ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 孝太郎はバツ悪そうに言った。

「……それは……理由、言わんでもわかるでしょ。あんなんあった後で何もなかったみたいにおれはできませんでした」

「何もなかったみたいにしろなんか言うてへんやろ。付き合ぅたらよかったやん」

 明の言葉に孝太郎は、え!? と声を上げた。明は目をそらしたままさらに言った。

「お前とおるのおもろいし、お前も楽しそうにしてたやん。おれお前と食う飯が1番美味かったし……お前頼りないけどおれしっかりしてるし。悪ない組み合わせや思ったけど」

「……でも、おれ明さんのことそういう目で見たことないです。今も……」

「気持ちなんか後からついてくるもんやろ。セックスして毎日一緒におったら。コタロー情湧きやすそうやし」

 孝太郎は、すみません、と明に深々と頭を下げた。

「おれは無理です。今までも、これからも……痛」

 明が孝太郎の額にデコピンをした。

「100万のデートの途中に何ばっさりフってんねん。もっとうまいこと流して曖昧にぼやけさせろや。思わせぶりに引っ張れ」

「そんなんできませんよ」

 明は、はいはい、と呆れたように相槌を打つ。

「彼氏のこと大好きでメロメロやからそんな不義理できひんねんな、首輪付いたワンちゃんは」

「違いますよ。そうやなくて明さんの事が好きやからです」

 は、と明が目を丸くしたので孝太郎は慌てて付け加えた。

「先輩として、です! 恋愛ちゃいます」

「お前大慌てで否定すんなや。感じ悪」

 すみません、と孝太郎が萎縮する。

「でもほんまに先輩として、大事っていうのはほんまです。明さん乱暴やし横暴やけど初めての夜の世界で右も左もわからん出来の悪いおれをずっと助けてくれてたし……感謝してます。それにおれがこんなに料理ハマったきっかけ、明さんですよ。いろいろリクエストされて作らされて、大変やったけど腕上がったし今思えば楽しかったです」

 お前さぁ、と明は頭を抱えながらたまごサンドを口に放り込む。

「お前色恋かけるかフるかどっちかに絞れや。同時にされたらアタマぐちゃぐちゃなるわ」

「明さんおれのこと、好きなんですか?」

 フった後で聞くなや、と明は孝太郎に凄んだ。

「察しろや、わかれ、聞くな」

「だってそんなん何も一言も言うてなかったやないですか。好きとかそういうのも一切なんも言われてへんし」

「お前おれがなんぼ奢ってた思てんねん。毎日ずっとお前のこと気にしてたやろ」

「すごく面倒見いい先輩やと思ってたんですよ!」

 ふぅん、と言った明はたまごサンドをどんどん食べ進める。

「……ムカつくくらい美味い。あの喫茶店の味完コピやん」

「よかった。マスターに電話して作り方聞いて練習したんですよ」

 わざわざ、と明は目を丸くした。

「だって100万のデートでしょう。コーヒー買ってきましょうか」

「え?その水筒飲み物ちゃうん」

「これスープジャーですよ。豚汁入れてきました」

 は? と明は顔をしかめて嫌な声を出した。

「お前なんでサンドイッチに豚汁やねん組み合わせめちゃくちゃやんけ。素直にスープつけろや」

「おれも思ったんですけど明さんの好物考えたらこうなって……まぁ明さんいつも食べたいもん食べるから組み合わせあんまり気にしてなかったしええかなって。お好み焼きにふりかけごはんとかたこ焼きとおにぎりとか」

「アホかそれ考えた上での組み合わせじゃ」

 すみません、と孝太郎が謝ると明が言った。

「それ持って帰ってええの」

「え?」

「豚汁」

「いいですよ」

「ほな帰りまで持ってて。夜に食うわ」

 はい、と孝太郎が笑うと明は聞いた。

「動物園の後、どこ行くん。まさか終日これちゃうやろな」

「動物園の後は東京タワーに行きます」

「観光客やん」

「だって明さん、こっちきてから観光なんかしてないでしょう」

「してへんけど」

 ぐるっと動物園を一周してから、2人はまたタクシーに乗り込む。発車してから明が言った。

「足疲れたわ」

「結構歩きましたからね」

 明が孝太郎の肩に、もたれかかる。

「どっか休憩入って脚揉んでや」

「休憩って……」

「なんもせんから。静かなとこで喋るだけ。東京タワーなんか行かんでええわ。おれはお前と行く通天閣の方がええよ」

「……なんかそんな曲ありましたね」

「おれも言いながら思ったけど、茶化すなや。なぁ、喋ろ。何もせんから」

 孝太郎が戸惑っていたら、明が言った。

「最後のつもりなんやったらそのくらい、聞けよ。朝起きてお前おらんなってて連絡もつかへんくて、おれ割とショックやったんやで。おれは付き合えると思ってた。だって……途中からはコタローも、してたやん」

 すみません、と孝太郎は謝る。

「謝って欲しーんちゃうわ。喋ろ。話すだけやから」

 そう言われた孝太郎は少し考えてから、喋るだけですよ、と念押しした。そして運転手に声をかけ、東京タワーから行き先を変更した。


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