ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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13-1ホットコーヒーと緊張する編集者

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 円香は緊張していた。珍しく春から相談があると言われたので対面で聞こうといつもの喫茶サントスへ赴いたのだが、あらわれた春が酷く浮かない顔をしていたからだ。お気に入りのホットケーキも頼まず、注文したのはホットコーヒーのみ。せっかく連載が始まったところなのに、もう描けない、などと言われたらどうしようとひやひやした円香は先んじて春に言った。

「連載の1話、編集部の中でもかなり好評でしたよ~! しばらくその話題で持ち切りでした! 2話も早く掲載したいですね」

「本当ですか?」


 春の表情が幾分明るくなったのでホッとしながら円香は言った。

「本当です本当です! やっぱり2人が緊張しながら手を繋ぐシーンがもう格別で……! 緊張が伝わる素晴らしいシーンでした」


 はは、と笑った春の表情は何故かまた沈んでいた。春は言った。

「すみませんわざわざご足労いただいて……」

「いえ! 鈴木先生はいつも締め切り守って下さいますし完全デジタルなので助かってます」

春が、相談なのですが、と切り出したので円香は緊張しながら耳を傾ける。数分黙りこくってから、意を決したように春は尋ねた。

「円谷さんは……ゲイバーに行ったこと、あるんですよね?」

「ありますよ。ゲイの友人もいます」

「……ぼくも……1度連れて行ってくれませんか? その……駄目なら断ってください……こんなことお願いしてすみません」


 恐縮する春に、駄目じゃないです! と円香は声を上げた。

「駄目なわけないじゃないですか!むしろ、こちらからお願いしたいくらいです! ありがとうございます! 鈴木先生のBLがさらにリアリティ出るかと思うともう今からでも行きたいくらいで……! 取材費もきっちり出ますのでお気遣いは無用ですよ!」


 春は、よかった、と少し安心した様子だった。そしてさらに言った。

「ではその前に……あの、その……び、びよ、美容院……を、どこか教えてもらえませんか……あの……少しは、見た目をマシにしたくて……すみません、自分でも調べたんですけど……とにかく多すぎてどこに行っていいか皆目検討もつかなくて。円谷さんにこんな事まで聞いていいのかわからないんですけど……」

「いいんですよ! なんでも聞いてください! 好物のために行列に並ばせる作家さんもいるくらいですから! 私の行きつけでよければすぐにお教えできるのですが……あ、でもあの方に聞いた方がよくないですか? 春さんの隣人の! オシャレだし詳しそうじゃないですか」


 春は俯き、もにょもにょ、とわかりました、と頭を下げた。しかしいやに気が進まなさそうに見えたので円香は尋ねた。

「もしかして最近はあまり仲良くなかったり……?」

「いえ! そんなことないです! ただぼくが1人で気まずくなって避けているだけで……」

「なるほど」


 春が泣きそうな顔になっているのに気がついた円香は、話して下さい、と言った。でも、とためらう春に円香は言った。

「気を遣わないでください。私には何でも言って下さい! 先生が気持ちよく描けるように、一見執筆に関係のないような相談にのるのも担当編集の務めの1つですから」

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