15 / 105
アウトサイダー 1
しおりを挟む(8)
仙台市榴ヶ岡と言えば、都市部に近接している上、陸奥大学へ通う学生の便も良い為、宮城県の中でも不動産価格が高騰中の閑静な住宅地として知られている。
中でも一等地に建つ賃貸マンションの一室で9月15日の夕方、ボサボサの長い髪を神経質にかき回し、一人の男がパソコンの液晶画面へ鋭い眼差しを向けていた。
陸奥大学における来栖晶子の特別講義へ潜入。警備員に捕まる寸前で逃げおおせた、あの不埒なヒッピー男である。
名は志賀進。
若く見えるが、年は三十代半ばを過ぎており、そろそろ中年の仲間入りだ。
サイケデリックな壁紙を貼り、ハンティングナイフやボウガン等の物騒な品をアクリルケースで四方へ飾った部屋は彼の城。何かと人騒がせな計画遂行のアジトでもある。
暫く前に東京から引っ越してきて以来、ほぼ引きこもり状態。
滅多に外出せずに悪戯動画の構想を練る志賀は、最初からこうも不穏な性質だった訳では無い。
ごく平凡なサラリーマンの家庭に生まれ、幼い頃は高い知能指数で周囲の注目を集めたものの、周囲に馴染めない性分を持て余してもいた。
繊細過ぎる感性と高過ぎる自意識に対し、他人に対する共感性は鈍く、冷淡。親しい友人など出来た試しは無いが、それを寂しいと思った事も無い。
孤独な思春期の只中、1970年代のヒッピー文化に憧れ、折角入った医系の一流大学も「ナンセンス」の一言であっさりドロップアウト。
ニート街道を突き進む内、気付けば二十代が過ぎ去り、定職も家庭も無い不安定な日々を過ごしている。
一見、お先真っ暗なのだが……
連携して動作する三台のモニターへ向い、動画素材を編集する横顔には、悪戦苦闘の狭間、ごく稀に微かな笑みが浮かぶ。
それは志賀にとって極めて充実した瞬間であり、趣味と実益を兼ねる有意義な一時とも言えるだろう。
今日のお題は、例の特別講義の動画だ。
ちょっとしたコネで桟敷席のチケットを入手。フルハウスの講堂へ潜入し、美人なのを鼻にかけてる生意気な女講師の鼻を明かして軽~く一弄り。
で、その女のキレた素顔を効果的、且つ挑発的に演出。動画投稿サイトへ上げる。
講義会場からトンズラした後、追いかけてきた警備員をおちょくる様も素材の一部だ。
事前に段取りを整え、彼の協力者が講堂外で騒ぎを起こす陽動作戦もスタンバっていたから、逃げる事はさして難しくなかった。
この手の悪戯動画を志賀がネット投稿し始めたのは、およそ二年前からである。
過激さをエスカレートさせ続けた結果、今やそれなりに人気の投稿者で、アフィリエイトの収入だって馬鹿にならない。固定ファンが抱く期待に何とか応えなくては……
細工は流々、疎にして漏らさず。
逃走中、滑りやすいパネルを路上に置いたシンプルな罠へ警備員を誘導し、見事にすっ転ぶ様子を撮影する等、笑えるパートも幾つかある。
「フフ、こりゃイケてる。チャンネル登録倍増? うんにゃ、もう一丁、上へ突き抜けンじゃね?」
薄い唇の端を歪め、テンションが上がった志賀は、いきなり奇声じみた勝利の雄叫びを上げる。
サイケな壁の向こう側、リビングルームのソファで寝そべる志賀の交際相手・田島茜は彼氏の叫びを聞き、眉をひそめた。
「ススムぅ……ねぇ、早く来てよぉ。そんなの、いつまでやってんのぉ」
せいぜい十代半ばから後半といった感じの幼い顔つきなのに、派手な化粧をのせた肌の表面はひどく荒れている。
目つきも虚ろだ。
ふと、ぼんやりテレビのリモコンを見、覚束ない指先でチャンネルをかえようとした。
指先がうまく動かず、リモコンが床へ落ちる。そのリモコンの周囲には、やはり茜がこぼしたらしいピンク色の錠剤が幾つも落ちていた。
今時レアな幻覚剤・PCPだ。
家族との折り合いが悪く、絶縁状態だった茜は援助交際で金を稼ぐ術を覚え、そのカモを漁るべく入会した出会い系サイトで志賀と知り合っている。
思えば、僅か二か月前の事だ。
初めは何処かの喫茶店で落ち合うのが普通なのだが、いきなりこのマンションに呼び出され、薄気味悪く感じたのを覚えている。
でも、6万円という割高な『お小遣い』に惹かれ、関係を持ったが最後、最近の茜はこの部屋へ入り浸る有様。
その目的はSEX時の媚薬代りに勧められ、すっかりはまったピンクの錠剤だ。
聞き覚えの無いクスリで、他の場所で手に入らないから、時々アブない遊びへ茜を巻き込む不埒者でも、おいそれと別れられない。
「あ~、もう……早くしないと、お薬全部呑んじゃうよぉ。ススムの分、残しといてあげないよ」
最近の茜は、もう何もかもど~でも良くなっていた。
薬さえもらえば、志賀の言いなりに何だってする。たとえば、尾木ホールの外で待ち構え、志賀が仕掛ける悪戯の手助けをしたのも茜なのだ。
「ねぇ、お薬が醒める前にさぁ、コッチ来てくれたら、すご~く良い事したげるよぉ」
テーブルの上にも、まるでキャンディのようにお洒落な小皿へ載せた錠剤がある。
彼氏を待つ間、茜は無造作につまんで幾つか口へ放り込み、ボリボリ音を立てて噛んだ。
志賀は、と言うと、陸奥大学での動画を投稿サイトへアップした後も、まだパソコンから離れる気は無い。
これまでは、どちらかと言うと趣味の領域。むしろ、彼にとってはこれからが本番! 重要な作業なのだ。
まず、パソコンを一旦シャットダウンし、マルチブート仕様に構成してあるSSDの領域の中からWindowsではなく、LINUXベースのOS領域を選んで起動。TOR(THE ONION ROOTER)を立ち上げる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる