私がネズミになって世界の行方を見守ってみた

南野海風

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53.平凡なる超えし者、ちょっとした神話に触れる……

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 私はおもむろに立ち上がると、すすすっと移動し、ゼータの背中の大きさを確かめた。あん、大きい背中……盾にはちょうどいいわ……

「いや無理。無理だから。さすがに庇えないから」

 なんてこった。
 盾が裏切り、私は再び凄味のある女性の前に立つことになった。

「だが中々面白そうな話だ。私も混ぜろ」

 首ねっこ掴んで私を今いた椅子に突き出したゼータは、発言通り面白そうに笑いながら、私の隣に座る。

「で? どいつの『心臓』が欲しいんだ?」

 えー? いやあ……そういうのともちょっと違うんだよなぁ。

「誰のでもいいよ。命が欲しいんじゃなくて『ドラゴンの心臓』が欲しいだけだから」

「殺すって意味だろ?」

 まさか。

「死なないでしょ。『心臓』取ったくらいじゃ」

 ほうほう、とゼータは頷く。面白そうに。ドラゴンの目の前で。

「なんだかんだ二百年生きてきたが新事実だ。竜は『心臓』を取っても死なない、か。はは、穏やかじゃない連中だ」

 穏やかじゃないのは同感だ。目の前の女性が超こええ。

「で? 実際どうなんだ?」

 本気で面白がっているゼータをニコニコしながら見ている女性は、明らかに「殺すぞおまえら」と書いてある顔で、努めて穏やかに口を開いた。

「確かめてみれば? 勝てるつもりならね」

 おーやべー。一触即発じゃないですかー。

「というかちょっと待って。お互いちょっと誤解があると思うんだけど」

 私の知っているドラゴンは、心臓取った程度じゃ死なない。
 というか、たぶんゼータが話している意味とでは、手順が違うのだ。
 女性がどう思っているかはわからないけど、ゼータは勘違いしていると思う。

 確かに心臓をどうにかすれば、ドラゴンに致命傷を与えられる。場合によっては死ぬ。そこは人間を含めた生物と一緒だ。
 ただ、それ相応の準備をして、そこ以外にダメージを与えなければ、心臓なしでも生きていられる。

 というか、再生する。
 臓器の一つや二つくらいなら。
 多少時間はかかるかもしれないけど、完全に再生するはずだ。

 ただ、通常の方法では難しいとは思う。
 だって通常の方法と言えば、戦闘で勝利して死体から心臓を取り出すって手順になるからね。生きている内に心臓を取り出すのはまず不可能だ。

 私が言っている意味は、摘出手術での心臓のぶんどりだ。

「え? そういう意味?」

 私がそんな説明をすると、ゼータではなく女性の方が怪訝な顔をしていた。え? なぜ? 違う?

「あなたの言う『ドラゴンの心臓』って、核のことじゃないの?」

「核?」

 初耳だ。本にもなかったし、私の数多の経験でも聞いたことがない。

「……ああ、あなたは知らないのね。『ドラゴンの心臓』の意味を」

 意味?

「面白いな。聞かせろよ」

 完全に面白がっているゼータを睨みながら、女性は話をしてくれた。




 この世界には、いろんなドラゴンがいる。
 それらは地竜だの空竜だのと、飛べなかったり昆虫に近い形態だったりと幾つかに分類されるが、その大前提がある。

 それが、獣の竜と古竜の二種類。

 自分が何者かを考えるだけの知能あり、他種族と意志を伝え合う言語を解し、明確な理性も知性も持ち合わせ、魔法をも駆使する存在。
 この世界ができた頃から存在するもっとも古い竜、それが古竜。

 そしてそれ以外のドラゴンの全てが、獣の竜という、いわば雑種になるそうだ。

「つまりあなた方は……」

「そう。古竜になるわ」

 そうか。……まあ納得はできるな。

 森とかで見かけたコモドオオトカゲみたいなのもドラゴン分類になるけど、明らかに目の前の女性や横で死にそうになっているドラゴン、ベッドで寝ている子供とは別物にしか見えない。

 森で見かけたあいつらは、そう、獣に近い。
 およそ知性と理性があるようには見えなかった。

「ついでだから話すけれど、全ての古竜には役割があるの。たとえば彼――」

 と、死を待つばかりの「大地の竜ガイアドラゴン」を見る。

「彼には、この大陸を支えるこの木を守護する役割があったわ。そして今、その役割が終わろうとしているの。だから死ぬ……いえ、長き肉体の呪縛から解放されるのよ。本当なら古竜に寿命なんてないから」

 え?

「待て。気になる話が二つ三つあったぞ」

 乗り気のゼータが、私より早く質問を飛ばす。

「この大陸を支える、ってのはどういう意味だ?」

「この木……人間界では聖樹ベルラルレイア、って呼ばれているのよね? 大昔は『楔の塔アタア・ク・フィク』という名で呼ばれいたの。そしてこの大陸をもっと深くにある大地と繋ぎ止める役割があるの」

 もっと深くにある大地? ……地球で言うところの海底とか地底とか、そういう意味になるのか?
 あれ? もしかして、

「この大陸って浮き島なの?」

 確か地球にもあったはずだ。海に流される島が。まあ島っていうか、漂流物が積み重なってできた陸地だったはず。

「そうね、広い意味ではそれで合っているかもしれない。この木は大陸を貫き、その下にある海をも貫き、深いところにある下層の大地まで届いている。そして別々だった大陸同士を横で繋いでいるの。大陸中に根が広がっているのよ」

 へえ……スケールの大きい話だなぁ。

 つまりこの大陸は浮き島の集合体で、聖樹ベルラルレイアが広く根を張ることで一つにまとめているってことだね。
 本当かどうかは知らないけど。確かめようもないし、確かめる気もないけど。

 となると、今度は次の言葉が気になる。

「役割が終わったの?」

 さっきの話が本当なら、単純に考えて、この木が繋ぎとめている大陸がばらばらになるってことじゃなかろうか。

「代わりの『楔の塔』が育ったからよ。ようやくこの木と同化して、代わりの役割を果たせるようになったから」

 あ、そうか。
 この大陸のどっかに聖樹ベルラルレイアの若木がある、ってのは私も知っている。ゲームでダンジョン扱いになっていたのも向こうの奴だ。

「彼は大変だったでしょうね」

 「大地の竜ガイアドラゴン」を見る女性の表情が曇る。なんか憂い顔が色っぽいな。

「見ての通り、木は折れているわ。おかげでモンスターを遠ざける機能が正常に働かなくなった。
 彼は何千年もの間ここを離れられず、付きっ切りでここを守っていたのよ」

 モンスターを遠ざける機能があったのか。
 そうか、それが「聖樹」と呼ばれる理由か。聖なる力を持つ理由か。

「なるほどなぁ……いわゆる神話の話だな」

 と、ゼータは煙を吹かす。

「大地を支える塔。その名はどこかの神の教典に載っていたはずだ。そんなものはどこにもないし、痕跡も残っていない。長い歴史に埋もれたとか時の権力者が宗教弾圧の折に潰したとか色々な説があったらしいが」

 コン、とキセルを鳴らして灰を落とす。自前の携帯灰皿に。この世界にも嫌煙の波がやってきているのだろうか。

「最初から誰もの目に付く形で立っていたんだな。木だったから可能性から排除されていただけで」

 うん……ただの木のようで、そうでもなかった。
 いや、木自体は本当にただの木なのかもしれない。
 ただ、これを生み出した神だかなんだかが、そういう役割を与えていただけで。

「で、レフィが後を継ぐのか?」

 レフィ、というのが、この女性の名前らしい。そういえば自己紹介らしい自己紹介もしてないな。まあいいか。

「いいえ。継ぐのはあの子」

 ……え? あの子供? あの弱っちい子供が? 守護者なの?

「大丈夫か?」

 私と同じ不安を抱えたのだろうゼータに、レフィは微笑んだ。

「ええ。これから三百年くらい掛けて、私が鍛え上げるから。

 ――新しい若木の守護と、守護者の指導者。それが私の役割なのよ」




 なんというか、入りはかなり自然だった。
 種族は違えど女だということなのか、単に性格が合ったのか。

「どうも最近の男は物足りないのよね。というか何? 草食系? ちょっと鱗を見ただけでうろたえたり萎えたり素っ裸でぶらぶらさせながら逃げ出したり……どう思う? 女に恥を掻かせるのが最近の流行なの?」

「知らんよ。私は生涯ただ一人と決めた男を失ったから、それ以来もう恋は……」

「えーもったいない。ゼータはモテるんでしょ? 私なんか全然だよ? 男どもはみーんな私の横を素通りしていくよ」

「その胸じゃねぇ」

「その胸じゃなぁ」

「おい。なんだと。……まあ、この胸じゃなぁ」

 私たちは重要な話をしていた気がするのに、いつの間にかガールズトークが始まっていた。
 何言ってるのかわかんないと思うけど、私もわかんない。
 自然と参加している私自身もよくわかんない。

 あまり実のない不毛な会話は、すっかり陽は落ち、星が瞬く頃まで続いたのだった。







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