世界を変える女

momo

文字の大きさ
15 / 26
第一章

第15話 鉄の革新

しおりを挟む
 朝の清洲城きよすじょうには、重い鉄を打つ音が響いていた。

 城の南側にある鍛冶場では、赤く熱した鉄を槌で叩く音が絶え間なく続いている。

 火花が散り、熱気が立ち上る。

 そこに立っているのは望月梓もちづきあずさだった。

 隣には木下藤吉郎きのしたとうきちろうがいる。

「ここが鍛冶場でござる」

 藤吉郎とうきちろうは腕を組みながら言った。

尾張おわりでも腕の良い鍛冶を集めておる」

 あずさは鍛冶場を見回した。

 十数人の鍛冶職人が槌を振るっている。

 槍の穂先。

 刀。

 鎧の部品。

 戦国の軍を支える武具がここで作られているのだ。

 しかしあずさはすぐに気付いた。

「鉄が少ないですね」

 藤吉郎とうきちろうが苦笑する。

「さすがに分かりますか」

「鉄は貴重ですから」

 戦国時代、日本の鉄は十分ではない。

 たたら製鉄で作られる鉄は質が高いが、量が少ない。

 だから武具の生産には常に限界がある。

 つまり――

 鉄を増やせば軍は強くなる。

 あずさは静かに言った。

「鉄を増やしましょう」

 藤吉郎とうきちろうが目を丸くする。

「簡単に申しますな」

「出来ます」

「ほう?」

 その時、鍛冶場の奥から一人の男が出てきた。

 がっしりした体格。

 煤で黒くなった顔。

 この鍛冶場の棟梁だ。

藤吉郎とうきちろう様」

「何用でござる」

 藤吉郎とうきちろうあずさを指した。

「こちらは殿の新しい家臣、望月梓もちづきあずさ殿」

 鍛冶職人は驚いた。

「女が武具の話を?」

 あずさは落ち着いて言った。

「鉄を増やします」

 鍛冶職人は笑った。

「それが出来れば苦労しませぬ」

「なら見せます」

 あずさは一歩下がった。

 そして心の中で念じる。

 半透明のボードが空中に浮かび上がる。

 もちろん誰にも見えない。

 表示される文字。

 ――購入

 あずさは鉄材を選んだ。

 現代の鉄の延べ棒。

 購入。

 次の瞬間。

 光が揺れる。

 そして。

 どさり。

 鍛冶場の地面に銀色の塊が現れた。

 鉄の延べ棒。

 数十本。

 鍛冶職人たちが凍りつく。

「な……」

「どこから出した!」

 藤吉郎とうきちろうも目を見開いた。

 あずさは静かに言った。

「鉄です」

 鍛冶職人は震える手でそれを触った。

 重い。

 硬い。

 本物の鉄だ。

「しかも……質が良い」

 驚きの声が上がる。

 あずさは言った。

「これを使えば武具は増えます」

 鍛冶職人は叫んだ。

「増えるどころではない!」

「槍も刀も倍は作れる!」

 鍛冶場は一瞬で騒ぎになった。

 その騒ぎはすぐに城の奥へ届いた。

 やがて。

 清洲城きよすじょうの評定の間。

 織田信長おだのぶながが座っていた。

 前には鉄の延べ棒。

 柴田勝家しばたかついえが腕を組んでいる。

 丹羽長秀にわながひでも驚いていた。

 信長のぶながは鉄を持ち上げる。

「重いな」

 そして笑った。

「これは良い鉄だ」

 あずさは静かに頭を下げた。

「武具の材料として使えます」

 信長のぶながは聞いた。

「どこから手に入れた」

 あずさは答える。

「私の商いの術です」

 完全な嘘ではない。

 売買の力なのだから。

 信長のぶながはしばらく黙った。

 そして。

 笑う。

「面白い」

 重臣たちを見る。

「鉄が増えれば武具が増える」

 勝家かついえが頷く。

「兵の装備が整います」

 信長のぶながは立ち上がった。

「良い」

あずさ

「はっ」

「鉄の供給を任せる」

 部屋がざわめく。

 武具の材料を任される。

 それは軍の根幹だ。

 信長のぶながは笑った。

「戦は近い」

今川義元いまがわよしもとが動けば、我らも動く」

 その名に重臣たちの顔が引き締まる。

 東海一の大大名。

 駿河するが遠江とおとうみ三河みかわを支配する大軍。

 だが。

 信長のぶながは笑っていた。

「武具を増やせ」

「兵を鍛えよ」

「戦の準備だ」

 評定が終わった後。

 城の廊下を歩きながら、藤吉郎とうきちろうが言った。

「驚きましたぞ」

「まさか鉄まで出すとは」

 あずさは苦笑した。

「まだまだ出来ることはあります」

 心の中で思う。

 半透明のボード。

 薬。

 鉄。

 そして米。

 これらを組み合わせれば――

 戦国の軍を根本から変えられる。

 あずさは空を見上げた。

 尾張おわりの空は晴れている。

 だが東の空には、嵐が近づいていた。

 今川義元いまがわよしもと

 その軍勢は二万とも三万とも言われる。

 歴史では――

 桶狭間の戦い。

 だが今はまだ誰も知らない。

 ただ一人。

 未来の歴史を知る望月梓もちづきあずさだけが知っている。

 そして彼女は静かに呟いた。

「準備は整える」

 鉄で武具を増やし。

 薬で兵を救い。

 米で軍を支える。

 経済の力で戦を動かす。

 その瞬間。

 戦国の歴史は、ゆっくりと変わり始めていた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...