34 / 86
16-2
しおりを挟む「絵梨花さん」
孝太郎に絵梨花と呼ばれた彼は夜のお店の出勤前なのか、長いブラウンの髪を綺麗なハーフアップにセットしていた。絵梨花はにやん、として孝太郎に尋ねた。
「なになに~もしかして、デート?」
孝太郎はぎょっとしてすぐに、違いますよ、と返した。絵梨花は、いやいやぁ、と笑った。絵梨花の反応ももっともだ。ここはこういう狭い内装の店なので、普通は男2人でなんて来ない。たいてい男女カップルか、もしくは女性の友だち同士などが主な客層だった。密着して焼肉を楽しむ2人は、孝太郎をゲイだと知る絵梨花の目にはデート中にしか見えなかった。
「やだ~! 彼氏さん、孝太郎とはタイプの違うイケメン……可愛い~!」
女性から面と向かって初めて褒められた春が赤面して孝太郎の影にさり気なく隠れると絵梨花はさらに盛り上がった。
「本当に可愛い! 彼氏さんはホストじゃないんですか?」
「彼氏じゃないですって!! ホストでもないです」
絵梨花が身を乗り出し、春に話しかける。
「じゃあ奢るから、ワンセットだけ孝太郎のお店一緒に行きませんか?」
春が返事をする前に孝太郎が口を挟む。
「絵梨花さん今出勤前でしょ。駄目ですよ」
「え~! そうだけど…… こんな楽しそうなのに……ね、じゃあ今度一緒に飲みに行きましょう」
孝太郎が、駄目です、とすかさずブロックする。
「何でよ。行くのは孝太郎の店だよ?」
「それが駄目なんです! ちょっと……」
席を立った孝太郎は絵梨花の腕を掴んで、春と距離を取る。トイレの前の少し開けたスペースで孝太郎は絵梨花に言った。
「あの人おれのことゲイって知らないんです……」
「え! 嘘! こんなにも露骨にデート用の店来てるのに!?」
「それはうっかりというか……テンション上がっちゃって……でもそんなの気づかないくらい純粋な人なんです……でもさすがに店に来たらバレちゃうと思うので……!」
店では孝太郎はゲイをオープンにしているので、誰かが悪気なく言ってしまうかもしれない。それを孝太郎は危惧していた。ごめーん、と謝った絵梨花は孝太郎の腕を引いて小声で尋ねる。
「もしかしてあの人のこと、ラブなの?」
孝太郎は少し迷ったが、はい、と白状した。絵梨花は、ひゃー、と飛び上がった。
「やばいー!めちゃくちゃテンション上がる! ありがとう、ね、また話詳しく聞かせてね。シャンパン入れるから、ね」
そう言って絵梨花は孝太郎の手をしっかりと握る。この絵梨花は孝太郎の指名客のキャバクラ嬢なのだが、BLが好きな……いわゆる腐女子だった。ゲイのかっこいいホストがいると噂で聞きつけ指名しに来て以来、通っている。
「絵梨花さんが喜ぶような話はありませんよ」
「もう喜んでるよ~! あ」
絵梨花が孝太郎の後ろを見て声を上げた。孝太郎が振り返ると、そこには春が立っていた。春は、すみません、と萎縮していた。
「トイレに……行こうとして……」
絵梨花は孝太郎の手を離し、ごめんね、と春に道を譲る。春がトイレに行ってから絵梨花は、ごめーん!と両手を合わせた。
「テンション上がって今孝太郎の手触ってたの見られたけど、変な誤解させてないよね!? 大丈夫!?」
「え? 大丈夫だと思いますよ。それにおれが女性とどうしてようと特に気にしないと思いますし……あの人、ゲイじゃないので……」
絵梨花が、もう、と孝太郎の肩を叩く。
「あんなにノンケはもう好きにならないって言ってたのに、結局またノンケに惚れちゃったのね」
「……好きにならないようにしてたんですけど……できなくて……」
「やだ~! なにそれ推せる~!」
話しているうちに春がトイレから出てきたので絵梨花はそそくさと、離れていった。孝太郎は、すみません、と春に謝って一緒に席に戻る。
「……そういえば、孝太郎くんのお店って男性も行けるんですね。それなら今度行ってみたいなぁ」
席に戻ってからそうなにげなく春が言うと孝太郎はぎょっとしたようにすぐに断った。
「駄目ですよ!」
強く断られて目を丸くした春に、慌てて孝太郎はフォローを入れる。
「店に来る男性って同業者の営業か、女性の連れと来る方がほとんどですからそれ以外の男性はほとんど来ることがないので……」
そう孝太郎が言うと春は申し訳無さそうに笑った。
「ごめんなさい。確かに男が1人で行ったら変ですよね。孝太郎くんのお客さん美人さんばっかりだし……変なことしようとして、すみません。常識なくて恥ずかしい」
「いえ!関わりなかったら知らなくて普通ですよ!春さんが変とかではなくて、おれは春さんが変な目で見られたら困ると思って」
「変な目って……ぼくがゲイかもしれない、とかそういう目ですか」
春の思いがけない発言に、孝太郎は言葉に詰まった。もしかして自分がゲイだとバレているのか? とドッと冷や汗をかく。あからさまに動揺をみせた孝太郎に春は、冗談ですよ、と言った。
「だってぼく、ゲイじゃないですし」
「あ……はは、そうですよね。すみません。びっくりして」
――……孝太郎の出勤時間が近づき、2人は駅前で別れた。春は1人駅のホームまで行ったがそれからしばらく、ぼんやりしてしまってなかなか帰れなかった。ゲイかも、とちらつかせた時の孝太郎の反応があまりにも引いてたように見えて、春はひっそりとショックを受けていた。自分の気持ちは孝太郎には迷惑なものなのだと、初めての孝太郎との外出にデートのようだと浮かれていた自分を春は諫めた。
15
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる