59 / 86
28-1 パフェと初めての男
しおりを挟む「単行本の発売おめでとうございます~!」
そう円香は拍手とともに盛り上げたが向かいに座る春の笑顔は曇っている。円香はたまらず、尋ねた。
「あの……もしかして彼氏と何かありました?」
春はプライベートがもろに仕事に影響する性質だ。ここ1週間締め切りを破ることこそなかったが非常に仕事の進みが遅くリテイクやミスが増えているので円香は気になっていた。
「いえ、順調です……」
「先生……笑顔が引きつってます。もうどうせ隠せないんですし遠慮なく! 私に愚痴っちゃって下さい!」
「でも仕事に関係ない事なのに……」
「いーんです! 悩み事さっぱり解決して執筆に集中しましょう! それが1番です!」
円香が、経費ですので遠慮なく、と言って春の目の前に大きなパフェを注文した。パフェのバニラアイスをすくって食べながら春は、狐塚明の事を円香に打ち明けた。孝太郎の昔の先輩が引っ越してきたこと、彼はバイセクシャルであること。さらに職場が同じで毎日一緒に通勤していること。円香は楽観的に答えた。
「ただの友達じゃないんですか?」
「でも初対面の時にその人いきなり孝太郎くんの手を握ってきたんです。しかも大阪からわざわざ隣に引っ越してくるなんて……特別な好意があるみたいに見えて……」
「え! う、うーん……でもそれってそうだとしても一方的な好意なのでは!?」
そう円香は孝太郎のフォローをした。春は、確かに、と頷く。
「孝太郎くんは手を握られてもすぐに振り払ってましたし、ぼくのこともちゃんと恋人だって紹介してくれました。それにプライベートの時間は全てぼくと過ごしてます。やましいところは無いみたいなんですが、でも……自信がないんです。彼はバイセクシャルだと言ってました。たぶんぼくよりももっとうまく、孝太郎くんと付き合えると思います。ぼくは年上のくせに経験値も低くて頼りないからいつも孝太郎くんを不安にばかりさせてしまって……」
ぐるぐると悩む春に円香はキッパリと言った。
「不安にさせてしまうのは、それだけ守屋さんが先生を好きだからです! 好きだから不安になるんです。私、BL・GL・少女漫画で履修しましたよ。好きじゃなかったら不安になりません」
「それは……嬉しいんですけど……」
まだ腑に落ちない様子の春に円香はさらに言った。
「バイセクシャルの彼なら守屋さんと上手く付き合えると先生は言いますが、当の守屋さんにその気無いんじゃないですか!? だってもしそうなら大阪時代に付き合ってると思います。にも関わらず付き合っていないということは、昔からその狐塚という男の一方的な好意では?」
「……確かに孝太郎くんからあの人へのアクションは何も無いですね……行き帰りもいつもあの人から誘っているみたいですし」
春の顔色が少し明るくなる。
「先生はドーン、と構えてたらいいんです。今お隣さんに愛されて付き合っているのは先生なんですから。守屋さんモテそうですし、そういう一方的な思いを寄せる男の1人や2人、いても変じゃないです」
パフェを食べる春のスピードが軽快になったので、円香はホッとした。そしてさらに付け加える。
「先生、ご存知でますか? 印税って刷った分だけ入るので、もうすぐまとまったお金の振り込みがあるんです」
「あ、そうなんですね! ありがとうございます」
深々と頭を下げた春に円香は言った。
「そこで、リフレッシュ兼ねて彼氏と旅行でも行ってきてはいかがですか? その気がかりな男と同じハイツに毎日いては気詰まりにもなりましょう。離れたところで温泉に入って、美味しい食事を食べて、浴衣を着て、2人誰にも邪魔されずゆっくりまったりラブラブと。どうでしょう!?」
春の瞳がキラキラ、と輝き出した。円香はダメ押しで付け加える。
「そんなこと守屋さんとできるのは彼氏である先生だけです。所詮その大阪男は通勤するだけですから」
スプーンを置いた春はテンション高く返した。
「いいですね……旅行! 孝太郎くんへの日頃のお礼にもなりそうだし」
「愛も深まります!メロメロ間違いなしです」
明日言ってみます、と春はにこにこと微笑んだ。春のテンションを上げることに成功した円香は担当編集としてホッと胸を撫でおろして打ち合わせを再開した。
――…喫茶店で円香と別れ、ハイツに帰ろうと春が駅の近くを歩いていたら、たまたまコンビニから出て来た明と春は鉢合わせした。パッと目をそらして早足で行こうとした春に明は、こんにちはー、と間延びしたイントネーションで声をかけてきた。無視できず春が挨拶を返すと明が隣に並んだ。
「一緒に帰りーましょ。あ、GLOW吸ってもええ?」
そう言って明は買ったばかりの電子タバコを春の隣で吸い始めた。
1
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
恋をあきらめた美人上司、年下部下に“推し”認定されて逃げ場がない~「主任が笑うと、世界が綺麗になるんです」…やめて、好きになっちゃうから!
中岡 始
BL
30歳、広告代理店の主任・安藤理玖。
仕事は真面目に、私生活は質素に。美人系と言われても、恋愛はもう卒業した。
──そう、あの過去の失恋以来、自分の心は二度と動かないと決めていた。
そんな理玖の前に現れたのは、地方支社から異動してきた新入部下、中村大樹(25)。
高身長、高スペック、爽やかイケメン……だけど妙に距離が近い。
「主任って、本当に綺麗ですね」
「僕だけが気づいてるって、ちょっと嬉しいんです」
冗談でしょ。部下だし、年下だし──
なのに、毎日まっすぐに“推し活”みたいな視線で見つめられて、
いつの間にか平穏だったはずの心がざわつきはじめる。
手が触れたとき、雨の日の相合い傘、
ふと見せる優しい笑顔──
「安藤主任が笑ってくれれば、それでいいんです」
「でも…もし、少しでも僕を見てくれるなら──もっと、近づきたい」
これは恋?それともただの憧れ?
諦めたはずの心が、また熱を持ちはじめる。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる