ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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14-1 鍋と変わりたい男

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 久しぶりの春との食事、少しでも長く一緒にいたいという思いから孝太郎は鍋をチョイスした。白菜に、えのき、しいたけ、豆腐、それと主役の鱈。大根をすってポン酢を用意する。連載が始まって忙しそうな春に効率よくバランスのいい食事を取ってもらいたかったので、その意味でも鍋はちょうどよかった。春が来て孝太郎は、いらっしゃい、と笑顔を向けた。春はほんの少し、ぎこちない。孝太郎は先日果歩に言われたことを思い出していた。酔ってハグしているところに春が出くわしたと。変なところを見せて申し訳ないと一応ラインで謝罪したが、あらためて孝太郎は言った。

「前、すみません。飲みすぎちゃって……玄関先でうるさかったですよね。春さんとの約束も寝落ちして破ってしまったし……」

 もしかしたら怒っているのかな、と孝太郎は弱気になる。春は、いえ、と否定した。

「お仕事お疲れさまです。あ、ポン酢とか運んじゃいますね」

 そう言って春はポン酢や大根おろしを運び始めた。ローテーブルにカセットコンロを置いて、その上に土鍋を置いたら完成だ。ローテーブルに向かい合って座る。いただきます、と手を合わせて春は自身の皿に大根おろしとポン酢を入れた。そして、鱈と白菜、しいたけをお玉で取る。はふはふ、と熱い鱈を頬張り、美味しい、と頬を緩ませた。

「春さんの美味しそうな顔、久しぶりに見れた」

 孝太郎がそう言うと春は、ふい、と目をそらした。そしてそのままぎこちなく切り出した。

「……あ、あの、今日は、お願いがあって」

「なんでしょう」

「よければ孝太郎くんの行きつけの美容院と服屋さん……教えてもらえませんか?」


 やけにあらたまって言うのでどんなお願いかと思いきや存外可愛いものだったので孝太郎は快く引き受ける。

「いいですよ~。美容院はお店のホットペッパーのページ送りますね。服屋はどうしようかな……おれ、特に決まってないんですよね。先輩からのお下がりの貰い物が多くて」

「そうだったんですね……あ、ありがとうございます」


 美容院のページが早速ラインで送られてきたので春は頭を下げた。

「春さんどこかに行くご予定が?」

 春の行動範囲はいつも自転車の範囲内だ。オシャレに興味のなさそうな春がわざわざ髪を切って服まで新調するなんて、と孝太郎は疑問に思い尋ねた。

「あ、編集さんと取材で少し……出かけます」

「取材ですか。どちらまで?」

 そう聞いた孝太郎に春が口ごもると孝太郎は、すみません、と謝った。

「ネタバレになっちゃいますよね。連載に関係するところなら」

「あ、はい……」

「前に打ち合わせしていた編集の方と2人で行くんですか?」

 はい、と春は頷いた。孝太郎の頭に円香が浮かぶ。同世代の女性と2人でどこかに行くと聞き孝太郎は少しモヤモヤした。仕事なのだから、と思い直すが気になり、つい口にしてしまう。

「あの編集の方、お綺麗でしたよね」

「え? ああ……円谷さん……。はい、すごく……綺麗です」

 普通の会話のはずなのにいきなり目に見えて春のテンションが急降下したので、孝太郎は驚いた。

「すみません。今、何かよくないこと言いましたか?」

「いえ……その……何でもないです」

 そう春は誤魔化したが絶対に何でも無いことがない反応だった。春は、ぽつり、と言った。

「ただ孝太郎くんは円谷さんみたいな女性が……タイプなのかな、と」

 それを聞いて孝太郎は、ピン、ときて春に弁明した。

「春さん! おれは春さんの仕事先の女性を狙ったりなんてしませんよ。そんな見境なくありません」

 昔から孝太郎をゲイだと知らない男の友人にはこのような誤解をされることがあったので孝太郎がそう言うと、そう思ったわけでは、と春はきまり悪そうにしていた。春の反応に違和感を覚えた孝太郎が言った。

「もしかして春さん、あの編集さんのことが好きなんですか?」

「ッえ、ちが、違いますよ!!」

 否定していたが春の顔は真っ赤に染まっていて、その反応に孝太郎は胸がジグジグと痛んだ。聞かなければよかった、と落ち込む。仕事関係の、さらには漫画に理解のある同世代の女性なんてよくよく考えれば社交的ではない漫画家の春と非常にしっくりとくる組み合わせだ。孝太郎は円香とは1度ゲイバーで話しただけだが、若いのにすごくしっかりしているように見えた。少し天然なところのある春とお似合いな気がする。少なくとも同性のホストの自分よりかは何倍も相応しい、と孝太郎は沈んだ。
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