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第八章:動乱の故郷
その163 レオスの不安
しおりを挟む<闇曜の日>
――ガクさんの町を出発し、僕達は急ぎアスル公国を目指していた。だけどアマルティアが何かしたのか、魔物と遭遇する確率がグンと上がっていた。
「……はっ!」
「ナイスですカゲトさん!」
馬達めがけて襲い来るキラービーの群れに対し、羽を落として確実に仕留めるカゲトさん。そして落ちてきたキラービーを、
「潰れろぉ!」
ギギィ!?
キラービーは針が怖いけど、顎も強い。だけどガクさんは攻撃できない背中を蹴り飛ばし、胴体をグッシャグシャにしていた。僕もセブン・デイズで胴体から切り離し、絶命させる。
「針だけでも回収しとこうぜ、売れば金になるしな!」
「ですね。ガクさんに返さないとだし」
「む、急げ、魔物気配だ」
「マジか……この辺はそんなに多い方じゃないんだけどな……」
ガクさんがぼやきながら荷台に乗り込み、カゲトさんも後に続き乗り込んだ。すぐに馬達を走らせると、蛇の魔物がキラービーの死体に群がろうとしていのがチラリと見えた。あのまま回収に手間取っていたら巻き込まれていたかもしれない。
この前も思ったけどやはり魔物が多い……。アマルティアが干渉しているのだろうか? そんな調子で順調とは言えない旅になっていた。
<火曜の日>
「ぶるる」
「ひひん」
「ほら、ゆっくり食べるんだよ」
さらに進むこと二日。ガクさんの領地からはすでに出ており、夜通しとはいかないまでもかなりの距離を走った。ただ、馬達には無理をさせているのでいつものような元気な返事は聞けない。
「ピュー」
テッラが馬の背中でもぐもぐとニンジンを齧るのを尻目に、僕もガクさん達と夕食を取る。今日はトマトのスープと食パンにチーズをのせた簡素なもの。そこでガクさんが溶けたチーズを伸ばしながら口を開く。
「国境前に町があるから、そこで半日休息だな」
「え!? 折角急いでここまで来たのに、それだと意味が……」
「……レオス、焦っていてはことを仕損じる。馬を休めるのが目的だろう?」
カゲトさんが、ズズ……とスープを飲みながら片目を開けてガクさんに尋ねると、腕組みをして鼻を鳴らす。どうやらビンゴのようだ。
「その通りだ。が、レオス、お前も相当疲労が溜まっているからちゃんと休ませる必要があると思ったんだよ。鏡がねぇからわからんだろうが、酷い顔だぜ? クマもある。……お前、寝てないだろ?」
ギクリ、と図星をつかれて僕は食事の手が止まる。そう、ガクさんの言う通り僕は眠れていなかった。ガクさんの屋敷でもそうだったけど、寝入るとかならずエリィ達が酷い目にあう夢を見てしまうからだ。数時間すると酷い寝汗と共に目が覚めてしまう。
だから、寝ていたとしてもちゃんと眠れていないからこんな状態なのかもしれない……ガクさん達には話していなかったけどバレていたらしい。
「戦闘の動きも少し鈍いから、半日は休め。眠れなくてもいい、野営だといつ魔物に襲われるかわからない緊張からも眠りにくいからな……っと、お出ましか。飯くらいゆっくり食わせて欲しいもんだ」
そう言ってガクさんは立ち上がり、ガントレットを装備して魔物達を迎え撃ち、僕とカゲトさんも応戦に入る。
そしてようやく到着した町で、僕は久しぶりに眠りについた――
◆ ◇ ◆
『さて、後は君達に任せていいかな?』
「はっ、侵入者が来たら必ずやお知らせいたします」
『ははは。頼もしいね。ああ、レオバール君、エリィを手籠めにするのはもう少し待っておくれ。大魔王の娘の処刑というショーが終わってから絶望を突きつけた後の方が面白いだろ? まだ彼女たちはレオスが生きていて助けに来ると信じている。しばらく待ってやっぱり来ない……で、ベルゼラの首を落とす。それだけで生きることを諦めるんじゃないかな? ああ、ウェパルの能力でじわじわと殺すのもいいね。はは……ははは!』
そう言ってアマルティアは自室へと戻って行き、謁見の間に残されたのはレオバールと、レオバールを攫った悪魔、ウェパルだった。
悪魔でありながら、アマルティアに協力するようなそぶりでうやうやしく頭を下げていた。やがて気配が完全に消えたことを悟ると、レオバールがボソリと呟く。
「……そんな生きた屍を手に入れても仕方がないんだがな……」
「貰えるものはもらっておくのだ。お前を攫った意味が無くなるだろう」
「あの時、マスターシーフから俺を逃してくれたことは感謝するが、あいつは何だ? エリィやルビアをさらってくるなんてタダ者じゃない」
同じ聖職として、そして大魔王討伐の旅をしていたので実力は知っている。それがあんな優男にみすみす攫われるとは思えないと考える。
「アマルティアは――」
ウェパルは自身がこの世界のものではないことを話し、アマルティアの中に自分の仲間が取り込まれていることを口にする。
「異世界……。大魔王とは……」
「うむ。私もヤツに取り込まれそうになったのだが協力するという形で難を逃れているのだ。バアル様達をどうにかして外に出せないか、とな」
そこでレオバールは眉を潜めてウェパルに尋ねる。
「どうしてお前は取り込まれなかったんだ?」
「ふむ。私の能力は”傷の悪化”なのだ。負傷や腫物を化膿させ、傷口に蛆を瞬時に沸かせたりできる」
「えぐいな……」
レオバールが少し後ずさるが、ウェパルは気にせずに続ける。
「だから私は言ったのだ。『アマルティア様の力は強大です。力を吸収するより、私を傍に置いて手分けをした方が楽しめるでしょう』とな。それを快諾してくれたため今こうしていられるのだ。しかし、そのあたりは見抜かれていると考えていいだろう。そして、他の悪魔達がここへ来るのを待っている」
「どうしてだ?」
「我等悪魔の力を手に入れるためだろう。なにせヤツは人間を使っての愉悦しか娯楽がない。で、その人間を弄ぶだけ能力を持つ悪魔は数多いからな」
「俺を助けたのは?」
一番疑問だったことを口にするレオバールに、ウェパルは頷いて答えた。
「お前の執着心だ。負の心というのはなかなか育つものではない。それは理性がストップをかけるからだな。だが、お前はかつての仲間だった者を殺してでも奪い取るというとんでもない行動に出た。今までこの世界を色々見てきたが、お前のようなやつは誰一人いなかった。そしてアマルティアは悪意というものがない。ヤツは自分が行った行動は全て正しいと思っている。神を消し去ったのも世界の為だと言っていたからな……」
「褒めているの、か?」
「そんな訳がないだろう。正直お前の執着心は異常だ。女に振られたくらいで人を殺して奪おうなど考えないぞ? だが、その悪意はアマルティアに通用するかもしれないと思った。あの男にはこの世界の人間の武器や魔法は通用しない。だが、この世界で『唯一』である悪意をぶつければあるいは、という訳だ」
するとレオバールは舌打ちをして踵を返す。
「……つまらん理由だが、今の俺はエリィを手に入れられる立場にある。レオスは死んだらしいし、そんな感情はどこにもない……誤算だったな」
レオバールも自室へ戻り、ウェパルだけが残された。レオバールの言うことは最もで、もしかするとウェパルの思惑を感づいてさらってきたという可能性もある。
だが――
「甘いぞ剣聖よ? アマルティアを使ってエリィを殺すよう仕向けることもできるし、アマルティア自身、エリィ達を生かすとも思えない。お前は使われる。必ず」
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