32 / 86
15-2
しおりを挟むなにからなにまですみません、と恐縮する春に、オーバーサイズでもおかしくない黒の薄手のアウターを孝太郎は手渡した。春は深々と頭を下げた。
「すみません。ずっと引きこもって漫画描いてばっかりでオシャレなんて考えたこともなかったからご迷惑を……」
「いえ! よそ見せず1つのことを突き詰めてきた春さんだから今プロの漫画家として連載できてるんですよ」
そう平静を装って話しているがさっきから孝太郎は自己嫌悪が止まらなかった。春がオシャレに興味を持ち身綺麗にするのは春にとっていい事のはずなのに、孝太郎は喜べないでいた。春の魅力を知る人が増えてほしくない、今のまま自分だけが知っていたい。付き合ってもないのに、たとえ付き合っても許されないような束縛を春にしたがる自分に孝太郎は嫌悪した。孝太郎はそんな心中を察されないよう、あえて明るく振る舞う。
「そういえば美容院に行くなら、どのくらい切るとか、どんなイメージにするとか考えてから行かないとですよ。自分でオーダーしなきゃいけないので」
「ああ、そうか……どんな……どんな……?」
例えば、と孝太郎はスマホを操作してインスタグラムを開きヘアカットの見本をいくつか春に見せた。ローテーブルに鏡を置いて、孝太郎は春をその前に座らせる。そして後ろに膝立ちになり、そっと春の髪を触った。
「春さんは意外と少し髪質が固いから、短いのも似合うかもしれませんね」
「短いの、似合うかな……身長なくても大丈夫でしょうか」
「気になるなら少し長めもありだと思いますよ。でもセットが面倒かな……いっそパーマとか」
「パーマ……?」
くしゃくしゃ、と孝太郎は役得とばかりに春の髪をかき混ぜるように触る。ネット予約した時に、春の担当美容師は既婚者の落ち着いた男性にした。女性にも、若い男にも触らせたくなかったからだ。孝太郎は自分がこんな嫉妬深く狭量な男だったなんて、と情けなくなる。
「孝太郎くんが短め似合いそうって言ってくれたし……短くしようかな」
「あ、おれの意見採用された。嬉しいな。絶対似合いますよ。春さんおでこの形、丸くて綺麗だし」
そう言って孝太郎は春の前髪をかきあげた。孝太郎が春に尋ねる。
「眉、少しだけ抜いていいですか。前髪切ったら見えると思うので」
顔を洗ってきてもらってから、孝太郎はピンセットを使って眉の余分な毛を抜いていった。春は目を閉じたままじっとしている。
「痛くないですか?」
「大丈夫です。あの……結構抜いてますが無くなりませんか……?」
「そんなに抜いてませんよ。余分なところだけ。ほら、できました」
目を開けて鏡を見た春が、すごい、と口にした。
「眉毛、孝太郎くんみたいになりました」
「あ、そっか。おれのやり方でやっちゃったから同じになっちゃいましたね」
「ありがとうございます」
そう笑顔を見せた春に孝太郎は言った。
「そろそろ出ましょうか。予約、16時なので」
服に合わせて春の髪を少しだけワックスで整えてやってから、2人で家を出る。電車に乗ってから、春が言った。
「一緒に出かけるの……初めてですね。なんかドキドキします」
無邪気に嬉しそうにする春に、家にいて欲しいとか他の人に触らせたくないとかそんなことを考えていた孝太郎は引け目を感じる。
「お出かけ自体、久しぶりじゃないですか?」
「……数年ぶりの電車です」
「そんなに」
そういう春はいつもより少し緊張して見える。人が乗ってきたので孝太郎が席を詰めて春にくっつくと春が、わ、と小さく声を上げた。
「狭いですか?」
「いえ……大丈夫、です」
「数駅でつきますから」
電車を降りて駅から少し歩いたところに孝太郎の行きつけの美容院があった。緑が多い、カフェのような落ち着いた外観だ。心細そうにする春に孝太郎は、どうぞ、とドアを開けてエスコートして春を店の中に誘った。
14
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
蒼い炎
海棠 楓
BL
誰からも好かれる優等生・深海真司と、顔はいいけど性格は最悪の緋砂晃司とは、幼馴染。
しかし、いつしか真司は晃司にそれ以上の感情を持ち始め、自分自身戸惑う。
思いきって気持ちを打ち明けると晃司はあっさりとその気持ちにこたえ2人は愛し合うが、 そのうち晃司は真司の愛を重荷に思い始める。とうとう晃司は真司の愛から逃げ出し、晃司のためにすべてを捨てた真司に残されたものは何もなかった。
男子校に入った真司はまたもクラスメートに恋をするが、今度は徹底的に拒絶されてしまった。 思い余って病弱な体で家を出た真司を救ってくれた美青年に囲われ、彼が働く男性向けホストクラブ に置いてもらうことになり、いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするが、結局真司は 晃司への想いを断ち切れていなかった…。
表紙:葉月めいこ様
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる