前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪

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第八章:動乱の故郷

その159 僕は

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 「状況は?」

 「恐らく各国に今回の件について通達が行ったはずだ。速馬を使わせたから一番遠いノワール城にも届いているころだ。どうしたものか……」

 レオスの父、アシミレートがラーヴァ国王へ尋ねるとアマルティアについての情報を各国へ伝えたとの返事があった。しかし、それを知ったからといっても、神を名乗る相手に勝てる要素はどこにもない。国王はそれ故に『どうしたものか』と呟いた。

 「見て見ぬふり、それしかないと思いますよ? 交戦したウチの息子と別世界の人間がそう言うのならそうなんでしょう。聖職ふたり……いや、三人いても歯が立たなかったってこですしね」

 「しかし……」

 「言いたいことはわかりますよ。だけど勝てる見込みのない戦いに兵や騎士を送り込むのはその分死体が増えるだけです。謁見の間にいた騎士のようにね」

 ほとんどの状況を聞いていたアシミレートは冷静にかつ客観的にそう口を開く。

 「指をくわえて見ていろと言うのか……! それとお前の息子、レオスなら勝てる見込みがあるのではないか? アレを倒すためなら多少の犠牲は――」

 「申し訳ないですがレオスを行かせるつもりは無いですよ。あの子はもうボロボロだ。治療も必要だし、やられた傷から後遺症があってもおかしくない。家へ連れて帰って養生させますよ。とにかく向こうから接触してくるまで手は出さない。そういう策がいいと思います。もう騎士団長でもない僕がこういうのもなんですが」

 そういって席を立つアシミレートに、国王は無念とばかりに呟いた。

 「勇者アレンや、お前を含めた最高峰の実力者を集めてなら、と思ったが……」

 「僕も命は惜しいですし、守る者もいます。手は出さないほうが無難でしょうよ」

 会議室から出て行こうと扉に手をかけると後ろから声をかけられる。

 「だ、団長、我々にも意地があります! どうにか協力を……!」

 「今の騎士団長はトラスト、君だ。国の防衛をしっかりするんだよ?」

 「……」

 パタリ、と扉が閉じられ廊下に出ると、レオスの母グロリアと魔聖ルキル、モラクスとバルバトスが立っていた。

 「レオスの様子は?」

 「……隣に寝ていた女の子、亡くなったみたいでさ。ふたりで大泣きしていたからそっとしておいたよ。アシミ、これからどうするんだい?」

 するとモラクスが声をあげた。

 「レオスは対抗できる唯一の戦力だ、ご両親のお二人には申し訳ないが彼を貸していただけないだろうか? ケガは俺達の仲間であるブエルがすぐに治して――」

 「……ここじゃあれだし、部屋へ行こう」

 「あ、ああ」

 アシミレートに連れられ全員が部屋へ集合すると、アシミレートが話し出す。

 「アマルティアとかいうやつのところへは僕が行く。グロリアはレオスを家へ連れて帰ってくれ。君達……悪魔だったっけ? 君達でも倒せるんだろう?」

 「一応、な。だがレオスの力を吸収したあいつにはレオスをぶつけるしかないと思うんだ」

 バルバトスが渋い顔をしてアシミレートへ言う。この世界の人間が行っても意味は無いと暗に告げるように。

 「ダメージが通るならやりようはありそうだ。それに……例えば君達の武器を僕が使えばそれは『異世界の攻撃』になり得るんじゃないかな?」

 「……有り得なくはありませんね。アスモデウスという方の槍はダメージを与えることができていました。それが持ち物のせいなのか、本人のせいなのかはわかりませんが」

 ルキルが目を細めて言う。続いて、ただしぶっつけ本番で試すのは危険すぎると。

 「ま、そもそも僕達をおもちゃにしようってヤツだ。いずれ殺されるかもしれないし、それならやれることはやっておいた方がいいだろ?」

 「ならどうして国に助けを求めない? 少しでも戦力があったほうが良くないか?」

 モラクスが首を傾げると、

 「いいのさ。少人数の方が動き易い。相手は洗脳に全体を攻撃する魔法もあるらしい。同士討ちなんてみたくないしね。それじゃ、グロリア後よろしくね」

 「……死ぬんじゃないぞ」

 「あらら、いつものグロリアらしくないね」

 「当たり前だ! レオスと待っているからな……」


 「それじゃ、僕は準備をして外で待っているから君達も準備ができたら来てくれ」

 「わかった。アスモデウス様を連れて行きます」


 ◆ ◇ ◆


 「ふたりだけになっちゃったね……」

 「そう、ですね。あんなに賑やかだったのに、夢だったんじゃないかと思うくらい……静かです……」

 ベッドに横たわる僕の横には泣きはらした目で椅子に座るバス子がいる。四肢達の化身は目を覚まさず、テッラだけが僕の胸の上でもぞもぞと動いていた。

 メディナは本当に起き上がること無く、穏やかな顔のまま死んでしまった。一週間経った今、エリィもルビアもベルゼラもどうなっているかわからない。もう全て終わってしまったのだと僕は目を伏せる。

 「……行きましょうレオスさん。ケガはブエルさんが治してくれます。お嬢様を、みんなを助けに行きましょう! わたし、メディナさんの仇を討ちたいです!」

 「でも、僕はもう力も無いし、勝てるとは思えないんだ。それにもう一週間だよ? みんな無事だとは思えないよ……」

 「……!? なんてこと言うんですか! 見損ないましたよレオスさん! エリィさんは恋人でしょう! お嬢様も姐さんも、レオスさんが好きで一緒に居たのに! レオスさんがみんなの無事を願わないでどうするんですか!」

 「だって――」

 「でももだってもありませんよ……! もういいです、わたし一人でも行きます! ゆっくり休んでください! メモ帳は少し貰っていきます! さようなら!」

 バタン!

 乱暴に部屋の扉を閉められ、僕は一瞬ビクッとする。が、すぐに静けさが部屋を包み、急に寂しくなる。

 「……今の僕ができることなんてないじゃないか……。メディナは待っているって言ってたけど、そんなことわかるわけが……」

 「ピュー!」

 「どうしたんだいテッラ?」

 僕の胸から近くのテーブルに飛び移ったテッラがずるずると何かを引っ張ってくる。それは僕のカバンだった。

 「……お前も行けって言うのかい? ダメだよ、僕はもうただの人間だ……」

 「ピュー! ピュー!」

 ぺしぺしと僕の顔を叩くテッラが鳴きながら暴れる。ドラゴンは頭がいいって言うけど何かあるのかな? そんなことを考えていると、またドアが開かれた。

 「バス子って子が凄い剣幕で出て行ったけど、喧嘩でもしたのか?」

 「母さん」

 「ほら、病人相手に暴れないの」

 「ピュー!!」

 僕が呟くと、母さんは微笑みながら暴れるテッラを膝に乗せ僕に話しかけてくる。

 「メディナ、だっけ? 残念だったね。国王様が明日、国をあげて埋葬してくれるそうだよ。命がけで追い返した功績も含めてね」

 世界の敵だった冥王が功績とは皮肉な話だけど、メディナは案外向こうで自慢をするかもしれない。笑いがこみあげると同時に、ふと思う。そういえばメディナの故郷はアスル公国だったな、と。

 「なんにせよ、レオスは十分戦ったよ。もう少し動けるようになったら家へ帰るよ。仲間のことももう忘れるんだ」

 そう言われてズキッと胸が痛む。できることはない、僕はバス子にそう言った。割り切ったつもりでいた。

 「そう、だね。少し疲れたから寝てもいいかな?」

 「ああ、ごめんなレオス。ほら、あんたも」

 「ピューー!!」

 テッラは膝からベッドへ飛び移り、爪を立てて離そうとしなかった。

 「懐かれているねえ。何かあったら呼ぶんだよ? 母さんは隣の部屋にいるから」

 「うん。ありがとう」

 母さんが出て行くと、僕はむくりと上半身を起こしてテッラをつかまえようと手を伸ばすが、テッラはそれを振り切ってカバンを手元に引き寄せた。

 「ピュ! ピュイ!」

 「いたた……。もしかしてお腹が空いているのかい? 餌をここから出していたのを覚えているんだなあ」

 なるほどと僕は餌を出そうとカバンを覗き、とあるものを見てごくりと唾を飲み込んだ。

 「これ……ソレイユがくれたダブルビームライフルってやつと、魔力をゼロにする薬……」

 「ピュー♪」

 何故か取り出したそれをみて嬉しそうに小躍りするテッラ。まさか、これを僕に気付かせるために……? 

 ずしりとくる鉄の塊を持って僕は考える。

 これならもしかするとあいつを倒すことができるかもしれない、と。それと元々僕の暴走を食い止めるために貰った薬も僕専用だということもないはずだ。そして僕は無言でメディナへと目を向ける。

 「……やっぱり故郷の土で眠りたいよね……」

 「ピュー……」

 このふたつがあれば、力のない僕でも勝てるかもしれない。そう思ってベッドから降りようと体を動かすが、やはり全身が痛くてバランスを崩した僕は床に倒れ込む。

 「うぐ……だ、だめか……こんな体じゃ旅なんて出られやしない……」

 ガチャリ

 「お加減はどうですかな? おおっと、いけませんねえ! ケガ人はきちんと休んでおかないと! ささ、すっみやかにッドへ……」

 「あ、どうも……ってお前はあの時の誘拐犯!?」

 「はて? ワタシ、旅の途中親切な人がお金を恵んでくださって今日からここに派遣された医者でして。あなたのようなお子様など見たことありませんがね? 診察をするので早く服をクロスアウトしてください」

 「いや、どうみてもお前ティモリアってやつだし、お金を出したのはルビア……」

 「シャラップ! ……ふむ全身の切り傷に刺し傷、と中々にヘビーな状態ですねえ。そんなあなたにはこれですね!」

 そういってティモリアで間違いない医者は緑の液体が入った瓶を僕に見せる。そういやこいつと初めて会った時もニセ医者だったっけ?

 「そんな怪しい色をした薬はセリアさんの時だけで十分だよ。僕に復讐するためとかでしょどうせ?」

 「ククク、初日からわがままな患者とはなかなかの試練! 無理やりにでも飲ませて差し上げますよ!」

 「人の話を聞――むぐ!?」

 有無を言わさず僕の鼻を押さえて怪しげな液体を僕の口に流し込んだ!?

 「ごくん!? ……げほげほ……!? の、飲んじゃったじゃないか!?」

 「それは結構。まあ元気そうですね。では、ワタシは忙しいのでこれで」

 「ピュー♪」

 「あ、おい待て……う!?」

 逃げるティモリアを止めようとするが、僕はめまいに襲われ――

 
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