今日の良き日に 着ぐるみバンドの舞台裏

ちみあくた

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「ダメっ!」

 史子が安物のセットリングをハンマーでぶっ潰そうとした瞬間、張り詰めた声を上げた亜理紗が、徹也を押しのけ、前へ出た。

 普段のおっとりした物腰をかなぐり捨てて、その体が素早く台座に覆い被さる。

 身を呈す形で指輪を庇ったのだ。
 
 予想外過ぎる行動に、史子は慌てた。勢いのついたハンマーは亜理紗の背中を打ちのめす寸前、辛うじて横へ逸れる。

「潰しちゃダメ……この指輪は、まだ二人の気持ちをつないでる」

 亜理紗は、史子と達樹を見回し、小さく声を震わせた。

「史子さん、プレゼントされてから、大事に持ってたんでしょ?」

「……ええ」

「わかるよ。だって、キリンさんの指輪、ピカピカに手入れされてるじゃん! あたし達なんかの為に潰しちゃいけないんだ」

 必死の叫びに史子は俯き、達樹はホッと胸を撫で下ろす。

「お母さんの指輪もお返しします。もう、お金なんか、いらないから」





 場内のざわつきも一旦落ち着きつつあった。

 この騒動で、更にネット・ライブの視聴者数は増えたようだ。

 スタッフの耳打ちを聞いて、田宮はほくそ笑む。過激な仕掛人として再び世の注目を浴びる、と言う彼なりの目標は既に果たされたのだろう。

 ついでのような口調で問う。

「つまり、もう離婚式はしないと言う事ですか?」

 台座から身を起こし、亜理紗が頷いた。

「おい、本気か!?」

 様子を伺っていた徹也が、亜理紗の肩に右手を掛けた。

「なぁ、やるしかないって、俺ら二人で決めただろ?」

「……うん」

「あいつら、許せるのか、お前?」

 亜理紗に背を向けた徹也の指が、田宮、純司、咲枝を順に指差していき、場内のざわめきを誘う。

「何だよ!? トチ狂ってんじゃね~よ、クソパンダ。俺と咲枝は関係ねぇ!」

「……いや、何もかも、お前らのせいだ」

 冷たく、吐き捨てるように言い、そのまま徹也は視線を逸らさない。

 誰が気付くだろう。まさか、あのおどけたキグルミの奥に、これほど激しい怒りの炎が燃えていたとは。





「田宮さん、あんた、前からそこの二人、子飼いのミュージシャンを世に出すうまい手とか、考えてたんだろ?」

「そりゃプロデューサーとして当然の責務だからね」

「で、キグルミ・ライブを俺達が始め、ネットでバズった事へ目を付けた。美味しいトコだけ、まるパクする気で」

「哀しいな。君、そんな目で私を見てたの?」

「とぼけんな! バンドに純司、咲枝が途中参加する筋書きを作り、メジャーデビューが決まった時点で、今度は乗っ取りを企んだ癖に」

 尚も田宮を追求しようとする徹也の前へ純司が立ちはだかり、冷ややかに笑った。

「あ~、そりゃチョイ違う。実はな、『ザ・中の人』をもっとメジャーにする計画があるんだってよ」

「何っ!?」

 飛び出したいきなりの暴露に、田宮は眉をしかめたが、勢い付く純司の舌は回りっぱなしで止まらない。

「お前らが抜けた後、俺のダチが三人、代わりに入ってくンだ。何のキグルミかは、まだ決まってね~けどな」

 純司の援護射撃のつもりか、咲枝が楽し気に口を挟んでくる。

「みんな、イケメン。言うまでもないだろうけど」

「新しい演出を考えたのは、勿論、田宮さんさ。普段の活動はキグルミ。ファンクラブ向けのイベント、でかいコンサートのクライマックスだけ、マスクを外した素顔のパフォーマンスをする」

「盛り上がるわよぉ、コレ」

「でもさ、折角、ツラぁ晒しても、それなりのルックスが無いとファンは逆に冷めちまう。で、追加メンバーはその辺、完璧な人選になってンだ」

「わかる? 夢とかじゃなくビジネスのお話。大きなプロジェクトになっていくの。コンサート・ツアーだって計画してるのよ」

「つまり……その計画に俺達は邪魔ってか」

 徹也が吐き出す言葉は苦い。

「フフッ、今のまんま、バンドが生き残れそうなら、誰も波風立てねぇよ。残念ながらお前ら、丸っきり華が無ぇじゃん」

「徹也と亜理紗でバンドを続けていたら、中の人じゃなく過去の人になっちゃう。飽きられ、世間から忘れられて終わり。だってキグルミ脱いだら、只のトーシロだもんねぇ」

 更に追い打ちをかける純司、咲枝の舌鋒の鋭さ、冷たさは、先程の徹也に一歩も劣っていなかった。

 史子と達樹は一気に蚊帳の外だ。意外な成り行きに大口を開け、ステージ中央でポツンと立ち尽くすしかない。





「だからって、あたしと徹也の夢を奪って、二人の仲までメチャクチャにする権利なんか誰にも無いよ!」

 亜理紗が咲枝を睨み、叫んだ。

「純司があたしを、咲枝が徹也を……お酒の席で、くどいたのは何の為だったの? 二人がバンドを続けられなくする為?」

「馬鹿馬鹿しい! ただの遊びさ」

「消えてほしかったのは確かだけどね」

「お前らにとってバンドは夢。田宮さんには幾つかある仕掛けの一つだろう。でも、この世界にドップリひたった俺と咲枝には、陽の当たる場所へ返り咲く最後のチャンスだからよ」

「手段を選んじゃいられないの」

 ワルぶった冷笑を浮べ、純司が大仰に中指を立てて見せる。

「徹也、お前、ちゃんと構ってやってたのか? 思ったより、亜理紗はずっと簡単に落とせたから、特に面白くなかったぜ」

「……ひどい」

「あたしの場合も、ただの気まぐれ。プロデューサーの命令で、徹也へ仕掛けた訳じゃない」

 挑発的に煽り続ける咲枝に対して、徹也の勢いが一気に萎んだ。

 罪悪感と屈辱が滲む声を絞り出し、

「……俺達、あの時、ひどく酔っていたんだ。それにお前らを信用していたから……ずっと一緒にやってくつもりで……」

「ハッ! 咲枝を抱いたのは確かだろうが! 捨てられた後で被害者面すんな」

「お互い焼き餅やいて、ケンカして、離婚まで決めた訳でしょ? 今更、負け犬同士で傷をなめ合うなんて、カッコ悪いと思わない?」

 心のトラウマを一層えぐられ、もうぐうの音も出ない。

 徹也は力なく台座へもたれ、無言で噛み締めた亜理紗の唇にうっすら血が滲んでいるのに、史子は気づく。

 そしてもう一人、苦虫を噛む男がいた。

「あいつら、俺に無断で勝手な真似を……」

 そう呟く田宮にとっても、想定外の事態らしい。舌打ちし、さりげなく舞台袖へ寄って至急の指示をだすべく、スタッフを手招きする。

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