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孝太郎がドアを開けて外を覗くとハイツの前に引っ越しのトラックが止まっていて、作業員が空室だった奥の部屋に荷物を運び入れている。孝太郎の後ろから顔を出した春は言った。
「入居されたんですね。どんな人だろう。あそこ、前に住んでた方はシングルマザーの親子だったんですよ」
「そうなんですね」
孝太郎はもう興味を失ったようで、戻りましょう、と春を誘う。しかし作業員の後ろから階段を上がってきた男がこちらに声をかけてきた。
「コタロー」
その男は狐のような細い吊り目の、シュッとした白に近い金髪の男だった。面立ちがくっきりとした孝太郎とはまた違うタイプの派手な色男だ。孝太郎は彼を見て、明さん、と呼んだ。明と呼ばれた男は口角を上げて親しげに孝太郎に片手を振る。
「どーや。びっくりしたやろ」
「え、いや……めちゃくちゃびっくりしましたよ。こんなとこで何してるんですか?」
明はまわりを見渡して、答えた。
「何って見たらわかるやろ。引っ越しや。お前の客やったマダムにこのハイツ紹介してもろてん。ここ家賃激安やなぁ」
「引っ越しって……そんなん来る前に言ってくださいよ」
「サプライズ。また仲良ぅしよう思って、お前と」
そう言って明が孝太郎の手を掴み、指を絡めるように握った。しかし孝太郎はすぐに振りほどいた。
「ちょっと! 明さん、困りますって」
へぇ、と言った明は孝太郎の横にいた春の顔を覗き込み、こんにちは、と挨拶してきた。
「こ、こんにちは……」
春がおずおずとそう返すと、明は孝太郎に聞いた。
「今日引っ越し終わったら家遊びに行ってもええ? 久しぶりに飯食わせてや。これもしかして豚汁の匂いちゃうん。おれ1番好き」
「今日は先約あるので駄目です」
そう孝太郎が断ると明は春を一瞥して言った。
「なぁ、この子家どこなん? タク代出したるから帰らせぇや」
「何言ってるんですか。そんなことしませんよ。それに春さんはこのハイツの住人でおれの隣です」
明は、ああ、と家の並びを見て言った。
「ほんで、お隣さんとお前こんな日曜に家で何してんの」
「何って……今おれ付き合ってるんですよ。この人と」
孝太郎がそう言うと明は目を見開いた。春の顔からつま先までジロッと眺める。
「お前、子供はやめとけや。じょーれーで捕まるぞ」
「おれより歳上です!」
子供、と言われて春はムッとしたが明も孝太郎に負けないくらい背が高いので並ぶとかなり自分が小さく思える。明がさらにからかうように言った。
「ちょっと手近で済ませすぎちゃうか~。そんなに彼氏欲しかったん」
「失礼なこと言わないで下さい! おれが好きで、付き合ってもらってるんです。好きじゃない人と付き合ったりしません」
明が、へぇ、と感心したように言った。
「それにしてもお前ラッキーやなぁ。たまたま横の住人がゲイやったなんて。東京てそんなゲイ多いんか」
「いや……春さんは、違いますけど……」
孝太郎がそう言うと明は目を丸くした。
「お前ノンケと付き合ってんの!?」
「悪いですか」
「悪くはないけど、セックスできんやん。中学生やあるまいし、そんなんで付き合ぅてるって言えんの?」
今まさにそのステップに進もうと苦戦しているところなのに、と春は眉をひそめる。
「ドア閉めますよ」
そう言った孝太郎を無視して、明はドアに手をかけて春に話しかけた。
「だってノンケからしたら男の裸なんかキショいだけやんなぁ。ちんこ勃てて襲ってこられたらサブイボ立つやろ。血迷ってんと早よ逃げや」
春が答える前に孝太郎が割り込み口を挟んだ。
「……明さん、下品なこと言うのやめてください。もう、閉めますからドア離してください」
「なんや冷たいな。大阪であんだけお前の世話焼いたのに。まぁええわ。東京やったらコタローが先輩やし。店なぁ、コタローのとこ行こと思ってるから明日紹介して」
孝太郎は、ほな片付けしてこよー、と言って明はドアから手を離し孝太郎の隣の部屋に入っていった。部屋に戻ってから、春は孝太郎に言った。
「ぼくそんなの思ってないですからね! だっていつもちゃんと……」
気持ちいい、と伝えたいのに春は口にできない。あの頭がフワフワして身体がジンジンする感覚が気持ちいいということだもわかっているのに、それを口にして伝えるのが恥ずかしい。まごついていたら孝太郎が言った。
「あの人おれが大阪でホストしてた時の先輩なんです。失礼ですみません。決してその、根が悪い人ではないんですけど……たまにめちゃくちゃ感じが悪いというか、その、嫌な人の時があって……今日は嫌な人の時でした」
「彼も……ゲイなんですか」
「あの人はゲイじゃなくてバイセクシャルなので特別男だけが好きなわけでもないみたいです」
春はさっき明が孝太郎に手を絡めて繋いできたことが気になって、言及した。
「ただの先輩、なんですよね」
そうです、と孝太郎が答えたので春はもやもやを飲み込む。しかしもう終日、孝太郎から春に触れることはなかった。あの男の言葉を気にしているのか孝太郎の気持ちが離れたのか気になって春は自分から孝太郎に触れて、拒絶させなかった事にひっそりと安堵する。明の存在が、春の心に影を落としていた。
「入居されたんですね。どんな人だろう。あそこ、前に住んでた方はシングルマザーの親子だったんですよ」
「そうなんですね」
孝太郎はもう興味を失ったようで、戻りましょう、と春を誘う。しかし作業員の後ろから階段を上がってきた男がこちらに声をかけてきた。
「コタロー」
その男は狐のような細い吊り目の、シュッとした白に近い金髪の男だった。面立ちがくっきりとした孝太郎とはまた違うタイプの派手な色男だ。孝太郎は彼を見て、明さん、と呼んだ。明と呼ばれた男は口角を上げて親しげに孝太郎に片手を振る。
「どーや。びっくりしたやろ」
「え、いや……めちゃくちゃびっくりしましたよ。こんなとこで何してるんですか?」
明はまわりを見渡して、答えた。
「何って見たらわかるやろ。引っ越しや。お前の客やったマダムにこのハイツ紹介してもろてん。ここ家賃激安やなぁ」
「引っ越しって……そんなん来る前に言ってくださいよ」
「サプライズ。また仲良ぅしよう思って、お前と」
そう言って明が孝太郎の手を掴み、指を絡めるように握った。しかし孝太郎はすぐに振りほどいた。
「ちょっと! 明さん、困りますって」
へぇ、と言った明は孝太郎の横にいた春の顔を覗き込み、こんにちは、と挨拶してきた。
「こ、こんにちは……」
春がおずおずとそう返すと、明は孝太郎に聞いた。
「今日引っ越し終わったら家遊びに行ってもええ? 久しぶりに飯食わせてや。これもしかして豚汁の匂いちゃうん。おれ1番好き」
「今日は先約あるので駄目です」
そう孝太郎が断ると明は春を一瞥して言った。
「なぁ、この子家どこなん? タク代出したるから帰らせぇや」
「何言ってるんですか。そんなことしませんよ。それに春さんはこのハイツの住人でおれの隣です」
明は、ああ、と家の並びを見て言った。
「ほんで、お隣さんとお前こんな日曜に家で何してんの」
「何って……今おれ付き合ってるんですよ。この人と」
孝太郎がそう言うと明は目を見開いた。春の顔からつま先までジロッと眺める。
「お前、子供はやめとけや。じょーれーで捕まるぞ」
「おれより歳上です!」
子供、と言われて春はムッとしたが明も孝太郎に負けないくらい背が高いので並ぶとかなり自分が小さく思える。明がさらにからかうように言った。
「ちょっと手近で済ませすぎちゃうか~。そんなに彼氏欲しかったん」
「失礼なこと言わないで下さい! おれが好きで、付き合ってもらってるんです。好きじゃない人と付き合ったりしません」
明が、へぇ、と感心したように言った。
「それにしてもお前ラッキーやなぁ。たまたま横の住人がゲイやったなんて。東京てそんなゲイ多いんか」
「いや……春さんは、違いますけど……」
孝太郎がそう言うと明は目を丸くした。
「お前ノンケと付き合ってんの!?」
「悪いですか」
「悪くはないけど、セックスできんやん。中学生やあるまいし、そんなんで付き合ぅてるって言えんの?」
今まさにそのステップに進もうと苦戦しているところなのに、と春は眉をひそめる。
「ドア閉めますよ」
そう言った孝太郎を無視して、明はドアに手をかけて春に話しかけた。
「だってノンケからしたら男の裸なんかキショいだけやんなぁ。ちんこ勃てて襲ってこられたらサブイボ立つやろ。血迷ってんと早よ逃げや」
春が答える前に孝太郎が割り込み口を挟んだ。
「……明さん、下品なこと言うのやめてください。もう、閉めますからドア離してください」
「なんや冷たいな。大阪であんだけお前の世話焼いたのに。まぁええわ。東京やったらコタローが先輩やし。店なぁ、コタローのとこ行こと思ってるから明日紹介して」
孝太郎は、ほな片付けしてこよー、と言って明はドアから手を離し孝太郎の隣の部屋に入っていった。部屋に戻ってから、春は孝太郎に言った。
「ぼくそんなの思ってないですからね! だっていつもちゃんと……」
気持ちいい、と伝えたいのに春は口にできない。あの頭がフワフワして身体がジンジンする感覚が気持ちいいということだもわかっているのに、それを口にして伝えるのが恥ずかしい。まごついていたら孝太郎が言った。
「あの人おれが大阪でホストしてた時の先輩なんです。失礼ですみません。決してその、根が悪い人ではないんですけど……たまにめちゃくちゃ感じが悪いというか、その、嫌な人の時があって……今日は嫌な人の時でした」
「彼も……ゲイなんですか」
「あの人はゲイじゃなくてバイセクシャルなので特別男だけが好きなわけでもないみたいです」
春はさっき明が孝太郎に手を絡めて繋いできたことが気になって、言及した。
「ただの先輩、なんですよね」
そうです、と孝太郎が答えたので春はもやもやを飲み込む。しかしもう終日、孝太郎から春に触れることはなかった。あの男の言葉を気にしているのか孝太郎の気持ちが離れたのか気になって春は自分から孝太郎に触れて、拒絶させなかった事にひっそりと安堵する。明の存在が、春の心に影を落としていた。
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