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人間嫌いの賢者

最期に想うこと

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 力持ちのディンがマクダイルをベッドに運び、しばらく静寂な時間が流れていた。
 ディンは暖炉に火をつけた後、寝ている彼の横に椅子を置いて目覚めるのを待つ。いつもなら晩御飯の準備を始める時間だが動くことはない。
 
 常にマクダイルと一緒で、修行か食事か掃除洗濯という、生活のためにしか時間を使うことがなかったので自分の時間を持つことになってもやることが思いつかないのだ。
 娯楽というものを知らないディンはなにかを教えてくれるマクダイルが起きなければ本当に人形と同じということである。

 「じいちゃん、血を吐いたけど大丈夫かな。人間って年を取ると死んじゃうみたいだからなあ……」
 
 ディンは椅子を揺らしながらマクダイルの方を見てひとり呟く。
 人間は死ぬ、という概念を知った彼は動かなくなるのではないかと考えていた。が、それでもディンは動かない。
 人は生まれてから本来は親によって育てられて喜怒哀楽というものを覚えるが、最初から体を造られた魔法人形の彼の精神は人との繋がりがなく、マクダイルに褒められたことによる『嬉しい』感情しか持ち合わせていない。

 そうして焚火の音を聞きながらじっと待ち続けていると、マクダイルがうっすらと目を開けて頭を動かす。

 「ワシは……」
 「あ、じいちゃん! 目が覚めた? 倒れてから僕、ずっと待ってたんだよ? ご飯作っていいかな」
 「そうか、ワシは倒れて……そうだな、ご飯を作るとしよう。……くっ……」
 「あ、どこか痛む? 薬を持ってくるよ。寝てた方がいいかも?」
 「ああ、そうしよう。ごほ……。ご飯はディンの分だけで良い」

 体を起こそうとしたマクダイルはせき込みながら再び枕に頭をうずめてディンに薬をもらうように言うとため息を吐きながら天井を仰ぐ。

 「そろそろワシも限界のようだな……」

 マクダイルは以前、野盗達を倒した際にかなりの衰えを感じており、さらにここ最近は本当に身体が重く感じていた。
 魔王という恐るべき相手との死闘、それまでの過酷な旅を考えると八十までしっかり生きることができたのは運がよかったと目を瞑る。

 「なにが大賢者か、ワシはただの腰抜けだ……カレン、ウェイズ、プリエ……あいつらはもう逝ってしまっただろうか……」
 「じいちゃん、薬。……って目から水が出てる……!?」
 
 ディンが薬と水を持ってベッドまで戻ってきたとき、涙を見て不思議だと口をつく。水は魔法で出せるが目から出るとは知らなかったからだ。

 「む……これは涙というものだ」
 「涙?」
 「ああ。悲しい時に出るものだ」
 「悲しいってなんだろう。僕も出るのかな?」
 
 ディンには悲しいということがどういうことなのかがわからず首をかしげる。 
 マクダイルは確かにそういうことは教えていなかったかと思い、面倒を見てもらうための生活常識ばかり詰め込んでいたのだから自身は相当壊れていたのかと自嘲気味に笑う。

 「……わからん。ベースは人間に近いしワシとカレ……いや、ワシの血肉も入っておるからもしかすると……ごほっ……すまん、薬を」
 「あ、そうだね」
 「すまんな」

 そんなやり取りがあった晩からマクダイルの体調はどんどん悪くなっていった。
 手に震えが出て足腰が弱くなった彼は一日の半分をほとんど寝て過ごすことが多くなり、狙ったとおり完全にディンの世話になることとなった。

 そしてさらに一年が経過し――

 「む……」
 「おはようじいちゃん。今日はどう?」
 「ディンの姿が見えるな」
 「へへ、良かったよ。なら今日は起きてみようよ、天気がいいから」
 「そうしよう、肩を貸してくれるか」
 「うん」

 ディンに連れられて小屋の外に出るマクダイル。
 もう自分で歩くことはままならず、町へは随分長いこと行っていない。ディンが薬を売りに行くと宣言していたがそれは拒否していた。
 食料は畑の野菜と穀物、野草と木の実に魔物の肉が手に入るため年寄りともう一人の食い扶持程度ならなんとかなっていたからだ。

 ディンが肩を貸して外に出るとちょうど朝焼けが臨める時間だったようで、まだ白い空に朝日が映えていた。

 「『キレイ』だっけじいちゃん」
 「ああ……そうだな」

 年を取ると涙腺が弱くなる。
 そんなどうでもいいことを考えながらマクダイルはかつて魔王を倒したあの日の朝日を思い出す。

 「じいちゃん、泣いてるの?」
 「ちょっと昔を思い出してな」
 「悲しかったんだ?」
 「そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」
 「んー、よくわからないなあ。じいちゃんは昔の話をしてくれないし、人間と会うなってそればっかりだからさ」
 「……ふむ。ディンよ、座らせてくれ」

 マクダイルが魔法の修行をするために立てないから庭に作った椅子に腰かけると、空を見上げながら口を開く。

 「どこから聞かせてやろうか」
 「え、教えてくれるのじいちゃん」
 「師匠と呼べばな」
 「うん、お師匠様!」

 マクダイルは久しぶりに笑いながら子供のころから魔王討伐までのことを話す。
 巨獣との戦いやドラゴンとの抗争といった冒険者であれば誰もが憧れるようなことを次々と。
 
 「へえ、そんな大きな魔物がいるんだ。 見たいなあ」

 ディンの精神年齢も高くなっており、成人である十六歳程度に成長し、自分の若いころに似た容姿に少しずつ近づいている。そういえばこのくらいの自分も冒険話に目を輝かせていたなあとディンに苦笑する。
 そして魔王を倒したところで話が終わり、ディンがマクダイルに尋ねた。

 「でも、そんな凄いことをしたのにじいちゃ……お師匠様はどうしてこんな山奥にいるんだろう」
 「……人間は醜い。魔王を倒したことで名実ともにワシらは世界最強の存在になった。だが、いくつかの国が勇者たるワシらを抑止力として国においておくべきだと言い出した」
 「え? でもそれだとみんな離ればなれになるし、お師匠様たちを手に入れられなかった国が困らない?」
 「その通りだ……ごほっ……。だからワシらはどこの国にも属さずにまた冒険者として活動をしていた。だが――」

 国に属さないということはどの国にとっても敵になりうるということ。
 そして魔王以上の存在は敵対した際、脅威以外何者でもないと今度は英雄を排除しにかかったのである。
 
 「それで……?」
 「魔王を倒したとはいえ、四人で力を合わせてのことだ。攻撃を仕掛けてきた連中は倒したが多勢に無勢。いつしかワシらは散り散りになってそれっきりとなってしまった」
 「そうなんだ……探しにいかなかったのはどうして?」
 「どこにいるかもわからない上に、国境を越えるのが難しかったからな。辺境であるこの山奥くらいしか居場所がなかった。カレンとは結婚を約束していたのにな……」

 そういってポケットから指輪を取り出して寂し気に笑う。するとディンが立ち上がって笑いながら胸を叩く。

 「なら一緒に探しに行こうよ。すごく昔のことだからじいちゃ……お師匠様のことわからないと思うし」
 「ふん……ダメだ。お前はここでワシの面倒を見るために造ったのだからな。ごほ……」
 「えー、行こうよ。僕も外の世界を見てみたい」
 「今も言った通り人間は醜い。禁術で造られたと知られればお前はどうなるかわからんからな」
 「でもそんな人間ばかりでもないんでしょ? だって、じいちゃんも人間だけど優しいじゃないか。僕だけじゃなくて前に冒険者さんたちを助けてたし」
 「……!」

 それを聞いたマクダイルは目を丸くしてディンを見つめると『まさか人形にそんなことを言われるとは』と思いながら、目の前で首をかしげる魔法人形へ、言う。

 「……それでも、ワシは人間を憎む。だがワシが死んだ後はディンにはディンの生き方があってもいいのかも……しれないな。ごほっごほ……」
 「縁起でもないことを言わないでよ。ほら、家に入って休もう」
 「いや、一度引っ込んだらもう出るのが億劫になる。今日の訓練を済ませてしまおう」
 「そう? 今日は<煉獄の楔ラグナロク>? それとも<終焉の光ジ・ハード>?」
 「そうだな、ディンの一番得意な魔法を見せてくれないか?」
 「得意……。うん、わかった!」

 ディンが家の中から杖を持ってくると、練習用の的と向き合って魔力を集中する。
 魔法はイメージ。
 大切なのはその魔法でどうなるか、どうするのかを思い描くこと――

 「<炎の矢ファイアアロー>!」
 「……」

 ディンが杖を振ると五本の矢が目の前に展開されて的へ飛んでいく。彼の姿はやはり自身の若いころに似ていると感じて不意に笑みが零れる。

 「(ああ、僕が最初に覚えた魔法だ。得意魔法……やっぱり造り手に似るものなんだろうか? 格闘もできる……カレンの血も使ったから……ディンは僕たちの息子と同義――)」

 ゆっくりと閉じていく瞳の向こうにはディンを通して出会った頃の四人の姿が――

 「ふう、やっぱり得意って言われたら初級魔法かな。もっと修行を積まないとね。どうだったじいちゃん? じゃなかったお師匠様」
 「……」
 「じいちゃん?」
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