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エルフの覚悟 前編
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何とか無事に終わったようだと、リーンは死体と化したワイバーン――否、『ドラゴン』を遠視の魔法で眺めながら一つ息を吐き出した。
自分はほぼ見ていただけであったのだが、むしろだからこそ余計に疲労を感じたような気がする。
家族が戦っているのを眺めているぐらいならば、自分で戦った方が遥かに楽であった。
誰にも怪しまれる事がないようにと、神経を尖らせながらさり気なく魔法を使って援護したせいもあるのかもしれないが。
まあ、その場にいないのだから、ここまで気を使う必要はなかったのかもしれないが、万が一ということもある。
だがその甲斐あって、多分誰もリーンが手出しをしたことには気付いていないはずだ。
あとはそのうち、さり気なく兄と父の怪我を治療すれば、言うことはない。
随分と回りくどいことをしたものの、きっとその意味はあったことだろう。
何はともあれ、これで一段落である。
「さて……しかし問題は、まだ一段落でしかない、といったところなのじゃな」
もうこちらは大丈夫なはずだ。
しかし、まだ疑問が残されているし、何よりも全員揃ってはいない。
そしておそらく……その二つは、一つへと繋がっている。
疑問に関しては、単純だ。
あのドラゴンは、何故ここにいたのかということである。
あのドラゴンは、ドラゴンにしては弱すぎた。
下手をすれば、それこそワイバーンよりも弱かったのではないだろうか。
だがそれも、ある意味では当然だ。
あのドラゴンは、おそらく生後一ヶ月といったところだからである。
普通ならば人前に出てくる時期ではなく……いや、あるいは、だからこそか。
だから、森の中で隠れるようにして、寝ていた。
身を隠すのにちょうどいい森を発見したら、その近くに偶然人里があった、といったことであるならば、辻褄は合う。
……あるいは。
「ついでに餌としての役割も兼ねていた、ということも考えられるのじゃな」
しかし何にせよ、いるべき存在がいないということだけは確かだ。
親である。
ついでに言えば、確かワイバーンとされている存在は二匹いる可能性があるということであり、千年前であればドラゴン程度楽に狩れたであろう人物の姿は現在見当たらないということか。
加えて言うならば、本人の言によればそんな力は既にないらしい。
「ふむ……どうしたもんかの」
そんなことを呟きながら、リーンは一つ息を吐き出した。
「――ははっ」
思わず、笑いが零れ落ちた。
分かっていたはずではあった。
――自分に勝ち目がないことなど、分かっていたはずなのだ。
それでも、予想以上に手も足も出なかったことに、笑うしかなかったのである。
分かってたのに、もしかしたら、なんて思っていたなんて――
「……まったく、我ながら度し難いわね」
呟きながら、ごぼりと、赤黒い液体を吐き出す。
自分の末路を指し示すようなそれを眺めながら、しかしオリヴィアが思い出すのは、何故だかいつかの師の言葉であった。
「……ハイエルフでも、血の色は同じなのじゃな、とか……あの人は、人のことを何だと思っているのかしら。――ねえ、そう思わない?」
地面に横たわりながら、オリヴィアは眼前のそれに向けて言葉を投げかけた。
文字通りの意味で見上げるほどに大きく、全長は二十メートルほどか。
生物として考えると馬鹿げた大きさではあるが、最も馬鹿らしいのはこれでも小さい方だということだろう。
ドラゴンであった。
ぎょろりと見下ろす瞳の中には、知性の色が見て取れる。
だが、こちらの言葉に応える様子がないのは、人間の言葉が理解出来ないのか、話せないのか、あるいは話す気がないのか。
「……ま、どれでもいいことだけれど」
言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
幸いにも四肢は健在だが、それだけでもある。
痛みがないのは魔法で消しているからで、きっと内部は酷いことになっていることだろう。
だがドラゴンを相手にしてその程度で済んでいるのならば、むしろ僥倖だ。
ワイバーンに何とか勝てる程度の今の自分では、ドラゴン相手に勝ち目がないことなど始めから分かっていたことであり……そう、本当に最初から全て、承知の上でのことであった。
この身はエルフだ。
エルフにとって森は庭同然であり、そこで何が起きているのか程度のことが、分からないわけがない。
この森にいるのがワイバーンではなくドラゴンだということも、二匹いるということも、片方が生まれたばかりの子供で、片方がその親だということも。
森に足を踏み入れた瞬間に理解出来た。
しかし、そのままを伝えたところで意味はないだろうことも分かっていた。
マティアス達は引くことはないだろうし……そうなれば、間違いなく師が手を出すことになる。
師は何だかんだ言って、身内に甘い。
マティアス達のことを家族としてしっかり認識しているということは、師の言動から明らかだ。
家族が死ぬとなれば確実に自分との約束などは守られないだろうという確信があるし、自分との約束に価値がないことなど最初から分かっていたことである。
だが、そうすれば誰も死なずに済むだろうが、あの家族の仲は壊れてしまう可能性が高い。
幼体のドラゴンであれば誤魔化しが利く程度の魔法行使で済むかもしれないが、成体のドラゴンを倒すのであればさすがに不可能だろうからだ。
そしてそれほどの魔法を放つことなど、自分でも不可能だということは皆分かっている。
となれば、疑惑が向く先は一つしかない。
師が欠落者であることを考えれば、尚更に。
それは最悪な結末で、誰も、オリヴィアですらも望んでいない結末だ。
あの夜に語った言葉は心の底からのものである。
……あるいは、自分は既に失ってしまった家族というものを、勝手に重ねて見てしまっているだけなのかもしれないが、それでも壊れて欲しくないと思っているのは事実だ。
だからこそ、オリヴィアは今ここにいる。
オリヴィアがこのドラゴンを倒しさえすれば、それで全て上手くいくのだ。
エルフが一人死ぬことになるだろうが、その程度は許容範囲だろう。
不出来な弟子が死ぬだけで……なら、師にとって何の問題もあるまい。
師が自身で言っていた言葉だ。
魔導士がある日唐突に死ぬことなど、珍しいことでもない。
オリヴィアが死を迎える日は、今日この時であった。
それだけのことだ。
否、本来であれば千年以上前に死んでいたはずなのだから、何一つ惜しむことなどあるまい。
無論、死なずに済むならそれが一番ではあるのだが……ここまでの時点でそれは不可能だということを悟っている。
やはり、現代魔法では成体のドラゴンに勝つのは不可能なようだ。
ドラゴンというのは非常に強大な力を持った種族ではあるが、その理由は主に内部に膨大な魔力を有しているためである。
その魔力はドラゴンの身体を覆い、強力な対物理・魔法の効果を持つ障壁と化す。
しかもその障壁を維持したままで、攻撃までしてくるのだ。
結果、ドラゴンは攻防に優れた存在となるのである。
これを倒す方法は非常に単純だ。
何らかの手段で、その障壁を貫けばいいだけである。
ただし単純ではあるが、簡単かどうかはまた別の話だ。
実際千年前では、魔導士見習いですら障壁を貫く事が出来ず一方的に蹂躙されるだけであった。
無論魔導士以外は言うに及ばずであり、ドラゴンに対抗出来たのは数少ない魔導士だけだったのである。
まあ、障壁を貫けさえすれば、基本的に巨体であるドラゴンは良い的でしかなかったので、魔導士にとっては下手をすればワイバーンよりも容易く狩れる相手でしかなかったが。
オリヴィアも何度か倒した事があり……だが、だからこそよく知っている。
それが可能だったのは、古代魔法の圧倒的な火力があってこそだ。
火力という点では遥かに劣化してしまっている現代魔法では、太刀打ち出来る要素がない。
確かに自分は師とは異なり、千年前の肉体を維持している。
だが千年前の魔導士は全員そうだが、魔導士があれだけの戦力を有していたのは、全て魔法で底上げしていたからなのだ。
身体能力を強化し、障壁を張り巡らし、圧倒的な火力を遠近問わず放つことが出来ていたから、ドラゴンが百匹いようとも構わず狩ることが出来たのである。
そのほぼ全てを封じられてしまった今の自分では、ドラゴンに勝ち目がないことなど自明の理でしかなかった。
……だが、無駄死にするだけであったのならば、オリヴィアはこの場にはいない。
何と言われようとも、強引に師達をこの森から連れ去っただろう。
そうしなかったのは、勝てはせずともドラゴンを倒す方法があるからであった。
そもそも、古代魔法が使えなくなったのは、魔導結界により魔力を外部に放出する事が出来なくなったからである。
厳密に言えば、放出された魔力は他の魔力と反発し合い、弾かれてしまう。
そしてこの世界は、万物に魔力が宿っている。
それは世界ですら例外ではない。
要するに、魔力を身体の外に放出した瞬間反発してしまうということで、だから実質的に魔力を外部に放出することは出来ないのである。
ドラゴンが魔力で障壁を纏えるのは、あくまでも自身に魔力を流しているだけだからだ。
外部に放出してはいないので弾かれることはなく、現代魔法が成立しているのも同種の理由による。
現代魔法は、世界に溢れている魔力を用いるからこそ、使用が可能なのだ。
同時にそれは、攻撃魔法が著しく劣化してしまっている理由でもある。
世界の魔力を使っても、相手にも魔力あるため大半が弾かれてしまうのだ。
魔法が顕現しても、その魔法は魔力によって成り立っている。
炎を作ろうが氷を作ろうが、どちらにしても弾かれてしまう、というわけだ。
そのせいもあって、現代では回復魔法も激しく劣化している。
擦り傷を治す程度ならばともかく、千年前のように失われた四肢を再生するなどということは不可能だ。
だからこそ、何故師は古代魔法を問題なく使う事が出来るのか、というところではあるのだが……あるいは、欠落者だからなのかもしれない。
欠落者という名に反し、彼らは何かが欠けているわけではない。
どちらかと言えば、多すぎるのだ。
内包している魔力量が、である。
世界の魔力へと干渉するに際し、自身の魔力は邪魔にしかならない。
そのことを生物として理解しているからか、現代の人類は内包する魔力量が千年前と比べると極端に低い者ばかりである。
そして特に低い者が、魔導士と呼ばれるほどに現代魔法に対して才を発揮するのだ。
だが欠落者は、千年前の魔導士を軽く凌駕するほどの魔力量を持って生まれる。
そのせいで世界への魔力にまったく干渉が出来ず、結果的に現代魔法は使えなくなるのだが……魔力量が多いからこそ、外部に放出する際、全て弾かれずに残るのかもしれない。
魔導結界が完璧ではないのは、ドラゴンが抜けてきてしまったあたりからも確実である。
ならば、そういったことが起こっても不思議はあるまい。
まあ、何にせよ――
「わたしには関係のないことだけれど」
千年前に魔導士であったオリヴィアは、現代の魔導士に比べれば遥かに多い魔力量を内包している……と、思われがちだが、実際にはそんなことはない。
というか、欠落者というのならば、むしろ千年前のオリヴィアこそが、欠落者であった。
何故ならば、オリヴィアの内包している魔力量は、ほぼゼロだからである。
だからこそ、現代魔法は問題なく使えるし、どころか世界でも十指に入れるほどの使い手となれたのだ。
では何故千年前に魔導士をやれていたのかと言えば、オリヴィアには内包している魔力量がほぼゼロな代わりに、二つの特徴があったからである。
一つは、世界に溢れている魔力を吸収し、自分の魔力へと一時的に変換可能だということ。
そしてもう一つが、器だけは千年前の魔導士と同等程度にあったということだ。
要するに、オリヴィアは時間さえかければ、千年前の魔導士と同じ魔力を、一時的にとはいえ身につける事が出来たのである。
そうすることで何とか魔法を使えるようになり、魔導士と呼ばれるまでに至った。
だから本来オリヴィアは、元似非魔導士と呼ばれるべきであり……だが、そんなオリヴィアだからこそ、今は出来る事がある。
そう思って、ドラゴンの姿を見据え――瞬間、ドラゴンの様子が変わった。
まるでこちらのことを嬲るように、何もせず悠然と立っていたというのに、不意に彼方の方角へと顔を向けると、直後にその口を大きく開け、激しい鳴き声を上げたのだ。
『――グオォォォォオオオオオオ!!!!』
それは、オリヴィアには怒りの咆哮のように聞こえた。
そして同時に、理解する。
どうやら向こうは、上手くやれたようだ、と。
ドラゴンが顔を向けた先は、師達のいる方角であり、たった今ドラゴンの子供の命の灯火が消えた、ということから考えるに、間違いあるまい。
「……ま、あの人ならば、当然だけれど」
オリヴィアは、師がやったに違いないと、確信を持っていた。
幼体とはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。
直接的な戦闘力はワイバーンの方が上な可能性もあるが、莫大な魔力を持っていることに違いはないのである。
現代魔法だろうと武器だろうと、傷一つ付けることは出来まい。
倒せる可能があるとすれば、師だけだ。
師は馬車で待機しているはずだが、師にとってこの程度の距離はないも同然である。
その程度のことは、最初から想定の内であった。
ただ、問題があるとすれば……師は結構迂闊だということか。
本人は完璧だとか思っていても、抜けていることも多いのだ。
幼体のドラゴンを倒すのに大した魔法は必要ないはずだが、傍から見ていたら明らかに不自然な状況だったということになっていたとしても、不思議ではない。
もっとも、原因に至ることはないはずだ。
客観的に見れば、師は馬車にいたのである。
多少不自然であったとしても、そこで師に繋げるほどあの家の者達はぶっ飛んではいないはずだ。
それに……どうせすぐに、それどころではなくなる。
「さて……あちらは片が付いたようだし、あとは――」
こちらだけ、と、そう思った瞬間。
オリヴィアは、鬱蒼と生い茂る木々を見上げていた。
自分はほぼ見ていただけであったのだが、むしろだからこそ余計に疲労を感じたような気がする。
家族が戦っているのを眺めているぐらいならば、自分で戦った方が遥かに楽であった。
誰にも怪しまれる事がないようにと、神経を尖らせながらさり気なく魔法を使って援護したせいもあるのかもしれないが。
まあ、その場にいないのだから、ここまで気を使う必要はなかったのかもしれないが、万が一ということもある。
だがその甲斐あって、多分誰もリーンが手出しをしたことには気付いていないはずだ。
あとはそのうち、さり気なく兄と父の怪我を治療すれば、言うことはない。
随分と回りくどいことをしたものの、きっとその意味はあったことだろう。
何はともあれ、これで一段落である。
「さて……しかし問題は、まだ一段落でしかない、といったところなのじゃな」
もうこちらは大丈夫なはずだ。
しかし、まだ疑問が残されているし、何よりも全員揃ってはいない。
そしておそらく……その二つは、一つへと繋がっている。
疑問に関しては、単純だ。
あのドラゴンは、何故ここにいたのかということである。
あのドラゴンは、ドラゴンにしては弱すぎた。
下手をすれば、それこそワイバーンよりも弱かったのではないだろうか。
だがそれも、ある意味では当然だ。
あのドラゴンは、おそらく生後一ヶ月といったところだからである。
普通ならば人前に出てくる時期ではなく……いや、あるいは、だからこそか。
だから、森の中で隠れるようにして、寝ていた。
身を隠すのにちょうどいい森を発見したら、その近くに偶然人里があった、といったことであるならば、辻褄は合う。
……あるいは。
「ついでに餌としての役割も兼ねていた、ということも考えられるのじゃな」
しかし何にせよ、いるべき存在がいないということだけは確かだ。
親である。
ついでに言えば、確かワイバーンとされている存在は二匹いる可能性があるということであり、千年前であればドラゴン程度楽に狩れたであろう人物の姿は現在見当たらないということか。
加えて言うならば、本人の言によればそんな力は既にないらしい。
「ふむ……どうしたもんかの」
そんなことを呟きながら、リーンは一つ息を吐き出した。
「――ははっ」
思わず、笑いが零れ落ちた。
分かっていたはずではあった。
――自分に勝ち目がないことなど、分かっていたはずなのだ。
それでも、予想以上に手も足も出なかったことに、笑うしかなかったのである。
分かってたのに、もしかしたら、なんて思っていたなんて――
「……まったく、我ながら度し難いわね」
呟きながら、ごぼりと、赤黒い液体を吐き出す。
自分の末路を指し示すようなそれを眺めながら、しかしオリヴィアが思い出すのは、何故だかいつかの師の言葉であった。
「……ハイエルフでも、血の色は同じなのじゃな、とか……あの人は、人のことを何だと思っているのかしら。――ねえ、そう思わない?」
地面に横たわりながら、オリヴィアは眼前のそれに向けて言葉を投げかけた。
文字通りの意味で見上げるほどに大きく、全長は二十メートルほどか。
生物として考えると馬鹿げた大きさではあるが、最も馬鹿らしいのはこれでも小さい方だということだろう。
ドラゴンであった。
ぎょろりと見下ろす瞳の中には、知性の色が見て取れる。
だが、こちらの言葉に応える様子がないのは、人間の言葉が理解出来ないのか、話せないのか、あるいは話す気がないのか。
「……ま、どれでもいいことだけれど」
言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
幸いにも四肢は健在だが、それだけでもある。
痛みがないのは魔法で消しているからで、きっと内部は酷いことになっていることだろう。
だがドラゴンを相手にしてその程度で済んでいるのならば、むしろ僥倖だ。
ワイバーンに何とか勝てる程度の今の自分では、ドラゴン相手に勝ち目がないことなど始めから分かっていたことであり……そう、本当に最初から全て、承知の上でのことであった。
この身はエルフだ。
エルフにとって森は庭同然であり、そこで何が起きているのか程度のことが、分からないわけがない。
この森にいるのがワイバーンではなくドラゴンだということも、二匹いるということも、片方が生まれたばかりの子供で、片方がその親だということも。
森に足を踏み入れた瞬間に理解出来た。
しかし、そのままを伝えたところで意味はないだろうことも分かっていた。
マティアス達は引くことはないだろうし……そうなれば、間違いなく師が手を出すことになる。
師は何だかんだ言って、身内に甘い。
マティアス達のことを家族としてしっかり認識しているということは、師の言動から明らかだ。
家族が死ぬとなれば確実に自分との約束などは守られないだろうという確信があるし、自分との約束に価値がないことなど最初から分かっていたことである。
だが、そうすれば誰も死なずに済むだろうが、あの家族の仲は壊れてしまう可能性が高い。
幼体のドラゴンであれば誤魔化しが利く程度の魔法行使で済むかもしれないが、成体のドラゴンを倒すのであればさすがに不可能だろうからだ。
そしてそれほどの魔法を放つことなど、自分でも不可能だということは皆分かっている。
となれば、疑惑が向く先は一つしかない。
師が欠落者であることを考えれば、尚更に。
それは最悪な結末で、誰も、オリヴィアですらも望んでいない結末だ。
あの夜に語った言葉は心の底からのものである。
……あるいは、自分は既に失ってしまった家族というものを、勝手に重ねて見てしまっているだけなのかもしれないが、それでも壊れて欲しくないと思っているのは事実だ。
だからこそ、オリヴィアは今ここにいる。
オリヴィアがこのドラゴンを倒しさえすれば、それで全て上手くいくのだ。
エルフが一人死ぬことになるだろうが、その程度は許容範囲だろう。
不出来な弟子が死ぬだけで……なら、師にとって何の問題もあるまい。
師が自身で言っていた言葉だ。
魔導士がある日唐突に死ぬことなど、珍しいことでもない。
オリヴィアが死を迎える日は、今日この時であった。
それだけのことだ。
否、本来であれば千年以上前に死んでいたはずなのだから、何一つ惜しむことなどあるまい。
無論、死なずに済むならそれが一番ではあるのだが……ここまでの時点でそれは不可能だということを悟っている。
やはり、現代魔法では成体のドラゴンに勝つのは不可能なようだ。
ドラゴンというのは非常に強大な力を持った種族ではあるが、その理由は主に内部に膨大な魔力を有しているためである。
その魔力はドラゴンの身体を覆い、強力な対物理・魔法の効果を持つ障壁と化す。
しかもその障壁を維持したままで、攻撃までしてくるのだ。
結果、ドラゴンは攻防に優れた存在となるのである。
これを倒す方法は非常に単純だ。
何らかの手段で、その障壁を貫けばいいだけである。
ただし単純ではあるが、簡単かどうかはまた別の話だ。
実際千年前では、魔導士見習いですら障壁を貫く事が出来ず一方的に蹂躙されるだけであった。
無論魔導士以外は言うに及ばずであり、ドラゴンに対抗出来たのは数少ない魔導士だけだったのである。
まあ、障壁を貫けさえすれば、基本的に巨体であるドラゴンは良い的でしかなかったので、魔導士にとっては下手をすればワイバーンよりも容易く狩れる相手でしかなかったが。
オリヴィアも何度か倒した事があり……だが、だからこそよく知っている。
それが可能だったのは、古代魔法の圧倒的な火力があってこそだ。
火力という点では遥かに劣化してしまっている現代魔法では、太刀打ち出来る要素がない。
確かに自分は師とは異なり、千年前の肉体を維持している。
だが千年前の魔導士は全員そうだが、魔導士があれだけの戦力を有していたのは、全て魔法で底上げしていたからなのだ。
身体能力を強化し、障壁を張り巡らし、圧倒的な火力を遠近問わず放つことが出来ていたから、ドラゴンが百匹いようとも構わず狩ることが出来たのである。
そのほぼ全てを封じられてしまった今の自分では、ドラゴンに勝ち目がないことなど自明の理でしかなかった。
……だが、無駄死にするだけであったのならば、オリヴィアはこの場にはいない。
何と言われようとも、強引に師達をこの森から連れ去っただろう。
そうしなかったのは、勝てはせずともドラゴンを倒す方法があるからであった。
そもそも、古代魔法が使えなくなったのは、魔導結界により魔力を外部に放出する事が出来なくなったからである。
厳密に言えば、放出された魔力は他の魔力と反発し合い、弾かれてしまう。
そしてこの世界は、万物に魔力が宿っている。
それは世界ですら例外ではない。
要するに、魔力を身体の外に放出した瞬間反発してしまうということで、だから実質的に魔力を外部に放出することは出来ないのである。
ドラゴンが魔力で障壁を纏えるのは、あくまでも自身に魔力を流しているだけだからだ。
外部に放出してはいないので弾かれることはなく、現代魔法が成立しているのも同種の理由による。
現代魔法は、世界に溢れている魔力を用いるからこそ、使用が可能なのだ。
同時にそれは、攻撃魔法が著しく劣化してしまっている理由でもある。
世界の魔力を使っても、相手にも魔力あるため大半が弾かれてしまうのだ。
魔法が顕現しても、その魔法は魔力によって成り立っている。
炎を作ろうが氷を作ろうが、どちらにしても弾かれてしまう、というわけだ。
そのせいもあって、現代では回復魔法も激しく劣化している。
擦り傷を治す程度ならばともかく、千年前のように失われた四肢を再生するなどということは不可能だ。
だからこそ、何故師は古代魔法を問題なく使う事が出来るのか、というところではあるのだが……あるいは、欠落者だからなのかもしれない。
欠落者という名に反し、彼らは何かが欠けているわけではない。
どちらかと言えば、多すぎるのだ。
内包している魔力量が、である。
世界の魔力へと干渉するに際し、自身の魔力は邪魔にしかならない。
そのことを生物として理解しているからか、現代の人類は内包する魔力量が千年前と比べると極端に低い者ばかりである。
そして特に低い者が、魔導士と呼ばれるほどに現代魔法に対して才を発揮するのだ。
だが欠落者は、千年前の魔導士を軽く凌駕するほどの魔力量を持って生まれる。
そのせいで世界への魔力にまったく干渉が出来ず、結果的に現代魔法は使えなくなるのだが……魔力量が多いからこそ、外部に放出する際、全て弾かれずに残るのかもしれない。
魔導結界が完璧ではないのは、ドラゴンが抜けてきてしまったあたりからも確実である。
ならば、そういったことが起こっても不思議はあるまい。
まあ、何にせよ――
「わたしには関係のないことだけれど」
千年前に魔導士であったオリヴィアは、現代の魔導士に比べれば遥かに多い魔力量を内包している……と、思われがちだが、実際にはそんなことはない。
というか、欠落者というのならば、むしろ千年前のオリヴィアこそが、欠落者であった。
何故ならば、オリヴィアの内包している魔力量は、ほぼゼロだからである。
だからこそ、現代魔法は問題なく使えるし、どころか世界でも十指に入れるほどの使い手となれたのだ。
では何故千年前に魔導士をやれていたのかと言えば、オリヴィアには内包している魔力量がほぼゼロな代わりに、二つの特徴があったからである。
一つは、世界に溢れている魔力を吸収し、自分の魔力へと一時的に変換可能だということ。
そしてもう一つが、器だけは千年前の魔導士と同等程度にあったということだ。
要するに、オリヴィアは時間さえかければ、千年前の魔導士と同じ魔力を、一時的にとはいえ身につける事が出来たのである。
そうすることで何とか魔法を使えるようになり、魔導士と呼ばれるまでに至った。
だから本来オリヴィアは、元似非魔導士と呼ばれるべきであり……だが、そんなオリヴィアだからこそ、今は出来る事がある。
そう思って、ドラゴンの姿を見据え――瞬間、ドラゴンの様子が変わった。
まるでこちらのことを嬲るように、何もせず悠然と立っていたというのに、不意に彼方の方角へと顔を向けると、直後にその口を大きく開け、激しい鳴き声を上げたのだ。
『――グオォォォォオオオオオオ!!!!』
それは、オリヴィアには怒りの咆哮のように聞こえた。
そして同時に、理解する。
どうやら向こうは、上手くやれたようだ、と。
ドラゴンが顔を向けた先は、師達のいる方角であり、たった今ドラゴンの子供の命の灯火が消えた、ということから考えるに、間違いあるまい。
「……ま、あの人ならば、当然だけれど」
オリヴィアは、師がやったに違いないと、確信を持っていた。
幼体とはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。
直接的な戦闘力はワイバーンの方が上な可能性もあるが、莫大な魔力を持っていることに違いはないのである。
現代魔法だろうと武器だろうと、傷一つ付けることは出来まい。
倒せる可能があるとすれば、師だけだ。
師は馬車で待機しているはずだが、師にとってこの程度の距離はないも同然である。
その程度のことは、最初から想定の内であった。
ただ、問題があるとすれば……師は結構迂闊だということか。
本人は完璧だとか思っていても、抜けていることも多いのだ。
幼体のドラゴンを倒すのに大した魔法は必要ないはずだが、傍から見ていたら明らかに不自然な状況だったということになっていたとしても、不思議ではない。
もっとも、原因に至ることはないはずだ。
客観的に見れば、師は馬車にいたのである。
多少不自然であったとしても、そこで師に繋げるほどあの家の者達はぶっ飛んではいないはずだ。
それに……どうせすぐに、それどころではなくなる。
「さて……あちらは片が付いたようだし、あとは――」
こちらだけ、と、そう思った瞬間。
オリヴィアは、鬱蒼と生い茂る木々を見上げていた。
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神々に見捨てられし者、自力で最強へ
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ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
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