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目覚めたら、暗い森
しおりを挟むその夜、乱れた意識の中で角倉夕実が目を開いた瞬間、満天の星が視界に飛び込んできて、軽く眩暈がした。
あぁ、田舎の夜って、どうしてこんなに月や星が大きく見えるんだろう?
一人ぼっちで冷たい土の上へ仰向けに倒れたまま、ぼうっとそんな感覚へ身を任せる事、しばし……
夕実は体を起こして可愛いトレッキングウェアの汚れを払い、左右を見回してみた。
どうやら、何処かの山の中腹であるらしい。
尖った山頂の真上に赤みがかった満月が浮び、麓へ続く細い坂道は急勾配になった辺りから闇の領域に呑まれて、鬱蒼と茂る森が左右に広がっている。
え~と……あたし、何でこんなトコにいるんだっけ?
ぼうっと頭に霧がかかった感じで、少し前の記憶が無い。
おまけに、鈍い痛みが額へ生じていた。触れると、長く伸ばした髪の合間に乾きかけた血の、嫌な感触がする。
ヤダ、あたし、怪我してる!?
慌ててまさぐり、傷が深くないのを知って夕実は溜息をついた。
転んで頭をうったのかな。うん、多分、そのまま、気を失って……
根っから臆病な上、些細な事でパニックへ陥りがちな自分の性格から、実にありそうな話だと夕実は思った。
ん~、だったら、あたし、誰と一緒に来たんだっけ?
彼女が一人で山に来る事はありえない。何しろ、ぼっちがトコトン苦手な性分なのだ。
幼い頃は友達や先生、思春期以降は付き合うオトコに依存し、相手の言うがまま、なすがままに生きて来た。
一つの恋が終り、好きなオトコが変る度、趣味も服装もガラリとお色直し。25才の現在に至るまで、およそ一貫性というものが無い。
だから、今回も誰かに誘われ、こんな所までノコノコやってきたのだろうけど……だからって、ちょっとコレ、ヒドすぎない?
疼く頭をさすり、夕実は取り敢えず近くの木陰へ移動しようと立ち上がった。で、軽く前へ踏み出した足が何かに触れてヌルリと滑る。
おっとっと!?
又、倒れそうになる寸前、手前の地面についた両の掌が、先程よりずっと嫌な粘液質の感触を捉えた。
草いきれに混じり、生臭い匂いが鼻につく。
血だ!
それも、まだ乾ききらない多量の鮮血が、丁度、手を付いた辺りの地面に黒い泥濘を作っている。
ウソ……ウソ、ウソ、ウソォ!?
後ずさって悲鳴を上げた瞬間、夕実の脳裏に、真っ青な顔で髪を振り乱す女性のイメージが浮かんだ。
あぁ、あたし、あの時、襲われたんだ。
そうそう、夜道を歩いてたらさ、横っちょの茂みの奥から変な女が、いきなりワ~ッと飛び出してきて……
うざいし、キモいし、何かお化け屋敷のバイトみたいな出方なのよね、全く!
足元の石を拾い、夢中で振り回した所まで夕実は思い出した。でも、その後の事は相変わらず霞んだ記憶の彼方にある。
もし、この血があのキモいおばさんの奴だとしたら、何処へ消えたの?
これだけ出血した後、自分の足で逃走する事はできないだろう。しかし、あの蒼ざめた女の表情は見るからに常軌を逸していた。
三流ホラーにつきものの『生ける死者』。温かい血肉を求めて、さ迷い歩く怪物そのものの雰囲気を漂わせていたのだ。
夕実が思わず身震いすると、何処か遠くで銃声が響く。
猟でもしてるの、こんな夜に?
夕実の当惑を余所に、更に銃声は続いた。
耳を澄ましてみると、音の方角は一つではない。暗がりの彼方、あちこちから銃声は発しており、誰かの甲高い悲鳴まで聞こえる。
震えあがった夕実は、咄嗟に道沿いの大きな灌木へ身を寄せた。
真相がどうあれ、到底、まともな状況とは思えない。しばらく、ここに隠れて様子を見ようと心に決めた時、側の茂みで何か動く気配がする。
「あのぉ……すいません。そこ……どなたかいらっしゃいますぅ?」
おずおずと夕実は声をかけた。
返ってくるのは言葉ではなく、荒く不規則な呼吸音だ。そして、藪をかきわけて現れた姿は、夕実の全身を凍りつかせた。
あの女と同じく、真っ青な顔に乱れた髪。
虚ろな瞳に知性は感じられない。
意味不明な呻きを上げ、夕実の方へ両手を伸ばして近づいてくる首には、大きな傷があった。獣にでも喰いちぎられたと思しき肉片が、黒い血の滴を垂らし、顎の下辺りにぶら下がっている。
「やだ……来ないで!」
夕実は、坂道を駆け上り、逃げた。
おぼつかない足取りで呼吸を整える暇も無い。
最初は一つだった気配が、何時の間にか三つに増え、左右の森から彼女を追って来ている。
「助けて! 誰か!」
張り上げた悲鳴は、月明りが照らす山腹に空しく木霊するだけ。
焦りに焦った挙句、足が絡まり、夕実は道へ突っ伏した。足首を捻挫したらしく、立ち上がれずにいる内、揺らめく人影が迫る。
根っから怖がりでホラー映画の類が苦手な夕実でも、この後の展開なら容易に想像がついた。
奴らに食べられちゃうのだ。
そして自分も死後に復活し、人の生き血を求めて闇を彷徨う怪物になる……
なす術も無く、夕実は頭を抱えて、声にならない悲鳴を上げた。
だが、相手の息遣いがすぐ側に感じられた時、坂の上から続けざまに銃声がする。炸裂音と、真っ赤な光が閃き、怪物達は頭部を押えて、その場に崩れ落ちた。
「夕実、大丈夫か?」
叫びながら坂を下りて来る男を見上げ、安堵の余り、夕実の目に涙が滲む。
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俄かに記憶が甦り、男の胸に抱きついた時には、ここに至るまでの成り行きを一通り思い出していた。
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