ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 春はホットのブラックコーヒーをちびちびと数口飲んで、ふー、と息をついて気分を落ち着けてから、実は、と話しだした。

「隣人の彼が、その……女の人と抱き合ってるのを偶然見てしまい……それが自分でも驚くほどショックで……。で、もしかしたら、その、自分は……ゲ、ゲイなの、かも……とか悩んでしまい……あ、ゲイバーに行きたいと言ったのは、もちろん取材です! でも個人的にも……少し、気になって……」


 円香は孝太郎がゲイであることを知っているのでその女性と何でもないことを知っているが、それを春に言うわけにはいかない。ゲイバーで1度会話した孝太郎を思い出すと、これは男女問わず好きになってしまっても仕方ないなぁ、という感想を円香は抱く。独特の色気があり、人の懐に入るのも上手い。免疫のない春がグラッといってしまうのもわからなくなかった。

「あのお隣さん、モテそうですよね」

「ぼくも思います……ホストだし……」

 ホストだったのか、と円香の中で警戒レベルが高まった。申し訳ないがあまりにも戦闘力が違いすぎる。春は顔立ちは綺麗なのだがいかんせんオシャレに無頓着だ。いつも似たようなトレーナーとジーンズとスニーカー。セットされていない髪、自信なさそうにすぐオドオドするところも、ゲイバーでいきなり話しかけてきた孝太郎とはコミュ力の差が歴然すぎると感じていた。円香はおそるおそる、尋ねた。

「あの……先生は告白などはお考えで……?」

 春は、とんでもない、と手をぶんぶん振ってそのはずみで水の入ったコップを倒してしまう。すみません、と紙ナプキンで拭こうとする春を止めて、円香は店主からダスターを借りる。テーブルを拭いてから円香は仕切り直した。

「告白などはお考えではないんですね」

「もちろんです。自分の気持に確信もないし……でも確信あったとしても、言いません、言って気持ち悪がるような人ではないと思いますが……困らせたくないんです。ぼくみたいなの、釣り合う訳がないし」

「そんな風にご自身を卑下するのはやめてください。私、先生のファンでもあるんですよ」

「……すみません……」


 しかし、と円香は告白を止めた。

「告白はやめておいたほうが賢明ですね。家が近すぎます」

 腑に落ちない様子の春に円香は言った。

「お隣さんとの恋愛、それはドラマや漫画でも非常に多いロマンティックな要素ですが現実ではよくないですね。何故なら付き合ってからも別れても、気まずいからです! 顔を合わせ、生活音を聞く日々……。しかし引っ越すとなると新居の敷金礼金さらに引っ越し代と出費がかさみます。だから家は遠い方が無難です! 上手く行っても多少の距離感はあった方が長続きするといいますし」

 なるほど、と素直に頷く春に円香は畳み掛けた。

「よいお友達でいましょう。それならお隣さんに女性の影があっても傷つくこともありませんし」

「そう……ですね」

 そう答えた春の顔は切なげで、円香の心は痛んだ。しかし担当編集として連載中の大切な時期に玉砕されてモチベーションが下がると困る。円香は言った。

「ゲイバーには行きましょうか。もしかしたら先生がいいなと思う人もいるかもしれませんし。私の行きつけのゲイバーのママさん凄く気さくなので……」

 そこまで言って円香は、しまった、と口ごもる。あの店は孝太郎の行きつけでもあるのでバッティングする可能性もある。もし孝太郎がゲイだと春が知れば、さらに気持ちが膨らむかもしれない。

「いい店、ゲイの友人に聞いておきます」 

 そう言って円香は誤魔化した。春が、お願いします、と頭を下げる。


「あ、あと、あの……何でも聞いてすみません。服って……みんなどこで買っているんでしょう、その……ぼく、恥ずかしながら服ほとんど持ってなくて……」

 円香は、うーん、と唸った。

「メンズファッション誌の友人が詳しいですが……先生が求める服はおそらくハイレベルなおしゃれさではなく、飲みに出ても差し支えのない程度のよそいきの服、ですよね」 

「はい。良すぎる服はよくわからないし着ても浮いてしまうと思うので……」

 円香はゲイの友人の服を思い浮かべたが、彼の服装はいかんせん派手で春が好むとは思えなかった。円香はメンズファッションに明るくなく頭を悩ませていたら春が、ごめんなさい、と言った。

「女性の円谷さんにこんなことまで聞いてすみません。それも……お隣さんに聞いてみます。彼とは友達でいたいから、そろそろ普通に話せるようにしたいし……がんばります」

 そう意気込んだ春に円香は、お役に立てずすみません、と頭を下げた。

「明日聞きます。これ以上時間が空くとかえって気まずいので。今……明日会えるかラインします」

 そう言って春は孝太郎にラインを打ち始めた。送信したらすぐに、返事が来た。その返信を見て春はホッとしたように安堵の笑みを浮かべる。その表情を見て円香は春の胸に燻る想いに確信めいたものを覚えたが、指摘しなかった。円香には、あの派手な孝太郎が素朴な春を恋人に選ぶとは思えなかったからだ。




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