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しおりを挟む放射能汚染区域の極秘調査が始まったのは、午後八時を少し過ぎてからの事である。
街灯が消え、施設はもぬけのカラ。
暗く寂しい構内を抜け、三人はセットアップした機器を、建屋へ繋がる広い通路まで運んで行く。
金属より耐熱性に優れ、電磁波の影響も受けにくいポリマー・アーマーで犬型ロボットは全身を包み、後部には長いネットワーク・ケーブルが付いたまま。
そのケーブルはグルグル巻きにした大型リールを介し、公平のノートパソコンへ繋がっている。
「なぁ、リモコンとか、使えねぇの?」
「プルートゥは、これから非常に放射線が多い場所を通過します。電波干渉が予想される為、特殊コーティングを施したケーブルによる有線操縦の方が安定するんです」
「そういや、ここ、携帯も調子悪ィもんな」
見通しの良い一本道で、取り敢えず道案内の必要も無い。
常田は重いリールを小脇に抱え、ロボットの進行に合わせて、少しずつケーブルを引き出す役を引き受けた。
もし目を離した隙にケーブルの長さが不足し、引っ張られて端子から抜け落ちた場合、後のフォローは極めて困難だ。
単調なのに気が抜けない仕事と言えよう。
好むと好まざるに関わらず、常田はロボットの後ろ姿を絶えず凝視するしかなかった。
体をヒョコヒョコ左右へ振り、頭部の高出力フラッシュライトを頼りに四つ足の機械は夜道を遠ざかって行く。
見れば見る程、不格好な反面、愛嬌のある動作だ。
あんな小っちゃい体であいつ、俺達でも近づけないヤバい場所へ行くんだな。
そう思うと、不気味な筈のロボットに独特の愛嬌が感じられ、親しみさえ生まれる。
プルートゥが闇に呑まれた時、自然に常田の口から一つの言葉が飛び出した。
「ご安全に……」
「何です、それ?」
相変わらず無愛想な顔を傾け、公平は常田を横目で見やる。
「俺らのお決まりの台詞だよ。毎朝、休憩所で装備を整え、現場へ向う度、皆で声を掛け合う」
「つまり、挨拶みたいなものですか?」
「今日もご安全に、何も有りません様に。誰がやりだしたか知らんが、初めは祈りで、今じゃ合言葉みたいなもんさ」
「ご安全に……ご安全に……」
何度か呟き、口の奥で噛み締めて、公平はふっと屈託の無い笑顔を見せた。
「良い言葉ですね。僕、それ好きです」
又、笑う。冷たくぶ厚い仮面の奥から、年相応の童顔が不意に覗いた気がする。
「へぇ、お前って、そんなまともな顔も出来るンかい?」
「まともって、どういう意味ですか!?」
すぐ表情を消し去る公平のポーカーフェイスに、常田はやれやれと溜息をつく。
だが、このやりとりをきっかけに若者と中年男の気持ちは少しずつ噛み合い始めた。
少なくとも、気楽に悪態を飛ばしあう程度には……
数分後、プルートゥは放棄されたままの建屋損壊部へ侵入。公平達が免震棟の小部屋へ戻った後も作業は順調に進む。
部屋の中では、まだ生きている監視カメラの定点画像を使用できる反面、ロボットのカメラ・アイから送信される映像、PCのマップへ表示される光点を頼りに操縦するしか無いのだが……
その見た目に反し、機体の運動性能が極めて高い為、途中で立ち往生するリスクは殆ど無い。
ある程度の障害物なら、跨ぎ、ジャンプして簡単に乗り越えてしまう。
お蔭で、折角、公平と息が合ってきたのに、常田のアドバイスは出番無し。
ひたすらリールを回し、必要なだけケーブルを伸ばすのが唯一の仕事となる有り様だが、その割に常田の機嫌は良い。
パソコンのサブ・ウィンドウへ表示された少女のアバターが何かと彼に声を掛け、しっかり顔を立てているお蔭だ。
「常田さん、図面上、このルートは裏手の通用口に出ます。進行可能ですか?」
「全くよぉ……精密機械の癖してお前、そんな事もわかんねぇの? どれどれ、その道はだなぁ」
画面を覗く常田にアバターが可愛く微笑むと、五十過ぎのオヤジがはにかみ、仄かに頬を赤らめた。
「ほぉ~、さっきは気味悪がっていたのに、変われば変わるもんですね?」
「……うっせぇ」
「私は嬉しいです。年の離れた、人間のお友達」
「……お前まで、何だよ。うっせぇってんだろ」
公平にからかわれ、プルートゥには懐かれて、咄嗟に仏頂面を決め込む常田だが、口元は緩んだままだ。
ささやかな「やりがい」は作業の能率を更に高め、調査前半のノルマは予定より30分早く終了。
公平と常田に一息つくだけの余裕が生じた。
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