7 / 20
第7話 備えの種
しおりを挟む1980年、晩秋。
街路樹の銀杏が黄色く色づき始めた頃、私は小さな貸し倉庫の前に立っていた。
「ここが、例の物件です」
不動産屋の男が鍵を回す。
シャッターが軋む音を立てて開いた。
中は十坪ほどの空間。古いが雨漏りはない。
「月三万円。悪くないでしょ?」
「はい、ここで大丈夫です」
私は即決した。
目的は一つ。
“備蓄拠点”。
帰宅後、私はアイテムボックスを開く。
内部は相変わらず無限の静寂。
水、缶詰、乾パン、医薬品、毛布。
すべて時間停止状態。
これを少しずつ倉庫へ出し、現実の在庫として見せかける。
「よし……」
数日かけて、私は倉庫に段ボールを積み上げた。
表向きは“防災用品卸業準備室”。
名刺も刷った。
――株式会社セーフティ・シード。
まだ法人ではない。
だがいずれ作る。
証券会社の仕事も続けながら、私は営業を始めた。
ターゲットは中小企業。
「万が一の備えとして、保存水と食料の定期契約はいかがでしょう」
1980年。
防災意識はまだ高くない。
だがオイルショックの記憶は残っている。
「在庫を持つのはコストだよ」
「三年保存可能です。定期的に入れ替えます」
嘘ではない。
実際はアイテムボックスで永遠に新鮮だが。
最初の契約は、小さな印刷会社だった。
「まあ、少量なら」
その瞬間、胸が熱くなる。
未来への小さな種。
その夜、私は鑑定スキルを使う。
【事業成功率:63%】
前回より高い。
「……上がってる」
だが同時に、別の表示が浮かぶ。
【歴史干渉レベル:中】
心臓が跳ねる。
干渉。
やはり世界は測定している。
数週間後。
新聞に小さな記事が載った。
「建築基準見直し議論活発化」
本来より、やや早い動き。
私は記事を食い入るように読む。
1981年の新耐震基準。
未来では、これが多くの命を救う。
だが不十分だった。
「もっと早く、もっと厳しく……」
私は田辺に電話をかけた。
「建設会社に投資したいんです」
「急にどうした」
「安全基準に力を入れている会社を」
候補の一つ。
大成建設。
未来でも大手として生き残る。
技術力は高い。
「堅いな。地上げの方が儲かるぞ」
「でも、残るのは堅い方です」
電話を切ると、胸の奥が少し軽くなった。
その夜。
また夢を見る。
だが今回は違った。
崩れた高速道路の一部が、立っている。
完全崩落ではない。
「……変わった?」
未来は固定ではない。
波のように揺れながら、形を変えている。
年末。
倉庫の契約企業は五社に増えた。
小さな数字。
だがゼロではない。
私は倉庫の中で、段ボールを撫でる。
「あなたたちが、誰かの命を守る」
アイテムボックスの中には、まだ膨大な備蓄。
異世界貿易で仕入れた浄化石もある。
水質改善に使えるが、科学的説明が難しい。
今は出さない。
帰り道、昭和のネオンが揺れる。
若者たちはディスコの話をしている。
世の中は浮かれ始めている。
私は一人、静かに歩く。
未来を知る者として。
四十年後、孤独だった私。
だが今は違う。
小さくても、守るべき未来がある。
「次は、情報だ」
災害時に混乱を最小限にするには、通信。
まだ携帯電話は存在しない。
だがポケットベル、無線。
可能性はある。
私は空を見上げた。
冬の星が瞬いている。
未来は完全には見えない。
だが確かに、少しずつ揺らいでいる。
備えの種は蒔かれた。
次は、芽を出させる番だ。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約もしていないのに婚約破棄ですか? 〜岩塩で殴れば目が覚めます?〜』
しおしお
恋愛
「岩を売る田舎娘と婚約?そんなもの破棄だ!」
――そう言い放ったのは、まだ婚約すら成立していないのに“婚約破棄”を宣言した内陸王国の王太子。
塩は海から来るもの。
白く精製された粉こそ本物。
岩塩など不純物の塊に過ぎない。
そう思い込んだ彼は、ハライト公国公爵令嬢ヴィエリチカを侮辱し、交易を軽んじた。
だが――
王都に届くその“白い粉”は、すべてハライト産の岩塩から精製されたものだった。
供給が止まった瞬間、王国は気づく。
塩は保存であり、兵站であり、治療であり、冬越しの生命線であったことを。
謝罪の席で提示された条件はただ一つ。
民への販売価格は据え置き。
だが国家は十倍で買い取ること。
誇りを守るために契約を受け入れた王太子。
守られたのは民。
削られたのは国家。
やがて赤字は膨らみ、担保は差し出され、王国は静かに編入されていく。
処刑はない。
復讐もない。
あるのは――帰結。
「塩は、穢れを流すためのものです」
笑顔で告げるヴィエリチカと、
王宮衛生管理局へ配属された元王太子。
これは、岩塩を侮った物語の、静かな終着点。
---
もしアルファポリス向けにもう少し軽くする版も欲しければ、作ります。
それとも、
・タグもまとめる?
・もっと煽る版にする?
・文学寄りにする?
どの方向で仕上げますか?
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。
クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる