今日の良き日に 着ぐるみバンドの舞台裏

ちみあくた

文字の大きさ
10 / 12

10

しおりを挟む


 今や、場内は静まり返っていた。

 さっきまで共に演奏していたバンドの中で、これほどの諍いが渦巻いていた事に誰もが驚き、どう反応して良いか判らないようだ。

 このライブ・イベント全体を支配する炎上商法的なやり口に限界が生じたと言っても良いだろう。

 そんな中、ハンマーを握ったまま茫然自失の史子へ寄り添いつつ、達樹は、スタッフ数名を呼び寄せた田宮へ意識を集中させている。

「オイ、カメラ止めろ!」

 スタッフの耳元で田宮が囁く。

「まだ視聴者の数は伸びてますけど……」

 スタッフの小声も辛うじて聞こえた。バンドメンバーが素顔を晒した今、ネズミ・マスクを付けたままの彼らは酷く滑稽に見える。

「俺はな、プロレスは好きだが、ガチのセメントは嫌いなんだよ」

「は?」

「ライブは終わりだ。ほとぼりが冷めた後、適当な嘘で全部シャレにしちまうのが得策だろう」

 田宮の命令一下、スタッフの一人が舞台袖から奥の暗がりへ引っ込んだものの、間もなく青い顔で戻ってきた。

「……ダメです。機材がコントロールできません」

「中継を止められないのか?」

「……ハイ」

「何で?」

「わからないんです。何者かのハッキングを受けた可能性も」

「元から電源、引っこ抜け!」

「そんな事をしたら壊れるかもしれません。レンタルの機器もあるんで、大きな損害が出る可能性も……」

「ざけんな、手前ェら! それでもプロか!」





 冷静さをかなぐり捨て、スタッフへ当たり散らす田宮の前に達樹がヒョイと飛び出して、呑気そうに笑って見せる。

「え~、すいませんねぇ。その不具合、こっちの方でちょっとした小細工をさせてもらいました」

「小細工だぁ!? ふざけんな」

「ハイ、至ってマジメですヨ、僕」

 怒声の矛先が自分へ向いても、達樹は動揺も見せず、静かな口調で受け流す。

「それにお前、一応、ウチのスタッフだろ? バイトで雇った奴だよな? 乱入女と訳アリらしいが、何を狙ってそんな真似……」

「え~、ボスの指示です」

「ボス?」

「あなたの会社へ潜り込んだのもそうだし、キリンの神父役に立候補したのも、すべからく」

「俺に恨みがあるのか? それとも、面白ちょっかいのYOUTUBER?」

「さあね」

 焦らされ、煽られ、その姿もネットへ流れている事を自覚して、田宮は一層逆上した。

 人を弄ぶ炎上商法はお手の物でも、自身を晒すのは苦手らしく、もう先刻までの慇懃無礼さは欠片もない。

 下卑た声を荒げ、達樹へ詰め寄って、

「お前、どんな手を使った? 何なんだよ、ボスの目的は!?」

「フフ、思い出してください。この会場、都内の相場と比べたら、凄く安くレンタルできたでしょ? オルガン奏者さんや受付係さん等、イベント用に追加したスタッフも含めてね」

「……だから、何だよ」

「さぁ 何故だと思います? 実はここ、ボスの旧友が地主でして、再開発で取り壊す前に貸してもらったんです」

「はぁっ!?」

「で、あんたらに又貸しをした。つまり、ライブハウスの一時的オーナーはボス。で、こう見えても僕、ITは得意なんで、アレコレ小細工し放題でね」

「誰だ、そのボスって!?」

「教えても意味ありません。あなたの知らない人ですよ」

「ふ、ふざけるな!!」

「付け加えますと、敢えてライブ中に仕掛けた目的の一つはね。人の痛みを売り物にしてきたあなた自身を世間の晒し者にしてしまう事。どうですか、一寸先はハプニング……楽しんで頂けましたか?」

 怒りを剥き出しにする田宮の耳に、会場の所々から盛り上がる声が届いた。

 帰れ! 帰れ!

 えぐい田宮達のやり口が暴露され、流石にファンも拒否反応を示したらしい。

「……プロデューサー、まずいです。生中継しているサイトに抗議のコメントが殺到、SNSも大荒れに」

「炎上してンの?」

「ハイ」

「……シャレにならないレベルで?」

「ウチのスポンサー筋からも、手を引きたいとの知らせが届いたそうで」

 恐る恐る口に出すスタッフの話しぶり、狼狽しきった物腰が、事態の深刻さを物語っている。

 勿論、達樹はそんな気配は意に介せず、

「ん~、残念ですけど、あなたの演出は破綻しました。メジャー進出計画、かないそうにありませんね」

 あくまで飄々と語る嘗ての恋人を、史子は相変わらず呆然と見つめていた。

 もう別人としか思えない。以前の陰気さ、頼りなさが嘘のようだ。姿を消してから四年余りの悪戦苦闘が、ダメ男の成長を促したのだろうか。

 それにしても一体、何がここまでの変化を……。

 史子が思いを巡らす間も場内に鳴り響く「帰れ」コールは止まず、間もなく最高潮に達した。

 タイミング良く、ステージ袖でカメのオルガン奏者が「蛍の光」を奏で始める。

 動作を止めない天井のカメラから逃げるように、田宮、純司、咲枝は舞台袖の奥、闇の領域へ消えていく。

 台座の前で俯いたまま、肩を震わす亜理紗は彼らを見ようとせず、徹也もその肩を無言で抱きしめていた。





 兎にも角にも、今日のイベントはこれにて終了。

 そう感じ、溜息をついた史子は次の瞬間、台座に指輪が二個しか載っていないのに気付く。

 達樹の安物は一組揃っているのに、何時の間にか父と母のセットリングだけ、そこから消えていた。

 折角見つけ出したのに、まさか又、振り出しに逆戻りしてしまったと言うのか。

「ねぇ、誰か……誰でも良いから、母さんの指輪、知らない?」

 鳴り響く「蛍の光」の最中、ステージから客席へ向って大声で叫んだ史子は、次の瞬間、体がフッと宙へ浮くのを感じた。

 慌てて足元を見ておらず、段差の部分を派手に踏み外してしまったらしい。勢いあまって丸い体がステージの端を飛び越えていく。

 ダイブの演出さながら客席へ転落する史子の脳裏に、何故か八代亜紀のハスキーな歌声が流れた。





 雨、雨、降れ振れ、もっと降れ……。

 私のイイ人、連れて来い……。

 あ~あ、結局これって、私の現実逃避のテーマソングなのよね。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...