ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 春は、はぁ、とため息をついた。

「放っておけなさそうな感じはしてましたけど……」

「すみません。でも大事な指名のお客さんの友達なんです。彼女と同じ田舎から出てきた幼馴染だそうで、そんな子がこんな事情でそういう道にいくのは、その……防げるものなら防ぎたいです。責任も感じますし……」

 シュン、と目を伏せる孝太郎に春は、仕方ないですね、と言って条件をつけた。

「夜までに帰ってきてください。日中だけ。それ以上は嫌です。夜ごはんはぼくと食べて下さい。セックスや……それに近い行為は絶対に駄目です。それでもいいですか?」

 そう春が尋ねると孝太郎が、ありがとうございます、と頭を下げる。春が付け加える。

「当日、お酒は飲まないでください。心配なので」

「飲みません、1滴も」

「キスも駄目ですよ」

「もちろんです。しません。おれもう春さん以外に触られるの無理ですし」


 そう真っ直ぐに話す孝太郎に春は、小さくため息をついた。

「それにしても自分に身体を売れ、なんて孝太郎くんに未練があるんでしょうね。さすがにもう気づいてますよね、特別な好意持たれてるって」 

 春の指摘に、半信半疑です、と孝太郎は答えた。

「好きとか言われた事ありませんし……あの人の態度も、そんな風には……」

「ぼくには見えます。だって孝太郎くんと通勤一緒にしなくなったのに未だにこのハイツに住んでるじゃないですか。あの人がここに住む理由、孝太郎くん以外無いでしょう」

 確かに、と孝太郎は考え込む。どちらかといえば派手で華やか事を好む明とこの古いハイツは正反対だ。春は言った。

「もうきっちりフってきてください。できますか?」

「はい」

「早く諦めて、孝太郎くんから離れてほしいです」

 孝太郎は春に、約束した。

「ちゃんと、はっきりと断ります。おれは春さんしか駄目やって」

 はい、と答えた春が立ち上がった。

「じゃあ今日はもう、帰りますね」

 まだ食事もしていないのに帰ると言い出した春に孝太郎は戸惑いを見せる。

「ごはん、食べて行かないんですか。さん怒ってますか?」

「めちゃくちゃ怒ってますよ。孝太郎くんに対してじゃなくてあの人に対してですけど」

 春の答えに孝太郎はバツ悪そうに聞いた。

「やっぱり……やめた方がいいですか、デート」

「いいです。そうしたら孝太郎くんお客さんのことで気に病むじゃないですか。知らない人とはいえぼくも……聞いてしまった以上気にならないとは言えません。だから、行ってきてください」

「じゃあなんで帰っちゃうんですか」

 不安を覗かせる孝太郎に春が言った。

「ぼくが帰るのは今一緒にいたらやっぱりあんな男とデートなんて行くなって言いそうになるからです」

「……春さん、ごめんなさい。我慢させてしまって」

「いいです。これを機に、きっちり失恋させてきてください。だって姿消しても東京まで追ってくるくらいですから」

 玄関に行こうとした春の腕を孝太郎が掴まえる。黙ったまま離さない孝太郎の指をほどくようにして、春は離れた。

「明後日のデートが終わったらまた、会いましょう」

「春さん……」

 情けない声を出して玄関までついてきた孝太郎に春が小さく笑った。

「白黒つけて帰ってきて下さい。2回目はありませんから。2回も自分の恋人を貸すほどぼくは心広くありません。次、孝太郎くんのまわりで同じような状況のお客さんがいてももうやめて欲しいです」

「……わかりました」

 靴を履く春に孝太郎は尋ねた。

「今日のごはん、ありますか。明日も……」

「2日くらいどうとでもなります。孝太郎くんは前にぼくが料理できたら立ち入る隙がなかったって言ってましたけど、ぼくは孝太郎くんの食事につられて毎日会ってるわけじゃありません。単純に……一緒にいるのが楽しいからです。付き合う前から……」

 孝太郎はぎゅっと自分の手を固く握りしめる。

「おれも、楽しいです! 春さんとごはん食べるのが1番美味しくて、幸せです!」

 春は寂しそうに笑って、幸せを壊すことしないで下さいね、と言い残して出ていった。孝太郎は春と食べようと思って買ってきた食材を冷蔵庫にしまう。バタン、と冷蔵庫の扉が閉まる音が1人になった部屋ではやけに大きく聞こえた。
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