ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 なにからなにまですみません、と恐縮する春に、オーバーサイズでもおかしくない黒の薄手のアウターを孝太郎は手渡した。春は深々と頭を下げた。

「すみません。ずっと引きこもって漫画描いてばっかりでオシャレなんて考えたこともなかったからご迷惑を……」

「いえ! よそ見せず1つのことを突き詰めてきた春さんだから今プロの漫画家として連載できてるんですよ」

 そう平静を装って話しているがさっきから孝太郎は自己嫌悪が止まらなかった。春がオシャレに興味を持ち身綺麗にするのは春にとっていい事のはずなのに、孝太郎は喜べないでいた。春の魅力を知る人が増えてほしくない、今のまま自分だけが知っていたい。付き合ってもないのに、たとえ付き合っても許されないような束縛を春にしたがる自分に孝太郎は嫌悪した。孝太郎はそんな心中を察されないよう、あえて明るく振る舞う。

「そういえば美容院に行くなら、どのくらい切るとか、どんなイメージにするとか考えてから行かないとですよ。自分でオーダーしなきゃいけないので」

「ああ、そうか……どんな……どんな……?」

 例えば、と孝太郎はスマホを操作してインスタグラムを開きヘアカットの見本をいくつか春に見せた。ローテーブルに鏡を置いて、孝太郎は春をその前に座らせる。そして後ろに膝立ちになり、そっと春の髪を触った。

「春さんは意外と少し髪質が固いから、短いのも似合うかもしれませんね」

「短いの、似合うかな……身長なくても大丈夫でしょうか」

「気になるなら少し長めもありだと思いますよ。でもセットが面倒かな……いっそパーマとか」

「パーマ……?」

 くしゃくしゃ、と孝太郎は役得とばかりに春の髪をかき混ぜるように触る。ネット予約した時に、春の担当美容師は既婚者の落ち着いた男性にした。女性にも、若い男にも触らせたくなかったからだ。孝太郎は自分がこんな嫉妬深く狭量な男だったなんて、と情けなくなる。

「孝太郎くんが短め似合いそうって言ってくれたし……短くしようかな」

「あ、おれの意見採用された。嬉しいな。絶対似合いますよ。春さんおでこの形、丸くて綺麗だし」

 そう言って孝太郎は春の前髪をかきあげた。孝太郎が春に尋ねる。

「眉、少しだけ抜いていいですか。前髪切ったら見えると思うので」

 顔を洗ってきてもらってから、孝太郎はピンセットを使って眉の余分な毛を抜いていった。春は目を閉じたままじっとしている。

「痛くないですか?」

「大丈夫です。あの……結構抜いてますが無くなりませんか……?」

「そんなに抜いてませんよ。余分なところだけ。ほら、できました」

 目を開けて鏡を見た春が、すごい、と口にした。

「眉毛、孝太郎くんみたいになりました」

「あ、そっか。おれのやり方でやっちゃったから同じになっちゃいましたね」

「ありがとうございます」

 そう笑顔を見せた春に孝太郎は言った。

「そろそろ出ましょうか。予約、16時なので」

 服に合わせて春の髪を少しだけワックスで整えてやってから、2人で家を出る。電車に乗ってから、春が言った。

「一緒に出かけるの……初めてですね。なんかドキドキします」

 無邪気に嬉しそうにする春に、家にいて欲しいとか他の人に触らせたくないとかそんなことを考えていた孝太郎は引け目を感じる。

「お出かけ自体、久しぶりじゃないですか?」

「……数年ぶりの電車です」

「そんなに」

 そういう春はいつもより少し緊張して見える。人が乗ってきたので孝太郎が席を詰めて春にくっつくと春が、わ、と小さく声を上げた。

「狭いですか?」

「いえ……大丈夫、です」

「数駅でつきますから」

電車を降りて駅から少し歩いたところに孝太郎の行きつけの美容院があった。緑が多い、カフェのような落ち着いた外観だ。心細そうにする春に孝太郎は、どうぞ、とドアを開けてエスコートして春を店の中に誘った。


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