辺に張っていることをクローナは知っているので、その本アクロの傍にいる、というか一緒に住んでいる人のことを知っているか、という意味か。

 だったらイエスだ。なんなら中身が誰かも知っている。

「――あの方、ちょっと理由があって、少し前に死んでしまってね。それから復活したの」

 …………あ、はい。

 結構さらっと話されたので、反応に困ってしまった。
 そうか、やっぱり兄アクロが死んだのか。
 アルカではなく、アクロディリアが。

 そしてそれが物語のターニングポイントになったのかな。

 兄が弓原陽に戻った時。
 再びこの世界にやってきた時。
 そんな兄を追いかけて私が来た時。

 このタイミングが、「死んだ時と生き返った時」だと思って間違いなさそうだ。
 推測だけは立ててたけど、確証がなかったからね。

「――その時にお世話になった人に、お礼をしたいって言い出してね」

 お礼。お礼か。
 私の知ってる情報と、その「お礼」とやらは、結びつくだろうか?

 ……あ、そういやゲームでは、アルカ復活イベントは「攻略キャラたちの想いが復活の秘術を可能とする」とかいう理屈で行われていたっけ。

 有体に言うと、攻略キャラ全員の好感度が高くないとイベントが発生しないという、結構発生難易度が高いフラグになっていたな。お兄ちゃんもここで詰まってたし。

 そこを通らないと、魔王ルートかハーレムルートに行けないって最終フラグだったはずだ。

 つまり、その「お礼をしたいお世話になった人」って、復活の秘術に想いを貸してくれた人ってこと、じゃ、なかろうか。
 これで繋がってる気はするけど、いまいち確証が持てないな。

「――それで、今は一人一人にお礼の意味を込めて、手料理を作ってご馳走しているんですって」

 へえ、一人一人に。

 ああ、本アクロがぼやいていた「今度は料理」は、そういう意味でいいみたいだな。
 たぶん近くラインラックに振舞う予定なんだろう。
 で、本アクロもお手伝いをするか、食事に同席するかって感じか。

「――あ、そういえば、もうすぐ殿下の番が来るみたいだけど……」

 キルフェコルトもまだなのか。

「――すごく楽しみにしているのよね。噂によると、すごくおいしいらしくてね。先にご馳走になった人は、見たことのない料理が出てきて驚いたって」

 あ、それ、お兄ちゃんが日本から持ってきた料理レシピだと思う。
 この世界とは食文化がかなり違うみたいだから、そりゃ見たことないものもあるだろう。
 鉄板はハンバーグだよね。大人にも子供にも大人気の料理だからね。私も大好きだ。

「――ところでネズミさん」

 はいなんでしょう。

「――人になれるってほんと?」

 おっと。いきなり話が変わった上に、いきなり核心に来ましたね?

 きっとカイランから聞いたのだろう。
 私のこと話すかなーと予想はしていたので、そこまで予想外の質問ではない。

「――あ、そうなの」

 あくまでも人に模してるだけで非常に疲れるからあんまりやりたくない、と伝えておく。

 本当は全然疲れないけどね。
 一度変わってしまえばどっちでもいいって感じで安定するし。

 不安定なのは、今のクローナだ。
 スケスケでベッドに座って机の上の私を見ながら、なんかそわそわしている。

「――あの、そろそろ、寝る?」

 はいはい大きくなりますよ。

「――……あの、男の子だったり、するの?」

 …………

 男の子だったらどうする? もう抱いて寝るのイヤ?

「――どっちでもいいっ。もう離さないっ」

 やだ告られたっ。
 私ももう離さないよっ。
 たとえ抱きしめられて数秒で先に寝られても、大好きだよっ。

 ところでクローナの「離さない」って安眠抱き枕としてって意味ですかね?






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