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――.私がネズミになって世界の行方を見守ってみた
しおりを挟むハイロゥさんは言った。
「――最後に会わせたい人がいるの」
兄の物語は終わった。
私はハイロゥさんに呼び出してもらい、最後の挨拶をして、さて日本に帰ろうとした矢先の言葉だった。
「会わせたい人?」
それには答えず、まあ座れとばかりに、手で空いた椅子を指す。
急ぐ予定もないので、私は椅子に腰を下ろした。
ちなみに今の私は、魂だの意識体だのと言った肉体なき存在なので、座ろうがなんだろうが、そんなに意味はないんだけどね。
「シャイア」
「はい」
修道服の女は、手を差し出し、広げた。
なんだかデジャヴを感じる。
始めてネズミと逢った時、こんな感じだったなぁ。
そして彼女の手には、卵ではなく、緑色のネズミがいた。
私がさっき返した、百花鼠という幻獣の肉体だ。
ネズミはサファイアのような曇りのない緑の瞳で私を見詰め、床に飛んだ。
「――ユイ」
お、おう。
素早く変化し、私と同じ姿になった。
いや、髪と瞳の色は違うけど。緑だけど。
声もたぶん同じだと思う。うーん……なんか自分で聞く自分の声と、なんかすごい違う感じがするなぁ。違和感あるなぁ。
ネズミが変わった姿は、私があの世界で活動していた時の姿だ。服装も、魔法学校のものだ。やっぱ意外と普通のブレザーぽいな。
「ネズミ?」
「うん」
おお、そうか。ついに自我を持つまでに成長したのか。
「もう行くの? ユイ」
「行くよ。元々私はこっちの世界の存在じゃないから。身体、貸してくれてありがとう」
「痛いこともなかったからいいよ」
ああ、そう。そりゃよかった。それにしても気のない返事だな。力がないな、力が。無気力っつーか。
「どう? あなたにそっくりに育ったでしょう?」
ハイロゥさんはなぜだか嬉しそうに言うけど……うーん?
「私こんなん?」
「ええ。いつもダルそうでやる気がなさそうで、隙あらばだらだらしていたあなたそのもの」
マジかよ。
……マジか。
「私こんなんかぁ……」
私としては、もうちょっと、こう、普通かと思ったけど……思ったより気だるい感じなんだなぁ。目が淀んでいるというか。覇気がまったくないな。
もうちょっとやる気出して生きないと、と思うくらいに、見事なやる気のなさだ。
「あんまりいい教育係は、やれなかったかな」
こんな結果になるなら、もうちょいがんばれば……無理かー。私の性根の問題だもんなー。四六時中一緒だし、表面だけ取り繕っても本心が筒抜けだろうしなー。
「そんなことないよ。私はユイが好きだし、ユイの教えは名前ごと私が継ぐよ」
え。
「私の名前を継ぐの?」
「うん。この名前がいい。私はユイ。君と同じ名前がいい」
……いいのかね。
まあ、それが、本人の意思なのか。
「百花鼠に寿命はないけど、この命ある限り、子供に甘いユイとして、だらだらしながら適当に世界の行方を見守っていくよ」
ふうん……そうか。
「どれ」
結局最後まで抱きしめることができなかった、乙女を二人ほど虜にした自慢の肌触りを確認してみる。
うーん……今は自分だから、大して抱き心地が良いってわけではないな。胸もないし。そこは忠実にしなくてもいいんじゃないかね、君。
「君は私か。まあ、好きに生きればいいと思うよ」
「うん」
必要なことは教えたつもりだし、きっと一人でもやっていけるだろう。
この気負いのない態度なら大丈夫。
真剣に生きすぎると早死にするし、やるべき時にやらないと居場所を無くす。
これからいろんなことを学び、まだまだ成長していくはずだ。
それこそ、今は私でも、私なんてとっとと追い抜いていけばいいのだ。
それができる子には育っていると、信じよう。
自分そっくりの自分の名を持つ幻獣と、女神と、聖人に見送られ。
今度こそ、私はこの世界から抜け出した。
さあ、間もなく帰ってくるだろうお兄ちゃんを、向こうの世界で迎えるとしよう。
私がネズミになって世界の行方を見守ってみた 完
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