6 / 12
6
しおりを挟む「お願いです。足りない分は何とかする。近い内、必ず払うから、指輪を返して下さい!」
史子に深々と頭を下げられ、パンダとウサギは顔を見合わせた。
明らかな戸惑いが感じられ、もう一押しと思ったのも束の間、アライグマがしゃしゃり出て、ステージの斜め上方を指差す。
「あなたの事情は判りました。でも、我々にも色々と都合があるんですよね」
史子が見上げると、小型のカメラが天井に据えられ、こちらを睨んでいるのが判る。
「あれ、カメラ? 今、撮影してんの?」
「そりゃ、何たって、スペシャル・イベントですからね。告知の量をコントロールして話題を煽り、ネットでライブ中継するのは当然の戦略でしょ。而して、現在のヒット数は……」
アライグマは舞台袖から現れたネズミ・マスクのスタッフへ顔を寄せ、何やらヒソヒソ囁き合った。
「もう7千件、突破してますね。あなたが乱入してから急上昇してるみたいで、むしろ感謝しなくちゃ」
キグルミ越しにも、辣腕仕掛人の計算高い笑い声が聞こえてくるようだ。
パンダが急に苛立った様子で、アライグマへ詰め寄った。
「生中継だぁ!? 田宮さん、あんた、編集して流すって言ったよな。俺達にも内緒で勝手な事すんな!」
「あ~、二人には変更、伝えてなかったっけ?」
「あんたさぁ、儲かるなら、何をやっても良いと思ってんだろ!? 俺達に近付いてきた時だって、そうだ。如何にも親切そうに、猫なで声なんか出して」
「オイオイ、今更、良い子ぶってんじゃね~ぞ!」
ずっと黙っていたトラのボーカルが、アライグマを庇い、パンダを突き飛ばす。
「徹也、お前だって、プロデューサーさんのお陰で良い思いしてきたンじゃね~の」
「はぁっ!?」
「まぐれ当たりしただけのトーシローが、切り捨てられる段になって、被害者面しても遅いンよ」
「……切り捨てられる? それって、ど~いう意味?」
言い争う傍らで史子が怪訝に呟いた時、パンダはマスクを脱ぎ、木谷徹也の素顔を晒した。
えらの張った丸顔でドングリ眼、親しみが持てる半面、何処にでもある顔だ。
ウサギの亜理紗も続いて素顔を晒したが、同じく平凡な顔立ち。
一般人の中でならソコソコ美人の方だろうが、芸能人ならではのオーラなどまるで感じられない。
地味だ。あまりに地味過ぎる。
それに対し、これまた素顔を晒したトラの井田純司、ネコの庄子咲枝は、流石ネイティブ芸能人。キグルミで隠すのが勿体ないほどの美貌を誇示していた。
で、オリジナル・メンバーと現在の中心メンバーとの想定外の仲間割れを目の当りにし、観客席はどう反応したかと言うと……。
まぁ、薄情なモンだ。
騒ぎを止める所か、煽るヤジまで飛ばし、内輪揉めの成り行きを楽しんでいる。
ん~、今なら指輪、持ち逃げしても大丈夫かな~?
史子がそ~っと台座へ手を伸ばすと、徹也が気付き、ギラリと目を輝かせた。
「コラ、子ブタのオバサン! ドサクサ紛れに何やってる!?」
「え~、私はそのぉ……」
敵意に満ちた目が、再び史子へ降り注いだ。
ブ~タ、ブ~タ……。
場内は大コールに包まれ、思わず史子が耳をふさごうとしたとき、これまた再び、キリンの神父が割り込んでくる。
「皆さん、ブタとは何です! この人はもうお面を被っていませんよ。ええ、神が許しても、この僕が許しません!」
仁王立ちでグッと見栄を切る辺り、雇われ芸人の血が騒いだのだろうか?
「体形で人を差別するのは愚の骨頂。何故だか、わかります? モデル体型や細マッチョ、ボン・キュッ・ボンが絶対の美ではない。フクヨカさんにも、絶壁さんにも、神が与えた唯一無二の麗しさがある」
庇ってもらって何だけど、アンタ、どこまでスベレば気が済むの?
キリンの背中に隠れたまま、史子は胸の中で呟いた。
場内の騒ぎは幾分収まったものの、勿論、それはキリン神父の主張が伝わった為ではない。えらく場違いな説教に呆れていただけである。
アホだ。あまりにアホ過ぎる。
いくら何でも、プロならここまで寒い状況を作ったりしないよね。やっぱ、この人、バイトの素人?
「かく言う私もポッチャリの美を心から愛する一人……ど~ですか、お客さん! マニアックと言わば言え! 我が生涯に一片の悔いなしっ!」
握り締めたキリンの拳がぶん殴る勢いで天井の小型カメラへ突き上げられ、カクテルライトの光を浴びた。何のパクリか知らないが、似合わないポージングで場内が又ざわめき出すと、焦った様子でキリンが後ろを振り返る。
「……で、それはそれとして、あなた、その指輪をどうなさるおつもり?」
うわっ、てめ~、手のひら返すんかい!?
ムカついて3秒ほどフリーズした後、史子は自分の左手につけていた指輪を咄嗟に抜き、徹也の前へ差し出した。
「あのぉ……封筒のお金が足りない分……母さんの指輪の代りに、これ置いてくのはどうかな~って思うンだけど?」
「何だ、そりゃ!? 又、一段と安っぽいバッタもんじゃね~か?」
「でも、これが全ての始まり……私がサラ金の借金を背負う原因になった品なの」
史子が台座に自分の指輪を置くと、徹也はそれを取り、マジマジと見つめてから、掌で転がす。
銀製のリングに小さな人造ダイヤを幾つか埋め込んであり、新品で買ったとしても3万円するか、どうか、と言う代物だ。
史子は自嘲の笑みを浮べて言った。
「フフッ、何度も捨てようと思ったけどさ。コレ、ど~しても捨てきれないのよね」
「……好きな人に貰ったんですか?」
好奇心を刺激されたのだろう。徹也の背後に控えていた亜理紗が一歩踏み出し、おずおずと話しかけて来る。
「私が品川の中堅商社で営業事務をしてた時、自前の社内ネットワークを構築するSEが総務にいてね」
「SE?」
「外注せず、車内にパソコン専門の人材を置く事、あの頃は割合普通だったのよ。で、同じフロアに席があって、何かと私の方を気にしてた。
見るからに技術系のオタク、世間知らずのトッチャンボーヤって感じでさ、鬱陶しいとしか最初は思わなかったんだけど……」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる