89 / 102
88.平凡なる超えし者、開戦の狼煙を上げさせる……
しおりを挟むまあまあ落ち着きなさいと、兄アクロとレンを中庭の隅に追いやる。
これから話すのは、あんまり大っぴらにできることじゃない。
「とりあえず、事情は知ってるよね?」
黒髪の、日本人に近いけどやはりどこか外国人っぽい顔立ちのレンに問う。うーん、こうしてちゃんと見るとしっかり美人だな……お兄ちゃんが好きなキャラなんだっけ? いい趣味してますな。
「何のことでしょう?」
頭もだいぶ良さそうだな。
ここまでの流れで色々と確定みたいな情報を兄アクロが漏らしているが、「ひっかけじゃないとは限らない」から、自分から情報を漏らすことはしないと。
はい、いいえ、でも、答えそのものが情報になりえるからね。
「中身が弓原陽。男。なんやかんやあって今こんな感じでアクロディリアとして生きてる。間違いない?」
一瞬眉が動いたが、レンは何も言わず、一歩引いた。何気に警戒もしてたもんね。護衛も大変だ。
「おまえなんで――」
「しっ」
私は人差し指を立てて、静かにのジェスチャーで兄アクロを黙らせる。
「今大事なのは、私がここにいることじゃなくて、フロントフロン領で起こっていることの始末。でしょ? お兄ちゃんが今言いかけたことは、ここで話さないといけない話じゃない。だよね?」
出撃までそう時間もないだろうから、本当に必要なことだけ打ち合わせしたい。
迷いや疑問は、できるだけ戦場に持って行っちゃダメだから。
だから今は、数分では終わらない話をするべきではない。
「でも気になるんだが」
うわーシンプルに来たな。シンプルな理由で聞きたいとか言い出したよ。
「じゃあ一つだけ。
私がここにいるのは、お兄ちゃんを助けるためだよ。
こうして姿を見せたのは、姿を隠したままでは満足に支援できないと思ったから。今お兄ちゃんは、かなり難しいことをやろうとしているんだよ。
今は集中するべきだと思うよ? ただでさえ難しいことをしようとしているんだから」
戸惑いが色濃く滲む表情で黙る兄アクロをぐいっと、ぐいぐいっと押しのけて、やや後方に控えていたレンの前に立つ。
「はじめまして、弓原陽の妹の結と言います。本当に、マジに、これ以上ないほどに、兄がお世話になっております。さっきの間接お見事でした」
他の誰でもなく、レンが一番お兄ちゃんの迷惑を被っているだろう。
さっきの手馴れた関節技を見ればよくわかる。
これまでに、何度も何度も、同じような場面があったに違いない。
「……本当に、妹さん、なんですか?」
まじまじと私を見るレンに、私は「身体は違うけど意識は間違いなく」と頷く。
「まあ今のお兄ちゃんと同じような感じでして」
「はあ……兄妹揃って、なんと言いますか、数奇な人生を歩んでいますね」
数奇。
そうね、ほんとそうだと思うよ。弓原の家系は。
手短ながら自己紹介と「話は後で」を納得させ、マイセン騎士団長を呼ぶ。
「現地での行動に話したいんだけど、いい?」
四人で現地での活動を話し合う
現場を見ないと詳細は詰められないので、軽く戦略を詰めておくだけに留めるが、大まかな動きは決まった。
間違いなく主戦力となる騎士隊は、巨大モンスターと避難民の中央を陣取ることになる。
避難民へ向かうモンスターを食い止める役割を負ってもらった。
もし救助に向かうとなると、実力を発揮できなくなる恐れがある。きっと敵味方が入り乱れる戦場となるので、戦いのみに集中してもらった方が効率がいい。
救助方面は、私が請け負った。
たぶんフロントフロン領に詰めていた兵士と冒険者が、モンスターを食い止めているだろう。
私の仕事は、避難民の安全確保だ。
これができれば打って出ることもできるようになる。なんなら篭城戦の体を取ってモンスターを比較的安全に削ることもできるだろう。
「任せてよいのか?」
「がんばるよ。こっちが済んだら応援に行くからね」
本当に人の命が関わってるからね。事この戦いで出し惜しみはしない。
団長と兄アクロには、「本当にこいつに任せて大丈夫か?」的な、だいぶ猜疑心に満ちた目で見られたが、どうやらここでタイムリミットのようである。……というかお兄ちゃんまで疑いの目を向けてくるのはなんなんだ。
「転送魔法陣が完成しました!」
使者が告げると、団長は騎士隊に向かって声を張り上げた。
「――マイセン騎士団第一部隊、出撃する!!」
「「ご武運を!!」」
そこらでバタバタしていたお城の人たちがその場で敬礼した。お、こういうのは初めてだな。見送りの言葉とかあるのか。
早足で歩き出した団長のすぐ後ろを、私と兄アクロ、レンが行く。その後方に騎士たちが続いた。
中庭から表門に向かうちょうどど真ん中に、発行する巨大な魔法陣があった。
便乗という形で何度かお世話になっている転送魔法陣と同じ魔力を感じる。実は見たことなかったんだよね、私。正規のルートで使ったことないから。
「アクロディリア」
しゃがれた声が兄アクロを呼び止めた。魔法陣の脇に佇んでいるおばあさんだ。おお、背が高いな。
「クレーク大叔母様……」
大叔母? あ、アクロディリアの親戚の人なのか。
「ヘイヴンとファベニアのこと、頼んだよ」
やりとりはそれだけだった。
兄アクロは大きく頷くと、魔法陣の中へ消えた。私もあとに続く。
――一瞬の眩暈を感じて目を閉じ、開けば違う場所だった。
送られた場所は、小高い丘の上……のようだ。
360度、見通しがいい草原でいいのかな。
足元を見れば、魔法陣を刻み革を縫い合わせて大きくしたカーペットのようなものが敷いてあった。
まあ普通に考えて、すぐに用意できる転送魔法の出口だよね。
続々と騎士たちもやってくる間、周囲を見回す。
夜なので見通すことはできないが、時折りパッパッと火のようなものが遠くに閃くのは、誰かが戦っているからだろう。
肝心の巨大モンスターは…………あ、あー……いるなぁ。あっちにいるわ。千を越えるモンスターをはべらせてゆっくり移動しているみたいだ。
夜の奥にいるおかげで、姿は見えないんだよね。
だが、その巨体を思わせるだけの気配と魔力はしっかりと感じ取れる。
まあ、それはいいか。
「ネズミ殿、打ち合わせ通りでいいのだな?」
号令もなく号令を待つ整列を前に、団長が最後の確認をしてきた。
もちろんOKだ。
「おに……いや、アクロさん」
「あ? ……あ、はい」
虚空を睨みつけている兄アクロを呼ぶ。
今にも走り出しそうなほど、闘争心が漲っているのがわかる。
……あんまり前に出てモンスターと直接対峙とかして欲しくないけど、ま、それこそ私がサポートすればいいことか。レンもいるしね。
私は、空の彼方を指差した。
「あの辺にさ、広範囲を照らす明かりを出してくれない?」
「明かり……?」
うん。
「特大のを頼むよ。
疲れた兵が奮い立ち、生きることを諦めた人の心が蘇るような。
恐怖で震える人が安心するような、折れた心が生き返るような。
この辺にいるすべての人に告げる、救助が来たことを報せる、そんな明かりを」
それが、私たちの開戦の狼煙になる。
そしてもちろん、その明かりは戦う者にとっても視界を確保する光となる。
規模や状況を見て、兄アクロにはたくさんの光を打ち上げてもらうつもりだ。
闘技大会であれだけ器用な「光」の使い方を見せたのだ。
できないわけがない。
「――わかった。特大ね?」
意味を知り、不敵に笑い、兄アクロは詠唱を始めた。
夜空に穴を空けた大きな光点は、まさに、真夜中に浮かぶ太陽のように輝き。
偽りの陽光の下を、私たちは猛然と走り出す。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
199
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる