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第一章
第25話 兵糧の影
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春の雨がしとしとと降る朝。
稲葉山城下の道は薄い泥に覆われ、行き交う人々の足音が静かに響いていた。
城へ続く坂道には、今日も荷車の列ができている。
米俵を積んだ荷車。
塩樽を運ぶ馬。
干し魚や味噌の樽。
すべてが稲葉山城へ運ばれていた。
その様子を少し離れた場所から眺めている女がいた。
望月梓。
商人に扮した密偵である。
(兵糧が増えている)
昨日より明らかに量が多い。
梓は半透明のボードを開いた。
誰にも見えない光の板。
そこには城の情報が整理されている。
・兵糧倉 三箇所
・川沿い倉庫 守備薄
・商人不満 増大
(ここ)
梓の指が止まる。
川沿いの兵糧倉。
ここを押さえれば城は苦しくなる。
だが。
(まだ足りない)
戦を動かすにはもう一つ必要だ。
内部の動き。
城の中。
梓は荷車を押し、市の広場へ向かった。
今日も市は賑わっている。
だが空気はどこか重い。
「また税が増えるらしいぞ」
「勘弁してくれ」
「城の兵糧だってさ」
商人たちの不満は確実に広がっていた。
梓は店を広げながら静かに話しかける。
「大変そうですね」
米屋の主人が溜息をついた。
「大変なんてもんじゃない」
「城の命令で米を安く売らされてる」
「それでは儲けが出ませんね」
「出ない」
男は苛立った顔で言う。
「しかも運ぶのは俺たちだ」
梓の耳が反応する。
「城まで?」
「いや」
男は首を振る。
「川沿いの倉までだ」
梓の頭の中で情報が繋がる。
(やはり)
兵糧の多くは城下ではなく、川沿いの倉に集められている。
つまり――
輸送拠点。
その時だった。
「店主」
後ろから声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――
竹中半兵衛。
若き軍師。
今日も静かな目で梓を見ている。
「また会いましたね」
「ええ」
梓は微笑む。
「今日は何を?」
「塩を少し」
梓は袋を取り出す。
半透明ボードを操作。
(塩 購入)
袋が補充される。
それを渡すと、半兵衛は代金を置いた。
「最近、城下の商人は怒っていますね」
梓が言う。
半兵衛は苦笑した。
「当然です」
「殿は兵糧ばかり集める」
「商人の利益など考えない」
梓は静かに聞く。
「それでは城の中も大変では?」
半兵衛は少し黙った。
そして言う。
「ええ」
「重臣たちも不満を持っている」
また内部の話だ。
梓は何気なく聞く。
「例えば?」
半兵衛は少しだけ声を落とした。
「安藤守就」
「氏家直元」
「稲葉良通」
梓は頭の中で名前を刻む。
美濃の有力家臣たち。
そして――
歴史では後に織田信長に従う人物たち。
(やっぱり)
歴史の流れと一致する。
半兵衛は続けた。
「殿は若い」
「だが周囲を信じない」
城の空気は悪い。
その言葉だけで十分だった。
「城とは難しいものですね」
梓が言うと、半兵衛は静かに笑った。
「あなたは面白い商人だ」
「戦の匂いをよく嗅ぎ取る」
梓は肩をすくめた。
「商売人は世の流れに敏感なのです」
「なるほど」
半兵衛はそれ以上追及しなかった。
だが去る前に一言だけ言った。
「この城は強い」
「だが」
「強すぎる城は、内側から壊れる」
意味深な言葉だった。
夜。
梓は宿の部屋で半透明ボードを開いた。
今日の情報を整理する。
・兵糧川倉 確定
・商人輸送担当
・重臣不満
梓は小さく息を吐いた。
「条件が揃ってきた」
城を落とすには三つ必要だ。
一つ。
兵糧。
二つ。
内部不和。
三つ。
外部攻撃。
そして今――
その三つが揃いつつある。
梓は報告文を書き始めた。
宛先。
織田信長。
同じ頃。
尾張の那古野城。
織田信長は灯りの下で報告を読んでいた。
隣には柴田勝家。
「兵糧倉は川沿い」
信長は笑う。
「山城の弱点だ」
勝家が頷く。
「兵糧を断てば城は飢えます」
「そうだ」
信長は指を鳴らした。
「さらに家臣が割れている」
「つまり」
「城は外からではなく内から崩れる」
勝家は感心した。
「見事な情報です」
信長は笑う。
「梓は優秀だ」
そして空を見上げた。
「もうすぐだ」
美濃を取る時が来る。
その頃。
稲葉山城下。
宿の窓から城を見上げながら、梓は静かに呟いた。
「城の影は見えた」
兵糧。
商人。
重臣。
すべての糸が繋がり始めている。
その糸を引く者は――
遠く尾張にいる。
織田信長。
そしてその手となるのが、
望月梓。
戦国の歴史は、静かに崩れ始めていた。
稲葉山城下の道は薄い泥に覆われ、行き交う人々の足音が静かに響いていた。
城へ続く坂道には、今日も荷車の列ができている。
米俵を積んだ荷車。
塩樽を運ぶ馬。
干し魚や味噌の樽。
すべてが稲葉山城へ運ばれていた。
その様子を少し離れた場所から眺めている女がいた。
望月梓。
商人に扮した密偵である。
(兵糧が増えている)
昨日より明らかに量が多い。
梓は半透明のボードを開いた。
誰にも見えない光の板。
そこには城の情報が整理されている。
・兵糧倉 三箇所
・川沿い倉庫 守備薄
・商人不満 増大
(ここ)
梓の指が止まる。
川沿いの兵糧倉。
ここを押さえれば城は苦しくなる。
だが。
(まだ足りない)
戦を動かすにはもう一つ必要だ。
内部の動き。
城の中。
梓は荷車を押し、市の広場へ向かった。
今日も市は賑わっている。
だが空気はどこか重い。
「また税が増えるらしいぞ」
「勘弁してくれ」
「城の兵糧だってさ」
商人たちの不満は確実に広がっていた。
梓は店を広げながら静かに話しかける。
「大変そうですね」
米屋の主人が溜息をついた。
「大変なんてもんじゃない」
「城の命令で米を安く売らされてる」
「それでは儲けが出ませんね」
「出ない」
男は苛立った顔で言う。
「しかも運ぶのは俺たちだ」
梓の耳が反応する。
「城まで?」
「いや」
男は首を振る。
「川沿いの倉までだ」
梓の頭の中で情報が繋がる。
(やはり)
兵糧の多くは城下ではなく、川沿いの倉に集められている。
つまり――
輸送拠点。
その時だった。
「店主」
後ろから声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――
竹中半兵衛。
若き軍師。
今日も静かな目で梓を見ている。
「また会いましたね」
「ええ」
梓は微笑む。
「今日は何を?」
「塩を少し」
梓は袋を取り出す。
半透明ボードを操作。
(塩 購入)
袋が補充される。
それを渡すと、半兵衛は代金を置いた。
「最近、城下の商人は怒っていますね」
梓が言う。
半兵衛は苦笑した。
「当然です」
「殿は兵糧ばかり集める」
「商人の利益など考えない」
梓は静かに聞く。
「それでは城の中も大変では?」
半兵衛は少し黙った。
そして言う。
「ええ」
「重臣たちも不満を持っている」
また内部の話だ。
梓は何気なく聞く。
「例えば?」
半兵衛は少しだけ声を落とした。
「安藤守就」
「氏家直元」
「稲葉良通」
梓は頭の中で名前を刻む。
美濃の有力家臣たち。
そして――
歴史では後に織田信長に従う人物たち。
(やっぱり)
歴史の流れと一致する。
半兵衛は続けた。
「殿は若い」
「だが周囲を信じない」
城の空気は悪い。
その言葉だけで十分だった。
「城とは難しいものですね」
梓が言うと、半兵衛は静かに笑った。
「あなたは面白い商人だ」
「戦の匂いをよく嗅ぎ取る」
梓は肩をすくめた。
「商売人は世の流れに敏感なのです」
「なるほど」
半兵衛はそれ以上追及しなかった。
だが去る前に一言だけ言った。
「この城は強い」
「だが」
「強すぎる城は、内側から壊れる」
意味深な言葉だった。
夜。
梓は宿の部屋で半透明ボードを開いた。
今日の情報を整理する。
・兵糧川倉 確定
・商人輸送担当
・重臣不満
梓は小さく息を吐いた。
「条件が揃ってきた」
城を落とすには三つ必要だ。
一つ。
兵糧。
二つ。
内部不和。
三つ。
外部攻撃。
そして今――
その三つが揃いつつある。
梓は報告文を書き始めた。
宛先。
織田信長。
同じ頃。
尾張の那古野城。
織田信長は灯りの下で報告を読んでいた。
隣には柴田勝家。
「兵糧倉は川沿い」
信長は笑う。
「山城の弱点だ」
勝家が頷く。
「兵糧を断てば城は飢えます」
「そうだ」
信長は指を鳴らした。
「さらに家臣が割れている」
「つまり」
「城は外からではなく内から崩れる」
勝家は感心した。
「見事な情報です」
信長は笑う。
「梓は優秀だ」
そして空を見上げた。
「もうすぐだ」
美濃を取る時が来る。
その頃。
稲葉山城下。
宿の窓から城を見上げながら、梓は静かに呟いた。
「城の影は見えた」
兵糧。
商人。
重臣。
すべての糸が繋がり始めている。
その糸を引く者は――
遠く尾張にいる。
織田信長。
そしてその手となるのが、
望月梓。
戦国の歴史は、静かに崩れ始めていた。
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