あんぽんたんの皆様へ

ちみあくた

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 ん~、世知辛い世の中だからこそ、ボク、何が何でも定職を失う訳にはいかないんですよねぇ。

 浅子の胸中で、危機感が俄かにモチベーションへ転じた。

 ピシッと額を叩いて汗の滴を跳ね飛ばし、怯む心へ気合を入れ直す。

「あの……今日、ボクがこちらへお邪魔したのは、あなたの息子さんの件です」

「息子? 敬一の事か? あいつは家におらん。どうせ、それも調べとんのやろ?」

「ええ、でも出来れば不在の経緯を、末松さんから直接お聞きしたい」

「わしがどうしてお前なんぞに……」

 そう言いかけ、途中で末松の気が変わったらしい。

 息子が去り、妻を失い、近所からもすっかり孤立している状況なのだ。強がっていても、長すぎる一人暮らしで会話する相手に飢えていたのだろう。

 開いた口は意外と饒舌だった。

「高校を卒業した六年前の春、敬一の奴は家を出て、京都の大学へ行くと言い出した。おまけに親の金は一銭も要らん、くれると言っても叩き返すって大見得切りやがって」

「中々、見上げた心がけですね」

「ど~やろなぁ。そのまんま喧嘩別れでの。女房の葬式を別にすりゃ、一度も京都から帰って来ねぇ」

「なるほど。では敬一君が家を出る決心をしたのは何故だったか、末松さん、御存じですか?」

「……ンなん、知らんがな」

「彼はあなたのせいだと言っていた」

 末松は憮然とした面持ちで自分の分だけ淹れたお茶を啜り、音を立てて煎餅をかじる。

「あなた、昔はこの辺り一帯の大地主。町内会の会長も務め、御近所から一目置かれていたそうですね」

「おう」

「でも、低金利下の不動産投資で派手に失敗した。周囲の眼が冷たく変化していくのに苛立ち、自棄をおこした挙句、一層の迷惑行為を繰り返した。奥さんの制止にも、てんで耳を貸さず……」

 何を思ったか、浅子の視線が末松から逸れ、床の間の警備機器を捉える。

 タコ足接続のテーブルタップが柱横のコンセントへ繋ぎっぱなしで、落ち着きなくチカチカ点滅する光が漏れ出していた。

 警備用機器の常として24時間休みなく稼働、今も家の内外の画像や音を拾っているらしい。

 ひどく旧型でエネルギー効率も悪い分、おそらく電気の月額使用量は洒落にならないレベルだろう。





「なんとまぁ……実に大層な仕掛けですねぇ。これ、幾ら掛かりました?」

「……ふん、覚えとらんわ。近所のアンポンタンどもが余計な真似をする度、増設したもんでな」

「見るからに複雑怪奇です」

「今はこんがらがっちまって、何処に何が繋がっとるか、自分でも良う判らん」

「家計が苦しいにも関わらず、勢い任せの出費を繰り返した末路ですね。ご利用は計画的に……借金する時も、無駄使いしたい時も、決して忘れちゃいけません」

「ほっとけ!」

 吐き捨てる口ぶりからして、末松にもそれなりの後悔があるのかもしれない。

 落ち窪んだ目の奥に、僅かな付け入る隙を見つけ、浅子は一気に畳みかけた。

「豊かだった家庭が壊れていく光景を敬一君は目の当たりにした。そして、遂に耐えきれなくなったのでしょう。父親と違う生き方を探す為、どうしても家を出たいと思ったそうです」

「……妙に詳しいな、あんた。敬一と直接話したんか?」

「ええ、先月の末、敬一君が交通事故を起こし、緊急入院した後にね」

「何っ!?」

 末松の血相が変わったのを見て、浅子は意外そうに首を傾げてみせた。

「事故の事、知らなかったんですか?」

「あ、あいつから一週間前、久しぶりに手紙が届いたんだ。でも、そんな災難、文面じゃ一言も……」

 秘めた悔恨や動揺が隠し切れないレベルまで増幅され、皺だらけの骸骨は明らかに狼狽えていた。

「彼、あなたに心配させたくなかったんじゃないかな?」

 末松の変化を見定めつつ、浅子は一呼吸置いて、大仰なほど悲し気に言葉を継ぐ。

「何せ、耐え難き苦境……絶体絶命と言うべき所まで追いつめられていましたから」

「怪我が重かったのか」

「えぇ」

「後遺症が残る位?」

「真夜中、勤め先から原付バイクで帰宅する途中に道端の電柱へ衝突しましてね。脊椎損傷の重症です。腰から下が麻痺し、立って歩くまでの回復は難しい状況だと医師に宣告されました」

「そんな……」

 驚愕のあまり弾ける様に立ち上がった直後、末松は後ろへよろめき、閉まったままの障子に凭れた。

 ショックで軽い貧血を起こしたのだろう。
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