老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第37話 竜、冒険者が訪ねてくる

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「今日はどうするよ?」
「キリマール山に行かない? リヒト君に会いたいわ」
「僕も賛成だ。少し魔法薬に使う草が欲しい」
「ディランさんが居れば安心だもんね」

 早朝のギルド。
 そこでガルフ達が今日の行動指針について話し合っていた。リーダーのガルフがなにか提案があるか聞いたところ、レイカがディラン達の山へ行こうと口にした。
 狩りも採集も山へ行けばある程度依頼も安全にこなせるのでガルフ達には都合のいい場所だった。

「それじゃキリマール山へ行くか!」
「よう、ガルフ。どこへ行くって?」
「……ダイアン。別にどこでもいいだろ?」

 行き先が決定したところで、ダイアンという別の冒険者が話しかけてきた。
 明らかに不機嫌な態度を示したガルフが追い払うように手を動かすと、ダイアンはニヤニヤと笑いながら話を続ける。

「レイカ、そろそろこんな馬鹿は辞めて俺と付き合ってパーティーに入ってくれよ?」
「はあ? 嫌だけど」
「回復術師が居ないんだ、頼むよ。どうせこいつらは大した依頼も出来ないもんな? Cランクだもんな」
「うるせえよ。さっさと依頼に行けってんだ。レイカは俺の彼女だし、お前みたいなやつにはついていかねえよ」

 レイカを狙っているらしいダイアンの言葉に、レイカが拒否をはっきり示した後、ガルフが追い払おうと口を開く。
 その瞬間、ニヤついていたダイアンの表情が変わり、ガルフの胸倉を掴んで持ち上げた。

「調子に乗ってるんじゃねえぞガルフ……! Bランクの俺にそんな口を利いていいと思ってるのか? ……最近、商人のザミールと一緒に陛下へ謁見したらしいな」
「関係あるかよ、俺はお前が嫌いだってのは知ってるだろうが」
「ぐっ……貴様……!?」

 ガルフは眉を顰めながらランクが高かろうが人間として嫌いだと告げる。胸倉を掴んだ手に力を込めて外すと、ダイアンが驚愕していた。
 やがて手を放すと、ダイアンのパーティーメンバーが彼を支えて言う。

「ガルフにこんな力があったか……? おい、ダイアン、大丈夫か?」
「……ああ。覚えていろガルフ」
「ふん、覚えていたくないもんね! べーだ!」
「ユリ……くそ……妹をきちんと躾けておけヒューシ……!」
「ウチの妹は気が強くってな。というより僕達より一つ高いランクでそこまで威張れるものかい?」
「……いくぞ」

 ユリもガルフと同じく威嚇をすると、ダイアンが苛立たし気にヒューシに絡む。しかし、その兄ヒューシも不敵に笑いながら挑発をする。
 その様子に頬をぴくぴくと震わせた。だが、なにかを言うことなくダイアン達はその場を去っていった。

「まったくしつこいわね。まだレイカに振られたことを根に持っているんだ」

 ダイアン達が去った後、ガルフ達も装備を整えてギルドの外へ出た。そこでレイカが肩を竦めて先ほどの話に戻る。

「だいたいガルフとは村に居た時から付き合ってるんだし、それに――」
「それに?」
「ガルフくらいなものよ、ドラゴンに会いに行くなんて言うのは? あいつらじゃ無理無理」
「なんだよ、照れるじゃないかレイカ」

 レイカがガルフを見てそう言うと、ガルフは頭を掻きながら笑う。しかしすぐにため息を吐いてから首を振る。

「そんだけ馬鹿なんだけどね」
「なんだよ!?」
「まあ、そこがいいところでもあるもんねガルフは。私もいい男を見つけないと。ねえヒューシ?」
「お前みたいな兄を敬わない奴に出来るものか」
「なによ!」
「いてっ!? そういうところだよ」

 ユリの言葉にヒューシが苦笑して返すと、頬を膨らませて脛を蹴っていた。そのまま馬車を駆り、王都を出ると真っすぐにキリマール山へと向かった。
 そのすぐ後を別の馬車が出ていく。

「……クソが、分からせないといけねえみたいだな」
「おいおい、マジで追いかけるのかよ?」
「めぼしい依頼が無かったのはその通りだけどよ? ユリちゃんでもいいじゃん。あの子も可愛いだろ」
「うるさい! ……というより、最近ガルフのヤツは確かに強くなっている。このままだとヒューシの言う通りBランクに到達するかもしれん」
「どうすんだよ?」
「山が気になる。なにか師匠がついたとか、訓練をしているんじゃないか?」

 ダイアンはガルフ達に余裕が出てきたことに疑問を感じていた。そしてよくキリマール山に行っているという話は他の冒険者に聞くのだ。
 故にその秘密があるのではと後をつけることにしたというわけである。

「レイカちゃんはガルフに辛辣だけど、信頼しているぜ? 奪うのは難しいと思うけどな」
「あいつを打ち負かせばいいだけだ……! 行くぞ!」
「そういやあいつら馬が増えてるな。謁見でなんか褒美でもあったのかねえ」

 ダイアンの言葉に残り三人のパーティーメンバーが苦笑しながら、暇つぶしにはいいかと話に乗った。
 危険な片道切符を手にしたことを、彼等はまだ知らない。

 そんな状況の中、ガルフ達はキリマール山へと向かう。だいたいお昼過ぎくらいかかって村まで辿り着き、そこからさらに数十分かかるのである。
 最初はもっとかかっていたが、馬も二頭になり移動速度が速くなっていた。

 そんな調子で魔物を倒しつつ、ガルフ達はキリマール山へと到着した。

「こんちはーっす!」
「……くあ……わふ?」
「ぴよ?」
「おや、あやつらか」

 ちょっと離れたところであくびをしていたアッシュウルフが気づき、続いてウルフの髭をつついて遊んでいたトコトと、畑の野菜を洗っていたディランが気づく。
 腰を上げて玄関まで行くと、ガルフ達の姿を確認した。

「おー、来たか」
「ぴよー♪」
「こんにちはトコトちゃんかなこの子は?」

 ひとまずいつもの挨拶を交わし、レイカがトコトを手に載せて優しく撫でていた。
 そこでガルフから用件を言う。

「今日はヒューシの採集なんだけど、いいかい?」
「構わんよ。どうせ年寄りは暇をしておるからな。婆さんは中に……の前に、おーい、アッシュウルフよこっちへ来い」
「ん?」

 ディランが手を叩いて呼ぶと、三頭のアッシュウルフがのそのそとやってきた。

「あら、アッシュウルフですか? どうしたんです?」
「おお、カッコいいな」
「ちょっとある出来事があってこの辺に住むことになったのじゃ。ほれ、この四人は襲ってはならんぞ?」
「「「わふ」」」
「魔物だから賢いわね! よろしくね! ……えっと、名前は?」
「ないぞ。では日向ぼっこに戻ってよいぞ」
「「「わふ」」」

 ディランがそういうとアッシュウルフ達はまたのそのそと適当なところに移動して寝そべった。

「名前ないのは可哀想じゃないですかね……あと、森で会ったら間違えて倒してしまいそうだ」
「だよねー。あと、なんかちょっと汚い気がする」

 ヒューシとユリが歩いていくアッシュウルフを見てそんな感想を口にした。
 ディランは首を傾げながら玄関の扉を開けた。

「まあ、魔物だとあんなものじゃろ? 準備をするからひとまず上がってお茶でも飲んでくれ」
「ありがとうございます! トワイトさん、リヒト君、こんにちはー! ミルクのお土産を持ってきましたよー!」

 レイカがカバンから瓶を取り出しながらリビングに入ると、ソファに座ってひよこと遊んでいた二人が笑顔を見せた。

「あらあら、レイカさんありがとうね」
「あー♪」
「やー♪」

 リヒトが一行を目に入れると手を上げて喜ぶ。トワイトが瓶を受け取る代わりに、レイカはリヒトを抱っこさせてもらっていた。

「ちょっと出てくるぞい」
「ええ。お茶を入れましょうか」
「相変わらず仲がいいよなあ。あ、そうそう、あの狼たちに名前とかつけないのか?」
「私、キレイにしてあげたい! 町で犬を飼っている人が首輪をつけているけど、そういうのも必要じゃない? 他の冒険者に狩られるかも」
「こけー!?」

 狩られると聞いてジェニファーがびっくりして大きな声を出した。そこで瓶をテーブルに置いていたトワイトが口を開く。

「そうねえ。折角お家の近くに住んでいるし、名前くらいはあってもいいかもしれないわね」
「名づけ、手伝うぜ!」

 ガルフがそういうと、ヒューシが眉を顰めて口を開く。

「こら、今日は採集だ。あいつらはまた今度でいいだろ」
「ちぇ、カッコいいのにしたいんだけどな」
「早く帰ってからそうしようよ! 泊まってもいいですか? テントは持ってきているし」

 だが、アッシュウルフに構いたいのかユリが泊ってでも洗いたいと言う。もちろんトワイトは笑顔で返す。

「ええ、いいわよ。みんなも喜ぶわ」
「ぴよー♪」
「だーう♪」
「こけー♪」

 一晩中家族以外の人間が居ることは初めてなので、四人の周りをジェニファーとひよこ達が取り囲んで回る。
 今日の予定は楽しくなりそうだ。食事のため狩りもするかと準備をしていたディランの耳にアッシュウルフの吠える声が聞こえて来た。

「うぉふ!」
「わん!」
「うお!? アッシュウルフ!? どうしてこんなところに!?」
「ん? 今の声は……」

 ガルフはうんざりした顔で玄関を出る。
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