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77.平凡なる超えし者、今後を大きく左右する分岐路を間違える……
しおりを挟む話は付いたので、そのまま夜まで待つことになった。太陽が出ていると執事くんが動けないからね。
「して、主は今どうなっているのだ?」
うん、まあ、現状が気になるのもわかるんだけど、私もそれ以上に気になることがある。
「魔王は元気だよ。それより君らはなんで封印されたの?」
力だけなら、およそ人がどうにかできるとは思えない。
いや、ゲーム上はどうにかなっていたので、どうにかなるのかな?
魔王シナリオでは、この第五魔将軍とは戦い、勝つことになっているから。
まあ属性上の関係で、アルカ超有利だから、その辺の絡みでどうにかなるんだろうね。光属性のおかげで瘴気なんかも効き辛かったりするのかもしれない。
「木だ」
ん? 木?
「我らが全盛にあった時代のことだ。我らは進軍を続け、この世界を支配していったのだ。下級、中級神と戦い、巨神と戦い、神の尖兵と戦い、悪魔王や吸血王とも戦った。我らが主を差し置いて大魔王と名乗る不埒者とも戦ったな。
何者が相手でも、我らが主の敵ではなかったがな」
あ……はい。嘘っぽいけどマジ話なんだろうね。この時代には資料さえ残っていないような失われた神話だよね、きっと。
「とある大陸を攻めた時のことだ。その大陸には巨大な大木が生えており、その周りに神々の住処があったのだ。
世界征服のために進軍したが、その大陸では、我らの力は発揮できなかった。忌々しい巨木めが、魔の力が衰退せしめていたのだ」
……あれ? その巨木ってもしかして……
「攻めても攻めきれない、互いが決定打に欠けた消耗戦が続いた。そんな折、どこかの愚かな神が、凶行に出たのだ。
我らが主を、聖なる力を持つ巨木に封じてしまおうと考え、実行した」
あらま。……あれ? それじゃまさか……
「もしかして、魔王は木を折っちゃったの?」
「あとから考えれば英断だった。後に知った話だが、その巨木は世界を支える柱の一つで、『楔の塔』と呼ばれていた。もし巨木が完全に力を失えば、世界の一部が海の底に沈んでいただろうと。
結果だけ言うが、我らが主を封印しようとしたところ、闇と聖の相殺現象が起こったのだ。
封じようとする巨木、それを払おうとする主、お互い消耗する結果となった」
ふむふむ。確かにあの聖樹は、かなりの力を持っているみたいだからね。そうじゃなければ古龍がいる理由もないしね。
「力は主の方が上だった。あのまませめぎ合いを続けていれば、巨木の方が先に力を使い果たしていただろう。
そこで主は勝負に出た。残りの力を振り絞って、力ではなく巨木の本体に攻撃を仕掛けたのだ。
恐らく、せめぎ合いを始めた段で主は気づいたのだろう。これほどの力を持つ巨木が力を失えば、その被害は計り知れないことを」
まあそうかもね。大陸を支えるような力があるって話だし、それを肌で感じた魔王がそう結論付けたのも不自然ではないと思う。
「我らが主は全力を尽くし、巨木をへし折った。その結果、主の身体は砕け、いくつもの力の欠片となり世界に散ってしまった。
我らは大急ぎで力の回収を始めたのだが、そこに神々が攻めてきてな……王を失い混乱している最中を襲われれば、大した抵抗もできなかった。
そして我らは敗れたのだ。それはもう呆気なくな」
その後のことはわからぬ、と第五魔将軍は首を振った。
「じゃあ、君の場合はそこで封印されたって感じなんだ? よく殺されなかったね」
ガステンたちはたぶんその時にやられちゃったんだろうけど。
「あ、元々死んでるとか、つまんないこと言わないでね?」
若干ニヤリとしたので、先に釘を刺しておいた。ドヤ顔で言っていいレベルの冗談じゃないから。あんまり面白くないから。
「なかなか手ごわいな」
いえいえ、簡単に予想ができただけです。面白い冗談ならたくさん言って欲しいですよ。
「我は、元は神の子だからな」
え。
「とある軍神の子として生まれ、武勲を立てた。しかし我の出世を妬んだ者につまらぬ理由で首を落とされてな。憎しみと恨みで死に切れず彷徨っていた我を、主がその御力で死の呪縛から解き放ってくれたのだ。それが我と主の出会いだが……少し話が逸れたな。
我が消されず封印されたのは、二度も神を殺すことにためらいを感じたからであろう。しかも一度目は我に落ち度はなかったしな」
ああ、なるほどねぇ。不憫に思われちゃったわけね。
「封印はされたが、手厚く祭られたから不満はなかったぞ。周囲の者もそれなりに貢物を捧げ、我を鎮める祭事を行ってくれたからな。おかげで力の源たる怨嗟の念がだいぶ薄まってしまったが、悪い時間ではなかった」
怨嗟か。日本で言うところの「たたり神」みたいな側面もあったりするのかもな。つーか神の恨み妬みってすっごい重いんだよねぇ。
「まあそれも昔の話だが。今やすっかり忘れられた存在と言えよう」
そうっすね。かつては神殿とも呼べたのかもしれないけど、今では森に埋もれて最近発見された古い遺跡だもんね。
「――そろそろ良い頃合いだな。行こうではないか」
第五魔将軍の話を聞いている内に、すっかり陽は落ちていた。
水晶玉に第五魔将軍が入った。
透き通っていたガラスのような球体の中に、霧が立ちこめてもやもやと漂っている。
うーん……封印というよりは、本当にただの入れ物って感じになっちゃったな。
こんな扱いなら、高い買い物なんてしなくてよかったわ。
せっかくクローナに貢ごうと思っていた黒狼石も売り払っちゃったしさぁ。
でもまあ、これはこれでいいか。
諸注意はちゃんと納得して理解してくれたし、出入りが自由って言われれば意外と中は快適かもしれないし。
結局封印って、出られないから出たくなるんだよね。心理的に。
「ほい」
放り投げると、執事くんは両手で優しくキャッチした。
「僕の将軍に手荒な真似はしないでいただきたい」
あ、すいません。つい軽い気持ちで。そういうの気にする……ん?
「僕の将軍?」
それって「僕が仕えている」って意味? それとも……
「愛してますけど、何か?」
あ、そっちの意味ですか。
「まあそれは好きにすればいいと思うけど」
美人だったし、取っ付きづらい感じはあったけど捻くれてるわけでもなさそうだったし。モテるのはわかるよ。
「あのさ」
それこそ愛しい人の手でも握っているかのように、水晶を大切に両手に包み込む執事くんに、私は言った。
「結局封印はしてないから、こっちの会話とか全部筒抜けだと思うよ」
「……は?」
あ、気づいてなかったんだ。やっぱり。うっかりだなぁ。
「入ってるだけ。そこにいるだけ。いつでも出られるくらいだから、家で例えるなら窓とかドアとか全開の状態だよ。更に言うなら中にいる彼女とも普通にしゃべれると思うよ」
「ね?」と問いかけると……もやもやっとした漂う霧が、下から湧き上がるようにもわもわっとし始めた。返事はないけど完全に反応ありである。
「先に言ってくださいよ! あなたは! さっきも! 魔王様の使いの者だと言っていればすぐに通したのに! あなたは情報が遅い! のろま!」
うわ、逆ギレしましたよ彼。どっちも君の判断が迂闊だったと思いますけどね、私は。
「はいはい、私が悪かったよ。そろそろ行こうか」
「ちゃんと謝罪しなさい! 本当にあなたは!」
「あんまりしつこいと色々追求しちゃうけど、それを望むの?」
「……僕にも少々落ち度がありました。お互い様ということで一つ……」
賢い判断だと思うよ。非常にね。たぶん第五魔将軍、今溜息ついてるよ。執事くんの失態の諸々に。
蝙蝠の羽を背中に出し夜を飛ぶ執事くんに運ばれ、王都に戻ってきた。
――はやーい、とネズミ姿になっている私が念を飛ばすと、
「あなたは余計なことを言わないでいただきたい。あなたと話すと調子が狂う」
ぴしゃりとシャットアウトされました。
にしても、本当にかなりの速度で飛んでいた。地形を無視しているとは言え、わずか数時間で数日の距離を稼げるなんて大したものだ。
うっかりで早とちりで一流とは呼べないのかもしれないけど、執事くんの基礎能力は高いんだろうね。
――ちなみに、アンデッド軍団は森に残してきた。一度呼んでしまったものは戻せないそうなので仕方なかった。
まあ、すでに討伐隊が編成されているので、明日には綺麗さっぱり片付くとは思う。
私が全部片付けてもよかったけど、そういうことをしたら、今まさに冒険者や傭兵を集めているマイセン領領主のメンツを潰すことになるからね。
きっと国も動いているだろうし。
いざ討伐隊を派遣してネズミ一匹いません無駄足でしたー、じゃ、面目丸つぶれだ。
ちょっとヤバそうな、原因不明の即死が考えられるリッチと単純に強そうな巨人ゾンビだけは私が処理しといたので、あとは簡単なお仕事で済むだろう。
数だけは多いから、領主はこの程度で大げさに騒いだ、なんて言われることもないだろうしね。
深夜、無事魔法学校に戻ってきたら――
「戻ったな」
おっと。帰ってきたのを察知したのだろう魔王が、ガステンとリアジェイルを従えて図書館の前で待っていた。まさかのお出迎えである。
「主!」
執事くんが魔王の前で跪き、両手に水晶を乗せて掲げる。そして第五魔将軍は喜色をはらんだ声を発した。もやもやしながら。
「幾年月を経ようと変わらぬ忠義の徒、只今戻りました!」
「うむ。積もる話もある。中で待っていろ」
物珍しそうに水晶を見ているガステン、不満を隠そうともしていないリアジェイルと共に、執事くんに運ばれる水晶は図書館へと消えていった。
……ふう。
それを見届け、ようやく私の肩の荷が下りた。
「ご苦労だったな」
うん、まったくだよ。疲れたよ。
「大事にならなくてよかったよ。魔王の望む最小限の被害で済んだんじゃない?」
強いて被害を上げるなら、私の財産が失われたくらいだ。
クローナに貢ごうと思っていた宝石とかが。
まあ別に必要ない物だったからいいんだけどね。
「うむ、重畳だ。あの堅物を説得できた功績も大きい」
堅物? ……あ、そっか。
「なんか千年以上も鎮魂祭とかされたり貢物とか貰ってるうちに、恨みの念とかが薄くなったみたいよ。だからあんまり堅物って感じはなかったけど」
「何、本当か? 昔は融通の利かない猪武者のようだったが……年月とは恐ろしいのか偉大なのかわからんな」
間を取って、恐ろしくて偉大なんじゃないですかね。
「とにかく世話になったな。貴様は間違いなく私の依頼を達成した。褒美に何かくれてやろう」
ああ、そう。それじゃあれだ。
「平穏をくださいな。もうこういうのはこれっきりにしてよね。身の危険とかあるから、あんまり関わりたくないしさ」
それに疲れるし。だらだらしていたいし。お兄ちゃんの傍を離れるのもちょっと怖いしね。
「わかった。貴様がそれを望むなら望み通りにしよう。だがこちらから近づくことはないが、貴様の話は聞いてやる。望みができたらいつでも来い」
つまり貸し1って感じか。まあ悪くないかな。
「んじゃそれで。おつかれさーん」
早くクローナの部屋に戻って寝よっと。
厄介な依頼人からの一仕事を終え、私はとっととその場を後にするのだった。
なお、後から考えると、この時だったのだと思う。
この時、私は明確にして取り返しのつかない、大きなミスを犯していた。
そして当然、己の失敗に気づくこともなく、取り返すことができず、その日を迎えるしかなかったのだった。
――大変革まで、あと35日。
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