私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

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42.平凡なる超えし者、夜の城下町に繰り出す……

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 クローナに「ちょっと出てくる。私の代わりにエビ天食べといて」と意思を伝え、こっそりと調理実習室を抜け出す。

 すっかり陽も落ち、外は真っ暗だ。
 食事の開始時間が夜に近かったから、そりゃそうだ。
 うーん……ちょっと天気が悪いのかな? 早足に流れる雲のせいで月が見えない。夜中になったら降り出すかもしれないなぁ。

 呼び出しをかけてきたカイランの用事を早めに済ませて、とっとと帰ってきたいものである。
 カナーヴァの森で何日か過ごすことになるかもしれないので、今晩はクローナと蜜月の時を過ごしたい。たとえ数秒で終わる時間であっても。あの子本気で寝つきいいんだよね。うらやましい。

 さて。

 そんなこんなで、魔法学校から抜け出して城下町にやってきた。
 夜にしてはまだ浅いので、開いている店も多いしそれなりに通行人もいる。

「――よし、と」

 物陰でニンゲンモドキ弓原結の姿に「変化」し、何食わぬ顔で往来を歩く。
 カイランと接するのはこの姿じゃないと不都合が多いからね。
 なお、さすがにこの時間に制服姿でうろつくのはまずそうなので、適当にみつくろった。おもいっきり普通の町娘に見えるはずだ。

 空耳草のサインが送られてきた場所は、そう遠くない。
 そしてこの何事もない平穏な王都の雰囲気から、何かカイランに緊急事態が起こったわけではないだろう。

 もしあいつが私を呼ぶほどの苦境に立たされているなら、相応のデカい事件になっててもいいからね。
 カイランは強いし、逃げ足もかなり速いし。引き際も弁えているから、そう簡単には窮地に陥ることもないだろう。

 そんな予想が立てられるので、そう急ぐこともなく移動する。むしろ変に慌てると目立っちゃうからね。目立つのは本意じゃない。

 それにしても、カイランはよくもまあ王都に潜伏しているもんだ。
 キルフェコルトと二人きりで話したらしいから、案外キルフェコルトがカイランに何らかの頼みごとをしたのかもしれない。そう考えた方が筋が通る……けどまあ、直接会った時に聞けばいいか。

 道を折れて狭い路地に入ると、そこに目的のカイランがいた。

「……おい」

「来たか」

 来たかじゃねーわ。

「人を呼んどいて、自分は女といちゃいちゃかよ。殴るぞ」

 なんとカイランは二人の女連れで、しかも片方ずつ腕を取られているというかなりのリア充っぷりだった。……カイランなら納得できる気もしないでもないけど。イケメンですからね。

「これは違う。……いい加減にしろ。行け」

 邪険に女たちを振り払うカイランを見て、女たちは名残惜しそうな顔で去っていった。擦れ違いざま私を睨んで。

 なんつーか、アレだ。

「出会って数秒で不快感がすごいことになってるんだけど、なんか質問ある?」

「あれは飲み屋の女だ。店に来いと誘われていただけだ」

 いや、どうでもいいですよ。別に嫉妬してるわけじゃなし。
 呼び出した上で見せ付けてきたからちょっとイラッとしただけだ。

「用がないなら帰るけど」

「あるから呼んだんだ。話くらい聞いていけ」

 ……仕方ないなぁ。

 カイランの呼び出しの理由は普通に気になるし、今こいつがここにいることも気になるのは確かだ。
 その用とやらに付き合うかどうかは別として、話くらいは聞いてやろうか。

「じゃあどっかのお店でなんか食べながら話そうか。ちなみに私はお金持ってない」

「構わん、飯くらいおごる。行くぞ」

 お、やったー。さっきまで見ていたてんぷらに食欲が疼いているので、フライ系が食べたいな。




 カイランの先導で向かった先は、冒険者ギルドだった。
 まだまだ俺たちの夜はこれからだ、とばかりに、にぎやかな声と明かりが往来まで漏れている。

「ここで食べるの?」

「情報収集もできるからな。便利だぞ」

 ああ、人狼だから耳もいいのか。よそのテーブルでの会話とかが聞こえるんだろう。

「ただ、目立つとリスクが高くなるがな」

 と、カイランは耳垂れの付いた帽子を目深にかぶった。
 一応変装のつもりらしい。
 でもこいつ、雰囲気もイケメンだからどこまで効果があるんだか……いやしないよりは絶対マシか。

 私も変装を……と思ったが、二人そろって顔を伏せるような格好をしていたら、絶対にあやしい方面で目立つので、もうこのまま行く。

 飲んで騒いでいる、いかにもって感じの冒険者たちが、私たちが入った一瞬だけ注意を向け、またそれぞれ騒いでいる。
 ほほう。この国の冒険者たちは結構いいね。

 酒に酔っても冒険者として機能する程度に留め、周囲の注意を怠らない。
 いつでも有事に対応できるよう備える勤勉さが身に染み付いているわけだ。
 それはそのまま、仕事に対するプロ意識と考えていい。

 ひどいところはひどいからねぇ、こういう荒事含むトラブル処理に追われる連中は。
 綺麗ごとだけでやっていける商売じゃないから、裏社会からの誘いも多いし、ゆえに落ちやすくもあるし。
 ぶっちゃけ、こういう場所を見れば、国の治安と情勢が一発でわかると思う。

 兵士が幅を利かせているような国ではやっぱりピリピリしているもんだし、行き場がないチンピラが集まる格好の隠れ蓑になる。
 そしてチンピラは人の足を引っ張る。
 真面目にやっている人を疎ましく思う人もいるわけだ。面倒なことだ。

「今日のメインを二人分。あそこのテーブルに頼む」

 給仕に忙しい妙齢のウエイトレスを捕まえ、カイランはすばやく注文を告げて空いたテーブルへ向かう。

「フライ系あるかな? なんでもいいから一品つけて」

 私もすばやく注文を上乗せして、カイランの後に続く。

 ひそひそ話には最適の、端っこの方の小さい丸テーブルに着く。
 一応注意は向けられたが、私たちに注目しているような冒険者はいない。……いや、いないと見せ掛けてるだけかな? プロ意識が高すぎると邪推しちゃうなぁ。

 もっとも、テーブルごとに距離があるので、小さな声で話す分には漏れないだろう。普通に騒がしい場所でもあるし。

「先に聞いていい? 王都に潜伏してるの?」

 とりあえず気になるのが、カイランの今の境遇である。指名手配されているのは変わらないはずだけど。

「おまえの推測通りだと思う。一応監視が付いてるが、ほぼ野放しに近いぞ。拍子抜けするほど警戒されてない」

 あらま。

「やっぱり王子の指示で?」

「ああ、頼まれた」

 はあ、なるほど。キルフェコルトも私と同じ人物像をカイランに見たのだろう。こういう奴は約束は守るから。

「ついでに言うと、おまえを呼んだ用件もそれだ」

 えー? ……あんまり聞きたくないなぁ。

「厄介事はパスしたいなぁ。カイランくんほどの腕があれば、大抵のことは一人でできるでしょ? 私を呼ぶほどの用事っていうと、もう厄介事以外の何者でもないでしょ」

 この後ドラゴンに会う用事もあるし、あんまり気の張るイベントを連続でーってのはなぁ。働きすぎになっちゃうよ。

「失敗できない。そして二度目がない。チャンスは一度きりだ、万全の体勢で望みたい」

 うーん……

「聞くだけ聞いてから返事するわ。何するの?」

「聞く以上は手伝ってもらう」

「帰る」

「待て。わかった話す」

 そんなにかよ。
 絶対に私に手伝わせたいほどの厄介事かよ。本当に聞きたくないんだけど。

 ……気にはなるから、本当に、一応聞くだけ聞くか。
 聞いた時点で九割手伝うはめになるだろうけど……まあそれも内容次第だな。もし悪いことだったらカイランを殴って帰ろう。
 いや、悪いことであるわけがないか。キルフェコルトの指示だからな。

 浮かせた腰を再び落ち着かせるのを見て、カイランは指で手招きしながら上半身を乗り出した。そんなにかよ。この喧騒の中で更に耳を貸さなきゃいけないほどの重要な厄介事かよ。……だから知り合いが増えるのは面倒なんだよ。

「はいはい言ってみ?」

 もはやああだこうだやり取りするのも面倒臭くなってきたので、耳を貸してみた。

「――」

 そして私は、耳を疑った。

「ごめん、もう一度言ってみて」

 カイランはもう一度、同じ情報を、同じ声で発した。




「天使を捕まえる。手伝え」

 その厄介事は、私と無関係ではないかもしれない。







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