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しおりを挟む寂れた深夜の商店街というものが、どれ程に静かで不気味なものか、三好啓司はその夜まで考えた事も無かった。
ヒュウとなる風……
カラン、パタンとベニヤ張りの看板がお辞儀をする音……
加えて自身の靴音までが、妙な具合に背中へ回って不気味な立体音響を形作る。何かの弾みに、つい後ろを振り向かずにはいられない。
草木も眠る丑三つ時、百鬼夜行が跋扈する、なんて、言葉に表すならそういう感じだろうか?
黄色い『オリオン商店街・自警団』のユニフォームを着こみ、シャッターが下りっぱなしのアーケード街を通る度、啓司は心細さと寒さで身が凍りそうだった。
何せ北関東の二月は、今年も実に寒い。
最近、商店街の壁やシャッターにインクの缶スプレーで落書きする輩が出没。
今、啓司の右隣にいる当年76才の商店会長・谷村さんが不埒者を捕まえると息巻いた時、さっさと逃げ出すべきだった。
夜回りなんてガラじゃないのだ。46才になる今日まで、都内の中堅商社で営業一筋だった啓司が、捕り物の役に立つ筈は無い。
とは言え、商店会の役員達に指名されたら是非も無し。平均年齢71才のメンツに於いて、啓司が一番の若手となってしまう。
お歴々の神経を逆撫でしようものなら、後が怖い。怖すぎる。
揺れ動く為替や他国からの関税、加速していくインフレの影響で景気が低迷し、実にあっさり勤務先が倒産。次の仕事が見つからないまま妻子にも逃げられた啓司には、今や実家の酒屋しか行き場が無いのである。
この先、赤字続きの店を継ぐかどうかは兎に角、一応、役に立つ存在だとお歴々にアピールしておかねば……
力んで拳を握り締めた瞬間、通りの向こうで物音がした。カ~ン、と使用済みのスプレーがアスファルトへ落ちた音だ。
「キミぃ、クセモノを成敗するぞ!」
谷村さんが啓司の耳元へ囁く。昭和の時代劇をこよなく愛する谷村さんの目は三角につり上がり、気分はとうに鬼の平蔵だ。
足音を忍ばせ、そっと近付くと、一年前に閉店した金物屋のシャッターへ、男がインクを吹き付けていた。
マフラー帽で顔を覆っている為、表情はわからない。
年恰好は20代前半と言う所だろうか。ルーズなパーカーを羽織り、長身の割に前屈みで、身を縮めるように描いている辺り、いかにも今時の若者という感じ。
「挟み撃ちで一網打尽じゃな」
一人の賊に一網打尽もないもんだが、逆らわず啓司は横道からアーケードの反対側へと回り込み、若者へ接近した。
描くイラストの細部が見えてくる。何かの単語をあらわすアルファベットをディフォルメし、火を吹く怪物に見せているようだ。
正直、啓司には何が何やら判らない。
だが息をひそめたまま近づいてみると、マフラー帽の隙間から覗く目付きに微かな見覚えがあった。
一心不乱に絵へ没頭し、孤独な作業にも関わらず強く輝く切れ長の瞳。
「孝君だ……」
気が付くと、啓司は口の奥で呟いていた。
およそ十年前の事。在職中、借上げ社宅で暮らしていた啓司には、社宅修繕に伴い、実家で一年余り過ごした時期がある。
そして、当時11才だった息子の友達として何度も繰り返し遊びに来た内気そうな少年が猪俣孝だ。
ちょっと変わった子で、他の子供がゲームやサッカーに興じる最中、花壇の花や野草をスケッチするのに没頭していた。
特に好んで描いたのは、鮮やかな深紅のサルビアだ。その余りの見事さに惹かれ、啓司は何度か話しかけた記憶がある。
「凄いねぇ、君。将来、画家さんになるの?」
細い目をクシャクシャにした笑顔が嬉しそうで、誇らしげで、こっちまで何だか良い気分になった。
実際、息子の友達の中では一番のお気に入りだったのだが、最近耳にした御近所の噂によると、成人した後は自室へ引き籠ってしまったらしい。
美大受験に失敗。かといって普通のサラリーマンになる道も選べず、引き籠り生活は2年に達したとか。
もし目の前にいる落書き犯が彼だとすれば、親の目を盗んで真夜中に部屋を抜け出し、どんな思いで路上の落書きを続けているのだろう?
「ねぇ、君……孝君だよね?」
振返った瞳が、啓司を見て怪訝そうな光を湛え、すぐにハッと大きく見開かれた。
こいつは僕を知っている。即ち十中八九、猪俣孝に間違いない。
挟み撃ちにする予定の谷村さんは、下がれ、まだ近づくな! と手ぶりで伝えてくるが、疑惑が確信に変わった以上、啓司は話しかけずにいられない。
「ねぇ、何故、こんな事をしてるの? 覚えてるだろ? 僕、小学生の頃、君の友達だった三好紘一の父親だよ」
返事の代りにマフラー帽の男は、啓司へ正面からタックルを食らわせ、怯んだ隙に走り出した。
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