ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

文字の大きさ
18 / 86

9-1 ホットケーキとオタクな編集者

しおりを挟む
 古びた喫茶店のホットケーキが春は好きだった。流行りのふわふわではなくしっかりとした厚さのホットケーキ。編集と打ち合わせするときは最寄り駅から1分ほどの距離にあるこの喫茶サントスでお願いすることにしていた。喫茶サントスの店内はこじんまりとしていて、中は植物の鉢植えがたくさんある。おじいさんが1人でやっていて、まばらにいるお客さんの年齢層も高い比較的落ち着いた店だった。今回連載用のネームを3話まで送ったら、打ち合わせしましょう、と編集に呼び出されたのだった。

 春を担当している編集の女性は円谷円香つぶらやまどかだ。眉の上まで前髪を短く切りそろえた、猫目のハツラツとした女性である。20代半ばと同世代の女性なので春は最初目を見て話すことができなかったし食事なんて喉を通らなかったが、円香がかなりのオタクである事を推しのぬいぐるみなどを見せながら切々とカミングアウトしたことによって春は少し心を開きパンケーキを向かいで食べられるほどになったのである。春が注文したパンケーキと、円香が注文した硬めのプリンが席に出された。春はバターを塗り、メイプルシロップをたっぷりとかけた。いただきます、と小さく礼をして手を付ける。分厚いホットケーキを切って一口頬張り春が堪能していると円香が、あの、と話を切り出した。

「……ネーム、神でした……」

「え?」

「良すぎて、実は連載会議の前に内々に上に相談しておりまして、おそらく大丈夫との返答でしたのでできたらもう1話を描き始めて頂きたくて……まだ正式に決まったわけではないので本来ならもう少し後にお願いするのが正しいんですけど……あの読み切りの熱が冷めないうちに少しでも早く連載を始めたくて」

 もし会議で正式に通らなければその原稿は無駄になってしまう。しかしいつもはそんなことを言わない円香がそこまで言ってくれるのなら、と春は、描きます、と了承した。円香は言った。

「あの……やっぱり鈴木先生にBLをお勧めしたのかなり、かなり正解だったと自負しておりまして、あの読み切りも物凄く評判良かったんですよ……しかしそれを上回るあの連載の……濃さ……まだ私しか読めてないのが申し訳なくて早く読者に届けてあげたい……鈴木先生の描く男の子がすごく魅力的で、欠点がしっかり描かれているのも親しみがあって応援したくなりますし何よりあんなにもじれったいピュアなお話が描けるのはもう才能というか本当によかったと……ありがとうございます……」

そう言って拝み始めた円香に春は恐縮しつつ、どうも、と答えた。円香はさらに言った。

「というか読み切りも秀逸だったんですけど連載のネームからいきなり恋愛の初々しい心情が生々しくなったというか解像度がガッと上がってですね、絶好調と言わざるを得なく……鈴木先生が描く男の子キャラは元々魅力的だったんですけど、まさかあんな恋愛漫画の引き出しがあったなんて……手を繋ぐだけであんなにドキドキしたの私初めてです!」

 褒められると恥ずかしくなり春は、いやいや、と俯く。

「れ、恋愛経験豊富そうな友人にアドバイス頂きまして……」

「それは素晴らしいご友人ですね……そしてその友人にアドバイスを求めてアドバイスをしっかりと作品に反映させた先生の才覚にもう脱帽してまして……連載始まったら、映画化目指して一緒に頑張らせてください!!」

「え、そんな……」

「連載の反響次第ではあり得ると思いますよ。近頃ゲイを題材にした作品の映画化も少なくありませんし」

「が、がんばります」

 不意に円香が窓の外を見て、目を丸くした。何かな、と春が目をやると喫茶店のガラスの向こうにいたのは孝太郎だった。春と目が合うと孝太郎は気恥ずかしそうな顔をして2人に会釈してそそくさと通り過ぎる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

【短編BL┊︎本編完結】世話焼き未神さんは恋がしたい

三葉秋
BL
リーマンラブ・ロマンス。 ある日、同じ会社で働く営業部の後輩である屋島のフラれ現場に遭遇してしまう主任の未神佑。 世話焼きの佑はその状況にいてもたってもいられず、声をかけることに。 なんでも相談に乗るからと言った佑は、屋島からある悩みを打ち明けられる。 過去に縛られる佑と悩みを解決したい屋島の解決物語。 本編後にSS「あの夜のはなし」を公開 ※2025/11/21誤字脱字などの修正を行いました。 ※この作品はBLoveサイトにて公開、コンテストに応募した作品を加筆修正したものです。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...