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会うのが久しぶりなので盛り上がってしまっている自覚がある孝太郎は、落ち着かなければ、と小さく深呼吸した。春は、えー、と声を上げて両手で顔を覆う。
「どうしよう……コンプレックスをそんな風に褒めてもらえたら……孝太郎くんを指名するお客さんの気持ち、すごくわかりました……。なんだか申し訳ないですね。こんな風に君と話すなら普通はお店に行かないといけないのにぼくは毎度気安く家にお邪魔してしまって……」
何言ってるんですか、と孝太郎は目を丸くする。
「おれは自分の時間を24時間すべて売り物にしてるわけじゃないですよ。今はプライベートです」
「そうですか……」
春はローテーブルに肘をついて顔を覆ったまま、じっと動かなくなった。
「春さん?」
孝太郎が声をかけると春は立ち上がった。
「ヒントありがとうございます! ネームしてきます!」
「おお! 頑張ってください。連載、始まるといいですね! すごい楽しみです。読み切り、本当に面白かったから」
「ありがとうございます……では……」
なんだか春は恥ずかしそうで、そんな春さんも魅力的だなぁと孝太郎はにこにこと見守る。玄関から出ていこうとした春に孝太郎が声をかけた。
「明日は忙しいですか? その連載のネームが落ち着くまでは、誘わないほうがいいですか?」
春は少し口ごもり、あの、と切り出した。
「……迷惑になってないですか?」
わけがわからず孝太郎が首を傾げると春は言った。
「毎日ぼくとご飯食べてて……あの、他の女性との時間とかは……」
「お客さんですか?」
「そうではなく、もっとプライベートな女性と過ごす時間とか……」
遠慮がちに言う春に、いませんよ、と孝太郎は否定した。
「そういう人はいません! 春さんが忙しかったここ半月……もちろん心からお仕事の応援してましたけど少しさみしかったから今日久しぶりに一緒に食べられて嬉しかったです! 相談とかもおれで乗れるものなら乗りたいし」
会いたくて、つい前のめりになる孝太郎に春は控えめな笑顔を見せた。
「……じゃあまた明日お邪魔してもいいですか?」
「ぜひぜひ!」
また明日、と約束してからドアが閉まり孝太郎はガッツポーズをした。ここ半月、本当に物足りなかったのだ。また明日会える、と浮かれる孝太郎とは対極的に春は沈んでいた。自分の家に戻ってから春は深いため息をつく。
「……どうしよう自分が気持ち悪い……孝太郎くん変に思わなかったかな……」
靴を脱いでよろよろと歩き、ベッドに倒れ込む。そして枕に顔を埋めて、あー、と声を上げた。
「気持ち悪い、気持ち悪い……どもってたし固まっちゃったし、いろいろ変なこと言っちゃったし……嫌だ……死ぬ……」
孝太郎は全く持って普段通りなのに、自分1人が寝ぼけて同性からされたキスを大事のように引きずって意識しているのが春は耐えられなかった。しかし普通にしようと焦れば焦るほど余計に挙動不審になってしまう悪循環になっていた。春は枕に顔を埋めて、忘れろ忘れろ、と繰り返した。
「ただの、事故、ノーカウント、接触……」
忘れたいのに頭が勝手にまた先日のキスを再生し始めて、ぎゃぁ、とのたうち回る。バタバタと転がってからガバッと春は起き上がった。
「ネームしなきゃ! これで仕事までできなかったらぼくはもう……ミジンコになってしまう……」
春は机に向かい、ネームに取り掛かる。しかしその原稿に出てくるメインカップルは孝太郎と自分がモデルなので、余計に孝太郎のことが頭から離れなくなる。羞恥心と戦いながら春は仕事に打ち込んだ。
「どうしよう……コンプレックスをそんな風に褒めてもらえたら……孝太郎くんを指名するお客さんの気持ち、すごくわかりました……。なんだか申し訳ないですね。こんな風に君と話すなら普通はお店に行かないといけないのにぼくは毎度気安く家にお邪魔してしまって……」
何言ってるんですか、と孝太郎は目を丸くする。
「おれは自分の時間を24時間すべて売り物にしてるわけじゃないですよ。今はプライベートです」
「そうですか……」
春はローテーブルに肘をついて顔を覆ったまま、じっと動かなくなった。
「春さん?」
孝太郎が声をかけると春は立ち上がった。
「ヒントありがとうございます! ネームしてきます!」
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「明日は忙しいですか? その連載のネームが落ち着くまでは、誘わないほうがいいですか?」
春は少し口ごもり、あの、と切り出した。
「……迷惑になってないですか?」
わけがわからず孝太郎が首を傾げると春は言った。
「毎日ぼくとご飯食べてて……あの、他の女性との時間とかは……」
「お客さんですか?」
「そうではなく、もっとプライベートな女性と過ごす時間とか……」
遠慮がちに言う春に、いませんよ、と孝太郎は否定した。
「そういう人はいません! 春さんが忙しかったここ半月……もちろん心からお仕事の応援してましたけど少しさみしかったから今日久しぶりに一緒に食べられて嬉しかったです! 相談とかもおれで乗れるものなら乗りたいし」
会いたくて、つい前のめりになる孝太郎に春は控えめな笑顔を見せた。
「……じゃあまた明日お邪魔してもいいですか?」
「ぜひぜひ!」
また明日、と約束してからドアが閉まり孝太郎はガッツポーズをした。ここ半月、本当に物足りなかったのだ。また明日会える、と浮かれる孝太郎とは対極的に春は沈んでいた。自分の家に戻ってから春は深いため息をつく。
「……どうしよう自分が気持ち悪い……孝太郎くん変に思わなかったかな……」
靴を脱いでよろよろと歩き、ベッドに倒れ込む。そして枕に顔を埋めて、あー、と声を上げた。
「気持ち悪い、気持ち悪い……どもってたし固まっちゃったし、いろいろ変なこと言っちゃったし……嫌だ……死ぬ……」
孝太郎は全く持って普段通りなのに、自分1人が寝ぼけて同性からされたキスを大事のように引きずって意識しているのが春は耐えられなかった。しかし普通にしようと焦れば焦るほど余計に挙動不審になってしまう悪循環になっていた。春は枕に顔を埋めて、忘れろ忘れろ、と繰り返した。
「ただの、事故、ノーカウント、接触……」
忘れたいのに頭が勝手にまた先日のキスを再生し始めて、ぎゃぁ、とのたうち回る。バタバタと転がってからガバッと春は起き上がった。
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