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第11話 元聖女、冒険者になる
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冒険者の街とは言っても、そこに存在しているものは他とそれほど大差ない。
店があって、住宅地があって、教会などもある。
違いがあるとすれば、その全てが冒険者向けになっているということぐらいであって――
「ですが一番の違いはやはり、ここということになるんでしょうね」
街の南北と東西をそれぞれ走る二つの大通りが交差する、文字通りの意味で街の中央にあるその場所に、その建物は存在していた。
周囲の建物に負けないどころか、むしろ最も立派であるように見えるそれこそが、冒険者ギルドだ。
しかし普通の街の冒険者ギルドというのは、ここまでの規模ではない。
どころか、むしろ街の裏道などにひっそりと存在しているのが普通だ。
冒険者ギルドはある程度の大きさの街であったら大抵はどこにでもあるが、街の住人から歓迎されているかはまた別である。
なにせ冒険者になるような者など事情を抱えているような者ばかりであり、ゴロツキ紛いの者も多いのだ。
そんな者達が集まるような建物が歓迎されるわけがあるまい。
だから隠れるようにひっそりと存在しているのが普通であり、だがここは逆にその威容を誇るように街の中央に立っている。
この街が何を中心に回っているのか一目で分かろうというもので、これからの期待に自然とセーナの胸は高鳴っていく。
その期待に背を押されるように、セーナはその建物へと足を向けた。
しかしどれだけ近付こうとも、立派な構えの扉の向こう側の様子は見えないし、声も聞こえない。
まるでセーナが訪れるのを拒んでいるようだが、ここで躊躇ったところで意味はないのだ。
一気に扉を開け放ち、瞬間僅かに冷えた空気が肌に触れた。
「わぁ……ここが冒険者ギルド、ですか……」
意外にもと言うべきか、中はそれなりの清潔感が保たれていた。
正面の奥には木製のカウンターがあり、そのさらに奥には数人の女性が座っている。
あれが冒険者ギルドで直接冒険者とのやり取りを担当しているという受付嬢だろう。
見目がいいのはやはり意図的なものなのだろうかと、そんなことを考えながら視線を右へと移動させていく。
そちらには木製のテーブルと椅子が幾つも並んでおり、冒険者ギルドに併設されている酒場だ。
何でも元々は冒険者に依頼などを仲介していたのは酒場の役目で、そこを統合した初期の名残が今も続いているということだったが、依頼が終わった後にそのまま飲み食いが出来るためそれなりに使い勝手がいいらしい。
もっとも、今は朝と昼のちょうど間ぐらいという中途半端な時間だからか、座っている人影はまばらだ。
まあ、これならば変に絡まれることはないだろうと思えばよかったのかもしれない。
今も特に注目などは受けていないようだ。
そんなことを確認しつつ、セーナは今度は左側へと視線を向ける。
そこには酒場ほどの広さはないが、小さなスペースがあり、壁には幾つかの羊皮紙が貼り付けられていた。
おそらくはあれが依頼票というものだろう。
冒険者は基本誰かからの依頼を受けるものであり、だがいちいち全ての依頼を冒険者に口頭で伝えていたら大変だ。
そのためああして紙に記して貼り付け、冒険者に選ばせるのである。
そういったことをセーナが知っているのは、本で読んだことがあるのに加え、姉達からも話を聞いていたからだ。
色々な意味で想像通りだったことにさらに胸が高鳴るが、まずは冒険者登録が先である。
正面に向き直り、真っ直ぐに向かえば、その先にいた女性がにこりと笑みを浮かべてくれた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「はい、あの……冒険者登録をしたいんですが」
「はい、冒険者登録ですね。かしこまりました」
ここまでのやり取りは実際のところ様式美みたいなものである。
姉達曰く、冒険者ギルドの受付嬢はその街にいる冒険者全員の顔と名前を覚えているという話だからだ。
その程度のことが出来なくては冒険者ギルドの受付嬢は務まらない、ということらしい。
一見楽そうに見えて非常に大変な仕事なのだ。
そして当然ながら、彼女達は新しく冒険者になろうとしている者の相手など慣れている。
セーナの前にスムーズに一枚の羊皮紙が差し出された。
「では、こちらに名前等を記入いただいてもよろしいでしょうか? 文字が読めなかったり書けなかったりする場合はこちらで代筆することも可能ですけれど……」
「あ、いえ、大丈夫です。どちらも出来ますから」
「かしこまりました。それでは、よろしくお願いします。ああ、全てを埋める必要はありません。書けるものだけ書いていただけましたら結構ですので」
その辺もやはり慣れているといったところか。
ざっと眺めた限りでは名前だけではなく出身地などを書く欄もあるようだが、中には書きたくない人もいるのだろう。
というか、姉達の話によれば偽名でも構わないらしい。
特に確認などはしないらしいし、それだけ色々な事情のある人がやってくるということか。
姉達も辺境伯家の人間であることが分かってしまったら面倒なことになりそうだからと、大半を記入せずに提出したと言っていた。
名前だけはそのままで通したらしいが、それは単に偽名を考えるのが面倒だったのと、呼ばれた時に自分の名前だと認識出来るまでに時間がかかりそうだったからだそうである。
少し考えた後で、セーナも姉達にならうことにした。
そもそもセーナは貴族のパーティーなどにも出たことはないので、顔どころか名前すら知られていない可能性もある。
この街はクラウゼヴィッツ家の仕えている王国とは国境を面していないし、尚更気にする必要はないだろう。
ただ、一応特定されかねないところは空欄にしていくと、結局書けたのはそう多くなかった。
というか、名前とクラスだけである。
クラスとは、戦士とか魔導士といった、言ってしまえば一言で自分の得意なことや目指す先を説明可能なものである。
自称職業といったところだろうか。
無論セーナが書いたのは治癒士だ。
特に見直す必要もないので、そのまま受付嬢へと返す。
「出来ました」
「ありがとうございます。それでは、確認させていただきます」
そう言って羊皮紙を眺めていた受付嬢であったが、少しするとその目が細められた。
笑みは浮かんでいるままであったが、雰囲気も少しだけ変わったような気がする。
なんというか、硬さが増したというか、冷たさが増したというか。
他人行儀感が増した、などと言うことも出来るかもしれない。
要するに、よろしくない方へと変わったということである。
とはいえ、名前とクラスしか書かないとか、自分は訳有りですと言っているも同然だ。
そんな相手は慣れているだろうが、だからといっていい印象を受けるかはまた別の話だろう。
まあその辺は仕方がないので、今後の働きで見直させるしかあるまい。
「……はい、問題ないかと思います。それでは、これからよろしくお願いします、セーナさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
これで登録は終了である。
呆気ないと言えば呆気ないが、こんなものだろう。
冒険者になったと実感出来るのは、きっとこれからだ。
「さて、ではこれでセーナさんは無事冒険者となられたわけですけれど……冒険者ギルドの規定上では、厳密にはまだ冒険者として認められたわけではありません。その辺の説明は必要でしょうか?」
「あ、一応話には聞いているので大丈夫だと思います。えっと、冒険者にはランクというものが定められていて、一定のランク以上、具体的にはDランク以上が冒険者ギルドでは冒険者として認められている、ということでしたよね?」
「はい、その通りです。ランクはGから始まり、最高はAとなっていますけれど、その中で冒険者ギルドで正式に冒険者と認めているのはDランク以上となります。それよりも下の方々は一応見習いという扱いになりますね。ランクを上げる方法は単純で、冒険者の方々は依頼を受けたり魔物を倒したりすることによって報酬を受け取ることが出来ますけれど、それとは別に冒険者ギルドより評価を受けます。その評価が一定以上となることでランクが上がる、というわけですね。とはいえ、冒険者の方々にとって最もランクと密接に関係があるのは依頼関係ということになるかとは思いますけれど。冒険者の方々はあちらに張ってあります依頼票をこちらに持ってきていただくことでその依頼を受ける事が出来るようになりますけれど、現在のランク以下のものしか受けることは出来ませんから」
「とはいえ、あまりランクが下過ぎるものを受けてもあまり評価はされないため、その場合はいつまで経ってもランクは上がらない、ということでしたよね?」
「間違いありません。どうやら本当に説明をする必要はなさそうですね」
「姉が冒険者をやっていたことがあって、話を聞いたことがあったので。あとは……あそこに張ってはありませんが、確か薬草などの採集依頼は常にあるんでしたよね?」
「そうですね。基本的に冒険者になったばかりの方々が受けることの出来る依頼は少ないこともあり、そういった依頼を最初に受けることを推奨してもいます」
戦闘に自信のある人は魔物退治を選ぶこともあるそうなのだが、当然セーナはそっちの自信はない。
無難に薬草採取から始めるつもりであった。
「あ、それと一つ注意事項があるのですけれど、冒険者の情報は基本的に冒険者ギルド全体で管理していますけれど、先ほども言ったように冒険者ギルドが冒険者と認めているのはDランク以上の方のみとなります。Dランクとなって初めて冒険者としての証でもあります冒険者ギルドカードを渡すこととなっており、またEランク以下の冒険者の方の情報は登録した冒険者ギルドにしかありませんので、その状態で他の街などに行かれてもランクを引き継ぐことでは出来ませんのでご注意ください」
その辺も理解しているというか、そもそもこの街から移動する予定は今のところないので、問題はない。
頷き、他に何か聞いておいた方がいいことがあるだろうかと思うも、特に思い浮かぶことはなかった。
まあ、何か思い出したら、その時に聞けばいいだろう。
「分かりました。色々とありがとうございました」
「……いえ」
そうして頭を下げると、さてやりましょうかと、気合を入れながら受付を後にする。
冒険者としての初めての仕事だ。
ここで失敗するわけにはいかないと、セーナは意気揚々とギルドの出口へと向かうのであった。
たった今登録し新しい冒険者になったばかりの銀色の髪の少女の後姿を眺めながら、その相手をしていた受付嬢は小さく溜息を吐き出した。
その顔には変わらず笑みが浮かんでいるものの、その目はどこか冷たく、呆れと蔑みが混ざっている。
と、隣にいた受付嬢が、何とも言えない表情で話しかけてきた。
「冒険者というのは、基本的に全て自己責任ですし、それは冒険者になったばかりであっても同じことですが……さすがに少し冷たすぎるというか、もう少ししっかり説明した方がよかったんじゃないですかねー? 幾つか敢えて説明してないことありますよね? 薬草採集の場所とか知らない上に、薬草がどんなものかも知らないで、どうやって薬草を採集出来るんですか?」
その言葉に、受付嬢は受付嬢としての仮面を僅かに外しながら肩をすくめた。
「さて……お主が今言った通りじゃろう? 冒険者はなったばかりであれその全ては自己責任なのじゃからな。分かっているから説明はいらないと言ったのはあやつじゃぞ? 親切丁寧にそんなことを説明してやる必要はないじゃろうが」
「それはそうですがー……」
そうは言いつつもいまいち納得出来ないといった様子である。
まあ確かに、普段であればそれでもその辺の説明はしただろう。
冒険者は全てが自己責任とはいえ、さすがに最初からそれでは厳しすぎた。
が、無論それには理由がある。
しかし口で説明するよりも見た方が早いだろうから。
そう思い先ほど少女から返された羊皮紙を渡すと、これがどうしたのかと言いたげな目で見られたものの……それも、そこに書かれたものを見るまでであった。
名前を眺め、次にクラスの欄に書かれた文字を目にした瞬間、目を細め、なるほどと呟いたのだ。
「治癒士、ですか……なるほど。これは確かに、自己責任、ですね」
「じゃろう? 色々な意味で、の」
これ以上の説明は必要あるまい。
そしてどの道、それ以上の説明をしている暇はなくなった。
直後に冒険者ギルドの扉が開くと、新しい冒険者が現れたからだ。
無論だからといって受付に用があるとは限らないが……ほぼ間違いなく受付へとやってくるだろう。
現れた冒険者は、新顔だったからである。
「……いや、新顔といっていいのじゃろうか?」
「一応今まで見たことはないという意味でも、新顔でいいんじゃないですかねー?」
そんな言葉を交わしたのは、現れた相手はフードで顔を隠しているせいで顔が見えなかったからである。
とはいえ、特に驚くことがないのは、冒険者が奇抜なのはよくあることだからだ。
むしろ今までそういった格好をする者がいなかったことの方を驚くべきかもしれない。
だがどんな格好をしていようと、どんな人物であろうと、冒険者ギルドがやることは同じだ。
どれだけ怪しかろうと……治癒士などという、唾棄すべきものを名乗っていようとも、受付嬢のやることも変わらない。
ゆえに。
「――ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付嬢の仮面を被り直すと、いつもの言葉を口にするのであった。
店があって、住宅地があって、教会などもある。
違いがあるとすれば、その全てが冒険者向けになっているということぐらいであって――
「ですが一番の違いはやはり、ここということになるんでしょうね」
街の南北と東西をそれぞれ走る二つの大通りが交差する、文字通りの意味で街の中央にあるその場所に、その建物は存在していた。
周囲の建物に負けないどころか、むしろ最も立派であるように見えるそれこそが、冒険者ギルドだ。
しかし普通の街の冒険者ギルドというのは、ここまでの規模ではない。
どころか、むしろ街の裏道などにひっそりと存在しているのが普通だ。
冒険者ギルドはある程度の大きさの街であったら大抵はどこにでもあるが、街の住人から歓迎されているかはまた別である。
なにせ冒険者になるような者など事情を抱えているような者ばかりであり、ゴロツキ紛いの者も多いのだ。
そんな者達が集まるような建物が歓迎されるわけがあるまい。
だから隠れるようにひっそりと存在しているのが普通であり、だがここは逆にその威容を誇るように街の中央に立っている。
この街が何を中心に回っているのか一目で分かろうというもので、これからの期待に自然とセーナの胸は高鳴っていく。
その期待に背を押されるように、セーナはその建物へと足を向けた。
しかしどれだけ近付こうとも、立派な構えの扉の向こう側の様子は見えないし、声も聞こえない。
まるでセーナが訪れるのを拒んでいるようだが、ここで躊躇ったところで意味はないのだ。
一気に扉を開け放ち、瞬間僅かに冷えた空気が肌に触れた。
「わぁ……ここが冒険者ギルド、ですか……」
意外にもと言うべきか、中はそれなりの清潔感が保たれていた。
正面の奥には木製のカウンターがあり、そのさらに奥には数人の女性が座っている。
あれが冒険者ギルドで直接冒険者とのやり取りを担当しているという受付嬢だろう。
見目がいいのはやはり意図的なものなのだろうかと、そんなことを考えながら視線を右へと移動させていく。
そちらには木製のテーブルと椅子が幾つも並んでおり、冒険者ギルドに併設されている酒場だ。
何でも元々は冒険者に依頼などを仲介していたのは酒場の役目で、そこを統合した初期の名残が今も続いているということだったが、依頼が終わった後にそのまま飲み食いが出来るためそれなりに使い勝手がいいらしい。
もっとも、今は朝と昼のちょうど間ぐらいという中途半端な時間だからか、座っている人影はまばらだ。
まあ、これならば変に絡まれることはないだろうと思えばよかったのかもしれない。
今も特に注目などは受けていないようだ。
そんなことを確認しつつ、セーナは今度は左側へと視線を向ける。
そこには酒場ほどの広さはないが、小さなスペースがあり、壁には幾つかの羊皮紙が貼り付けられていた。
おそらくはあれが依頼票というものだろう。
冒険者は基本誰かからの依頼を受けるものであり、だがいちいち全ての依頼を冒険者に口頭で伝えていたら大変だ。
そのためああして紙に記して貼り付け、冒険者に選ばせるのである。
そういったことをセーナが知っているのは、本で読んだことがあるのに加え、姉達からも話を聞いていたからだ。
色々な意味で想像通りだったことにさらに胸が高鳴るが、まずは冒険者登録が先である。
正面に向き直り、真っ直ぐに向かえば、その先にいた女性がにこりと笑みを浮かべてくれた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「はい、あの……冒険者登録をしたいんですが」
「はい、冒険者登録ですね。かしこまりました」
ここまでのやり取りは実際のところ様式美みたいなものである。
姉達曰く、冒険者ギルドの受付嬢はその街にいる冒険者全員の顔と名前を覚えているという話だからだ。
その程度のことが出来なくては冒険者ギルドの受付嬢は務まらない、ということらしい。
一見楽そうに見えて非常に大変な仕事なのだ。
そして当然ながら、彼女達は新しく冒険者になろうとしている者の相手など慣れている。
セーナの前にスムーズに一枚の羊皮紙が差し出された。
「では、こちらに名前等を記入いただいてもよろしいでしょうか? 文字が読めなかったり書けなかったりする場合はこちらで代筆することも可能ですけれど……」
「あ、いえ、大丈夫です。どちらも出来ますから」
「かしこまりました。それでは、よろしくお願いします。ああ、全てを埋める必要はありません。書けるものだけ書いていただけましたら結構ですので」
その辺もやはり慣れているといったところか。
ざっと眺めた限りでは名前だけではなく出身地などを書く欄もあるようだが、中には書きたくない人もいるのだろう。
というか、姉達の話によれば偽名でも構わないらしい。
特に確認などはしないらしいし、それだけ色々な事情のある人がやってくるということか。
姉達も辺境伯家の人間であることが分かってしまったら面倒なことになりそうだからと、大半を記入せずに提出したと言っていた。
名前だけはそのままで通したらしいが、それは単に偽名を考えるのが面倒だったのと、呼ばれた時に自分の名前だと認識出来るまでに時間がかかりそうだったからだそうである。
少し考えた後で、セーナも姉達にならうことにした。
そもそもセーナは貴族のパーティーなどにも出たことはないので、顔どころか名前すら知られていない可能性もある。
この街はクラウゼヴィッツ家の仕えている王国とは国境を面していないし、尚更気にする必要はないだろう。
ただ、一応特定されかねないところは空欄にしていくと、結局書けたのはそう多くなかった。
というか、名前とクラスだけである。
クラスとは、戦士とか魔導士といった、言ってしまえば一言で自分の得意なことや目指す先を説明可能なものである。
自称職業といったところだろうか。
無論セーナが書いたのは治癒士だ。
特に見直す必要もないので、そのまま受付嬢へと返す。
「出来ました」
「ありがとうございます。それでは、確認させていただきます」
そう言って羊皮紙を眺めていた受付嬢であったが、少しするとその目が細められた。
笑みは浮かんでいるままであったが、雰囲気も少しだけ変わったような気がする。
なんというか、硬さが増したというか、冷たさが増したというか。
他人行儀感が増した、などと言うことも出来るかもしれない。
要するに、よろしくない方へと変わったということである。
とはいえ、名前とクラスしか書かないとか、自分は訳有りですと言っているも同然だ。
そんな相手は慣れているだろうが、だからといっていい印象を受けるかはまた別の話だろう。
まあその辺は仕方がないので、今後の働きで見直させるしかあるまい。
「……はい、問題ないかと思います。それでは、これからよろしくお願いします、セーナさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
これで登録は終了である。
呆気ないと言えば呆気ないが、こんなものだろう。
冒険者になったと実感出来るのは、きっとこれからだ。
「さて、ではこれでセーナさんは無事冒険者となられたわけですけれど……冒険者ギルドの規定上では、厳密にはまだ冒険者として認められたわけではありません。その辺の説明は必要でしょうか?」
「あ、一応話には聞いているので大丈夫だと思います。えっと、冒険者にはランクというものが定められていて、一定のランク以上、具体的にはDランク以上が冒険者ギルドでは冒険者として認められている、ということでしたよね?」
「はい、その通りです。ランクはGから始まり、最高はAとなっていますけれど、その中で冒険者ギルドで正式に冒険者と認めているのはDランク以上となります。それよりも下の方々は一応見習いという扱いになりますね。ランクを上げる方法は単純で、冒険者の方々は依頼を受けたり魔物を倒したりすることによって報酬を受け取ることが出来ますけれど、それとは別に冒険者ギルドより評価を受けます。その評価が一定以上となることでランクが上がる、というわけですね。とはいえ、冒険者の方々にとって最もランクと密接に関係があるのは依頼関係ということになるかとは思いますけれど。冒険者の方々はあちらに張ってあります依頼票をこちらに持ってきていただくことでその依頼を受ける事が出来るようになりますけれど、現在のランク以下のものしか受けることは出来ませんから」
「とはいえ、あまりランクが下過ぎるものを受けてもあまり評価はされないため、その場合はいつまで経ってもランクは上がらない、ということでしたよね?」
「間違いありません。どうやら本当に説明をする必要はなさそうですね」
「姉が冒険者をやっていたことがあって、話を聞いたことがあったので。あとは……あそこに張ってはありませんが、確か薬草などの採集依頼は常にあるんでしたよね?」
「そうですね。基本的に冒険者になったばかりの方々が受けることの出来る依頼は少ないこともあり、そういった依頼を最初に受けることを推奨してもいます」
戦闘に自信のある人は魔物退治を選ぶこともあるそうなのだが、当然セーナはそっちの自信はない。
無難に薬草採取から始めるつもりであった。
「あ、それと一つ注意事項があるのですけれど、冒険者の情報は基本的に冒険者ギルド全体で管理していますけれど、先ほども言ったように冒険者ギルドが冒険者と認めているのはDランク以上の方のみとなります。Dランクとなって初めて冒険者としての証でもあります冒険者ギルドカードを渡すこととなっており、またEランク以下の冒険者の方の情報は登録した冒険者ギルドにしかありませんので、その状態で他の街などに行かれてもランクを引き継ぐことでは出来ませんのでご注意ください」
その辺も理解しているというか、そもそもこの街から移動する予定は今のところないので、問題はない。
頷き、他に何か聞いておいた方がいいことがあるだろうかと思うも、特に思い浮かぶことはなかった。
まあ、何か思い出したら、その時に聞けばいいだろう。
「分かりました。色々とありがとうございました」
「……いえ」
そうして頭を下げると、さてやりましょうかと、気合を入れながら受付を後にする。
冒険者としての初めての仕事だ。
ここで失敗するわけにはいかないと、セーナは意気揚々とギルドの出口へと向かうのであった。
たった今登録し新しい冒険者になったばかりの銀色の髪の少女の後姿を眺めながら、その相手をしていた受付嬢は小さく溜息を吐き出した。
その顔には変わらず笑みが浮かんでいるものの、その目はどこか冷たく、呆れと蔑みが混ざっている。
と、隣にいた受付嬢が、何とも言えない表情で話しかけてきた。
「冒険者というのは、基本的に全て自己責任ですし、それは冒険者になったばかりであっても同じことですが……さすがに少し冷たすぎるというか、もう少ししっかり説明した方がよかったんじゃないですかねー? 幾つか敢えて説明してないことありますよね? 薬草採集の場所とか知らない上に、薬草がどんなものかも知らないで、どうやって薬草を採集出来るんですか?」
その言葉に、受付嬢は受付嬢としての仮面を僅かに外しながら肩をすくめた。
「さて……お主が今言った通りじゃろう? 冒険者はなったばかりであれその全ては自己責任なのじゃからな。分かっているから説明はいらないと言ったのはあやつじゃぞ? 親切丁寧にそんなことを説明してやる必要はないじゃろうが」
「それはそうですがー……」
そうは言いつつもいまいち納得出来ないといった様子である。
まあ確かに、普段であればそれでもその辺の説明はしただろう。
冒険者は全てが自己責任とはいえ、さすがに最初からそれでは厳しすぎた。
が、無論それには理由がある。
しかし口で説明するよりも見た方が早いだろうから。
そう思い先ほど少女から返された羊皮紙を渡すと、これがどうしたのかと言いたげな目で見られたものの……それも、そこに書かれたものを見るまでであった。
名前を眺め、次にクラスの欄に書かれた文字を目にした瞬間、目を細め、なるほどと呟いたのだ。
「治癒士、ですか……なるほど。これは確かに、自己責任、ですね」
「じゃろう? 色々な意味で、の」
これ以上の説明は必要あるまい。
そしてどの道、それ以上の説明をしている暇はなくなった。
直後に冒険者ギルドの扉が開くと、新しい冒険者が現れたからだ。
無論だからといって受付に用があるとは限らないが……ほぼ間違いなく受付へとやってくるだろう。
現れた冒険者は、新顔だったからである。
「……いや、新顔といっていいのじゃろうか?」
「一応今まで見たことはないという意味でも、新顔でいいんじゃないですかねー?」
そんな言葉を交わしたのは、現れた相手はフードで顔を隠しているせいで顔が見えなかったからである。
とはいえ、特に驚くことがないのは、冒険者が奇抜なのはよくあることだからだ。
むしろ今までそういった格好をする者がいなかったことの方を驚くべきかもしれない。
だがどんな格好をしていようと、どんな人物であろうと、冒険者ギルドがやることは同じだ。
どれだけ怪しかろうと……治癒士などという、唾棄すべきものを名乗っていようとも、受付嬢のやることも変わらない。
ゆえに。
「――ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付嬢の仮面を被り直すと、いつもの言葉を口にするのであった。
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