老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪

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第123話 竜、容赦しない

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「ふむ、妻と娘がなんとかしてくれたな。後は北側をなんとかせねばな。ワシはこのまま行く。あぶれた魔物の対処を頼む。ダル、ヤクト乗るのじゃ」
「「わふ」」
「あ、ああ、分かった」

 ディランはトワイト達もドラゴン化したことに気付き、その場所は問題ないであろうと口にする。
 残った地域に向かうと言い、モルゲンロートが返事をした。
 だが、その直後、ウェリスとバルドがディランの足元へとやってきた。

「ジジイ、勝負だ!」
「このためにやってきたのだからな」
「む? そんなことをしている場合ではない。ワシは行くぞ」
「逃げるのか――」
「アホかあんたらぁぁぁぁ!!」

 二人がディランの足止めをしたところで後方から怒鳴り声が聞こえて来た。そして彼等の頭の上に氷の塊が落ちる。

「「ぐあ!?」」
「これはスタンピードだっての! あんた達のせいでしょうが! ドラゴンさん、ごめんなさい! 行って!」

 叫んだのは同じパーティメンバーのシスだった。怒り心頭でロッドを肩に置いてトントンとしながら二人を睨みつける。そのままディランへ先を急げと口にした。

「うむ」
「ま、待て……」
「……後で話を聞いてやろう。少し待っとれ」
「……」

 呻くウェリス達をよそにディランは羽ばたき、ダル達と共に空へと舞い上がる。
 そして北方面の魔物達を制圧し山へと返していく。

「ド、ドラゴン……!?」
「うむ。町は無事のようじゃな」
「あ、ありがとうございます……! もう少しで外壁が壊されるところでした!」
「手伝いたいが野暮用があってな。すまないがここで失礼する」
「は、はい……!」

 ひとまず麓の町に迫っていた魔物達を蹴散らし、掴んでは山に捨てるという行為を何度か繰り返していた。そうすると自主的に山へ帰る魔物が増えた。
 飛行して山をぐるりと一周して戻るかと飛んでいたところで、下を覗き込んでいたダルが鳴く。

「わほぉん」
「む、あれはトワイトとトーニャか。ちょうどいい、合流するか」

 まだドラゴン化している二人を見つけて、ディランは降下していく。

「おーい、終わったかのう」
「あ、パパ!」
「あなた!」
「あいー♪」
「ディランのおっちゃん!」
「ん? ガルフ達も居るのか」

 降下していくと一家はこちらに気付き、手を振っていた。そこでガルフ達がいることに疑問を持ちつつホバリングで近くまで行く。

「たまたま依頼に出ていたガルフ達と会ったの」
「なるほどのう。無事でよかったわい」
「ありがとうディランさん! ……というかみんな正体見せちゃったね……」
「わほぉん……」
「うぉふ」

 無事でよかったと目を細めて笑うディランにユリが手を振ってお礼を言う。しかし、危惧するところは『この後』のことである。
 モルゲンロート達が隠していたことが公になったため、ディラン達はこの国を出るかもしれないのだ。
 
「まあ、仕方あるまいて。山には人もおらんようだし、対抗した騎士達も怪我をしたくらいで済んでいるみたいじゃからな」
「まあ、いいことなんですけどね……」
『うーん……』

 ヒューシとリーナも人死には出ていないことは嬉しいが、やはり寂しそうな顔をしていた。

「まあまあ。別に私達は死んだりしないのだから大丈夫よ。とりあえず戻りましょうか」
「あうー」
「俺達も行くぜ」

 そうしてドラゴン状態の三人とガルフ達はモルゲンロートの待つ場所へと移動をする。
 静かになった山をたまにチラ見しながら進み、事態は収束したかと安堵していた。

 そして――

「あ、ピンクのドラゴン!?」
「やっほー、その節はどうも。よくも追い回してくれたわね?」
「もう一頭いるぞ……! はは、こりゃいい、戦いがいがある!」
「あんたもそうだったわね。こっちは――」
「よい、トーニャよ」

 シスが驚き、バルドが歓喜の声を上げた。
 トーニャが追いかけて来た冒険者だと気づき、呆れた声を上げて窘めようとした。
 だが、それをディランが止める。

「パパ?」
「あーう?」
「ディラン殿、ひとまず人間の姿に戻れないか?」

 雰囲気が変わったディランに、トーニャとリヒトが訝しむ。モルゲンロートが人の姿になれないかと問う。

「ふむ、トワイトとトーニャは戻ってくれ。ワシはこの者達の用事に付き合ってやるとしよう」
「聞く必要なんてありませんよ。私が言うのもなんですが、この二人の魔石でこの状況になったのです。一度、城へ連れて帰らねばなりません」

 自分達と戦えという話をしていたが、ヴァールは相手にする必要は無いと口にする。だが、ディランは首を振って言う。

「すまぬがそれは聞けん。こやつらは分からせてやる必要があると判断したわい」
「やる気があるなら助かる。なに、殺しはしない」
「素材を手に入れて倒したって証明できればいいからな」
「それはありがたいのう。ではワシも手加減してやろうぞ。で、人間の姿とドラゴン、どっちがええかの?」

 二人の顔を見て、目を細めるディラン。その様子を見てレイカが小声で、人間に戻ったトーニャへ言う。

「なんかディランさん様子が変じゃない? 戦う気満々なんだけど……」
「うーん、あたしからは何も言えないかな。ね、ママ」
「そうねえ。回復できるようにだけはしておきましょうか」
「んん……?」
「あーう?」

 レイカの言葉にトーニャとトワイトが意味深な発言をする。リヒトと顔を見合わせて首を傾げていると、威勢のいい声が聞こえて来た。

「ドラゴンのままだ! そうじゃなきゃ倒したことにならねえだろ」
「いかせてもらう!」
「よかろう」

 ウェリス達はドラゴン・ディランと戦うことを選択し、剣を抜いて左右に展開した。
 
「ドラゴンの身体なら俺達の攻撃は避けられないだろ!」
「この剣はアダマス鉱石で出来た鎧さえ切り裂く。もらった……!」
「……」
「ディラン殿……!」
「アダマス鉱石ってかなりいい金属じゃない……!?」
「わほぉん……」

 二人の武器がガルフ達から見てかなり良いものを装備していることが分かり、ユリが焦ってダルをきつく抱きしめる。
 しかしトワイトは柔らかく微笑み、トーニャは呆れた視線を向けていた。
 皆……特に人間達が目を見張る。微動だにしないディランに困惑するが、その理由は数秒後に訪れた。

「はっ!?」
「なに!?」
「どこを見ておる?」

 二人の剣は空を切り、背後に立っていた。
 腕組みをする金色のドラゴンは冷ややかな視線を向けて言う。それに苛立った二人は、

「舐めるなよ……!!」
「くらえ!」

 すぐにディランへと攻撃を繰り出す。ディランは器用な足さばきで巨体に触れさせることもなく回避していく。

「当たらねえ……! すげえ!」
「ああ。巨体は鈍いという僕達の概念が崩れるな……! さらに空も飛べるとなれば強いな」
「クソが……!!」
「はあああああ!」

 ガルフとヒューシが拳を握って喜ぶ。彼等もドラゴンの姿だと速く動けないであろうと考えていたからだ。
 まったく攻撃を当てられないウェリス達がさらに苛立つ。

「避けてばかりか……! ダメージを食らうのが怖いのか、でけえ図体をしているくせによ」
「ん? なんじゃ、当てれば勝てると思っておるのか?」
「そうだな。まあ、逃げ続けても構わない。その内……読める!」

 バルドがそう言うが掠りもしない。
 ディランはこのままでも問題ないが、あえて立ち止まる。

「当ててみるが良い」
「……へっ、後悔するなよ……!!」
「その足、貰った!!」

 ディランはどっしりと大地に足をつけて攻撃を待つ。ニヤリと笑みを浮かべたウェリスが挑発に乗ったと脛を斬る。

 だが――

「がっ!?」
「むう!?」
「どうした? 痛くもかゆくも無いぞ」

 ――ガギンという鈍い金属音が響いた後、二人は呻きながら距離を取る。ディランは涼しい顔で返すと、二人はカッとなり集中攻撃を仕掛けて来た。
 
「この……!!」
「馬鹿な、傷もつかない……!」

 もちろん、何度繰り返しても片足に傷をつけることは出来なかった。
 
「俺達はサラマンダーをものともしないんだぞ……! ドラゴンなんてでかいだけでそれほど変わらねえだろ!」
「なるほど。確かにサラマンダーは強いな。じゃが、ワシらはそういうものではない。ではそろそろこちらからいくぞい」
「なにを――」
「あっ!?」

 行くぞと発したと同時に、ウェリスの身体がディランの手で吹き飛ばされていた。
 さらに尻尾でバルドを吹き飛ばす。
 ウェリスが四回転ほど地面に転がり止まる。

「くそ……うぐっ!?」
「それ」

 彼が顔を上げた瞬間、とてつもない速さで追いついたディランが尻尾で浮かしてから容赦なく拳を繰り出した。

「うぐあ!?」
「はいはい、こっちよ」
「治すの?」
「まだお父さんの気が済んでいないからねえ。あ、次はあの人ね」

 ウェリスは血を吐きながら吹き飛び、地面に叩きつけられた。全身の骨がいかれていてもおかしくないほどだった。
 それをトワイトが回収して回復魔法のようなものをかけていた。

「うおおおお!」
「ふん」
「ぐあ!?」

 そのころ、また斬りかかって行ったバルドがブレスで派手に燃やされた。
 火を消すために転がるバルドに、ディランは彼を掴むとそのまま持ち上げて地面に叩きつける。

「がはっ……!?」
「口だけじゃのう。まるで話にならん……その程度の強さでドラゴンに挑むと言ったもんじゃな?」
「ぐっ……」

 回復されて復帰したウェリスが歯噛みしてディランを睨む。その間にバルドがトワイトに回収されていた。

「火傷が酷いわ」
「私の傷薬があればすぐ治りますよ」
「というか相当手加減しているからね? パパのマジブレスを食らったら消し炭になるって」
「あーう」
「ラーテルキングが消し炭になっていたからな……」

 回復魔法を使おうとしたレイカを止めてトワイトが傷薬を塗っていく。あっという間に皮膚が再生しその場にいた者達がぎょっとする。
 その一人バーリオが先ほど倒された魔石食いのラーテルキングがあっという間に炭になったことを言う。

「さあ、どうした終わりか?」
「まだだ……まだ、終われるか!」
「くっ……礼は言わんぞ……おおおおおおお!」
「おい、やめとけって! ……うわ」

 傷が治った二人はなおも攻撃を仕掛ける。だが、ディランの身体には傷一つつけることは出来ず、蹴られ、殴られ、叩きつけられてダメージを受ける。

「くっ……うう……」
「馬鹿な……これほどの力が……」
「ふん」
「「ぎゃああああああ!?」」
「痛いか? お主達はそれを他の人間にしようとしていたのじゃがな」
「な、なにを……ごふ……」

 踏みつけられた二人に目を細めて言うディラン。忌々しいとばかりに目を向けるウェリスと目が合った後、ディランは人間の姿に戻った。

「この姿でも戦ってみるか? 絶対に勝てんがのう」
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