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第10話 元聖女、冒険者の街に辿り着く

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 月日が流れるのは早いもので、気がつけばセーナが旅を始めてから一月あまりが経過していた。

 その間の旅はセーナが自分でも意外に思うほど順調に進み、特筆するようなことは特になかった。
 敢えて言うのであれば、初日の騒ぎと、あとは元冒険者だという親切な人に出会い魔法の鞄と呼ばれている物を譲ってもらったことぐらいだろうか。

 初日の騒ぎというのは、瀕死の男の子を助けた結果、何故か祭りのような騒ぎとなってしまったことである。
 奇跡だ奇跡だとセーナは持ち上げられ、村人総出で感謝され、本当に女神の如く扱われてしまったのだ。
 翌日村を後にする時もそれは続き、そこでようやくちょっとおかしいなということに気付いた。

 下の姉から聞いた話によれば、治癒士という存在は珍しいというほどではなかったはずだ。
 魔法を使うことの出来る魔導士と呼ばれている人達に比べれば少なくとも、探せば簡単に見つかる程度にはいる、と言っていたのを覚えている。

 だがおそらく、セーナはそこで少し勘違いしてしまったのだ。
 魔法の才能を持つ者は、大体小さな村でも一人か二人はいると言われている。
 そのことから、治癒士も……即ち、癒しの力を使える者も村に一人ぐらいはいるのではないかと思っていたのだが、きっとそうではないのだ。
 多分小さな村に住んでいるような人達には普段縁がなく、そういう人はある程度の大きな街ぐらいにしかいないのだろう。

 話を聞いたところによれば、この世界の人達は基本生まれ育った場所から外に出ることはほぼないらしい。
 村一つで完結してしまっているため、外のものは必要とせず、稀に外に出て行く人がいる程度。
 そういう人も村に戻ってくることはないので、外の情報はたまに外から訪れる人から得るぐらいなのだそうだ。
 そのため治癒士のこともよく知らず、あそこまでの騒ぎとなってしまったのだろう。

 大金が云々のことに関しても、よく分からないからこそ色々と大袈裟に考えてしまっていた可能性が高そうだ。
 実際あの後あの女性からは、勘違いしてしまっていてすまなかったと謝罪されている。

 人は自分の理解出来ないことや、知らないことにはつい過剰に警戒してしまうものだ。
 そういうことがあったとしても、不思議ではあるまい。

 そしてそのことを理解したセーナは、自らの取る行動を少しだけ制限することにした。
 困っている人を助けるのはいいことではあるが、その結果毎回あんな騒ぎに巻き込まれてしまったら今度はセーナの方が困る。
 セーナは気楽に生きたいのであって、崇められたいわけではないのだ。

 それに手軽に治療を受けられないのであれば、あまりその状況を経験すべきではない。
 人は楽な方に流れてしまうもので、一度贅沢を覚えてしまったら中々元には戻れないものだ。
 治癒士が近くにいないのに治癒士の力を求めてしまうことがないよう、この状況は自分が手を貸さなければ大変な事になってしまうだろうという、必要最低限の状況のみ治癒の力を使うことにしたのだ。

 まあ何故か行く先々でそういうことばかりが起こり、結果ちょくちょく治癒の力を使うことになっていた気がするものの……これは今回だけの特別なことだと言い含めておいたのできっと大丈夫だろう。
 今回だけのことなのだから、特別に騒ぐ必要もないとも告げた結果、初日のようなことは起こらなくなったわけであるし。

 その代わりとばかりに色々なものを貰う機会が増えたが、それはあくまでも治療の対価である。
 許容範囲内だろう。
 魔法の鞄だけはちょっとその範囲からはみ出ていた気もするが……もう自分には必要ないからと押し付けるようにして差し出されてしまったのだから、あそこは断るほうが失礼だったに違いない。

 ちなみに魔法の鞄とは、魔導具と呼ばれるものの一種だ。
 魔導具とは魔法のような力が込められている道具のことで、魔法を使えずとも火を簡単に点けることが出来たり水を出せたりと、色々なことが出来る。
 その分いいお値段がするらしいが……それだけの価値がある代物だ。

 そして魔法の鞄もその例に漏れず便利な力が備わっており、外見こそズタ袋のようなものではあるも、その真価はその内部にある。
 見た目の数倍から数十倍の物がその中に入るのだ。

 無論非常に高価な代物であり、辺境伯家でも二、三個しかなかったはずである。
 まあ運よく手に入れたものだとも言っていたので、あるいは冒険者にとってはそう珍しいものでもないのかもしれないが。

 しかし実際の価値はともかくとして、旅において非常に役立ったのは確かである。
 行く先々で対価として貰ったのは食材とかが多かったのだが、難なく持ち運ぶ事が出来たからだ。
 ここまで順調に旅が出来たことの一因は、間違いなく魔法の鞄にあった。

「……まあもう一つの要因は、間違いなく魔物にあったとは思いますが」

 というのも、ここまでの間、一度も魔物と遭遇する事がなかったからだ。
 魔物が何処にでもいるという話はどうなったのか疑問に思うほどに、影も形もなかったのである。
 元冒険者の人を助けた時に魔物の死体を目にしたものの、本当に見たのはそれぐらいだ。

 とはいえ、基本的には街道に沿って歩いていたので、別に珍しいことでもないのかもしれないが。
 規模の大小にかかわらず、集落というのは魔物が近寄ってこないよう結界などが張られている。
 さすがに畑などにまで影響を及ぼすのは無理みたいだが、そうでもしなければ落ち着いて眠ることも出来ないのだから当然のことで、街道などにはその応用で魔物が近寄りにくくなっていると聞く。
 集落の結界に比べれば効果は弱く、あくまでも遭遇しにくいというだけらしいが、そういうことならば多少運がよければ一度も遭遇しないということがあっても不思議ではあるまい。

「もっとも、今後はそういうことがありますと、一概に運がいいとも言えないわけではありますが……」

 何でも屋と呼ばれることもある冒険者のやることというのは多岐に渡っているが、その中でも魔物退治は主要の仕事の一つである。
 そういうことを目的としている時に魔物と遭遇しないということは逆に運が悪いと言えるのだから、魔物と遭遇しないのも良し悪しだというわけだ。

 まあ単なる偶然が続いただけの可能性が高いし、気にするほどのことでもないだろうが。

「何よりも……そういうことを気にするよりも先に、まずは冒険者になりませんとね」

 そんな呟きと共に、セーナは目を細めた。
 足を止め、思わず感嘆の溜息が漏れる。

 視線の先にあったのが、今まで立ち寄ってきた村々とは比べ物にならないほどの大きさの街であったからだ。
 規模だけで言えば、セーナがずっと世話になっていたあの屋敷のある街と同等か……あるいはそれ以上かもしれない。

 しかしそれも当然である。
 その街の名は、グランツ。
 この世界に数多ある街の中でも片手で数えられる程度しか存在していない、どこの国にも属さず、誰の支配も受けていない、冒険者の街とも呼ばれている、冒険者ギルドのある街の中では最大規模と名高い場所なのだから。

 そしてここがセーナが目指していた場所であった。
 無論何しに来たのかなどは言うまでもあるまい。
 冒険者というものは、名乗るだけならば誰にでも出来るが、厳密には冒険者ギルドに所属している者のことをいうのだ。

「さて、それでは……冒険者になりに行くと、しましょうか」

 少しだけ緊張を滲ませながら、それでもその顔に笑みを浮かべつつ。
 そうしてセーナは、冒険者としての自分を始めるために、冒険者の街の中へと足を踏み入れたのであった。
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