ハイツ沈丁花の食卓

盆地パンチ

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 ハンバーグを食べながら春が唐突に聞いた。

「ね、孝太郎くんはものづくりとか興味ありますか?」

「ものづくり?」

「陶芸とか」

「陶芸ですか? やったことないですが……」

「……たとえば2人でお揃いの、お茶碗とか作れます。あの、そういう体験があるみたいで」

 春の誘いに気づいた孝太郎は、行きたいです! と目を輝かせる。春がはにかむように笑った。

「実は今日、ずっとそういうの調べてたんです。次自分が孝太郎くんとしたいデート」

 自分が明といる時に春がそんな事を考えていたと知った孝太郎は、机の上で春の手を握って誓った。

「春さん……。おれ、もう春さんとしかデートしません」

 春が、いえ、と慌てて断わった。

「それはいいです。だって孝太郎くん、お客さんとどこか行く時もあるでしょう? 仕事の邪魔にはなりたくないです」

「それはデートじゃないですよ! あ、なんなら春さんも来ていいですよ。おれがお客さんと一緒にどこか行く時には」

 春が、ええ! と戸惑いの声を上げた。

「それは変じゃないですか?」

「でもみんな写真見せたら春さんの事おれと別タイプのイケメンって言ってたし会いたがられてるので呼んでもいいかと……」

 そこまで言って孝太郎がハッとしたように、取り消します、と言った。

「……春さんが異性愛者だってうっかり忘れてました。おれのお客さんと仲良くしすぎるのはやめましょうか」

 春が、はは、とおかしげに笑った。

「やめてて下さい。ぼく絶対緊張しちゃうんで。絵梨花さんの時も実は緊張してたんですよ」

「……何で緊張するんですか」

「そこは掘り下げないで下さい……」

 バツ悪そうに目をそらした春に、もう、と孝太郎が唇を尖らせる。春が言った。

「でも孝太郎くんのお店にはもう一度行きたいです。仕事中のかっこいい孝太郎くん、もう1回見たくて。料金は自分で払いますので」

「えーっと……でも……店にはその、明さんもいますよ?」

 そう申し訳無さそうに言った孝太郎に春は、え、と声を上げた。

「聞いてないんですか? あの人お店来週から他に移るって言ってましたよ」

「え! そうなんですか!?」

「はい。今日の昼間にあの人の後輩って人が来て引っ越しの立会いしてたんですけど、その人が言ってました」

 引っ越し、と聞いて孝太郎が素っ頓狂な声を上げる。

「引っ越したんですか!?」

「横もう、空室ですよ。聞いてなかったんですか」

 ええ~、と困惑した声を上げた孝太郎に春が言った。

「あの……ぼくに気にせず狐塚さんに電話してみてもいいですよ。さすがに気になるでしょう。昔からの友人が知らない間に引っ越しをして店も変わってしまってたら……」

 孝太郎は少し考えて、やめておきます、と答えた。

「たぶんこれ意趣返しやと思うんで。おれが大阪にいた時にあの人に何も言わんと飛んだから。自分も急に消えてびっくりさしたろみたいなこと考えたんでしょう。だから、いいんです。あの人そういう子供っぽいところありますから」

 そうですか、と春はそれ以上狐塚の話をするのをやめた。

「そういえば……孝太郎くん最近前よりちょこちょこ大阪弁混ざるの増えましたね」

「気が抜けてます……あと、嬉しくて、取り繕う余裕もなくて。おれ春さんの前だともう犬で例えたら全力で尻尾振って飛び跳ねてる状態なんです。心の中では」

「ふふ。可愛くていいと思います」

 ハンバーグを綺麗に平らげて片付けを終えてから、どちらともなく抱き合ってキスを繰り返す。キッチンからベッドになだれ込み、押し倒された春が言った。

「あの、少し前から思ってたんですけど……」

「なんですか?」

「ぼくたち敬語、そろそろやめませんか。こういうことしてるのにそれも変だなって……」

 春に覆いかぶさっていた孝太郎は、ですね、と笑って言った。

「じゃあ、今からやめましょうか」

「それ敬語ですよ」

「春さんこそ……」

「うう……」

 慣れへんな、と孝太郎は笑った。

「あかん。敬語やめたらすごい関西弁になりそう……『です・ます』は普通に言えるけど『だよ』とか『じゃん』は出ぇへん……」

「敬語だと方言出ないですもんね」


 孝太郎が、あ、と声を上げて春にキスをした。

「今敬語使いましたよ」

「孝太郎くんも!」

 そう言って春が孝太郎の頬を掴んで引き寄せ、キスをした。孝太郎が、は、と笑った。

「なんなん敬語喋ったらちゅーするルール」 

「はは。大阪っぽいツッコミきましたね」

 キスされてから困った顔で、早く慣れる、と春が言った。それに、うん、と孝太郎が頷く。孝太郎は満面の笑みで言った。

「春さん、めっちゃ大好き」

 ぼくも大好き、と春は返した。



 ――…2人の、ハイツ沈丁花での日常はこれからも続いていく。二口しかないキッチン、狭すぎるバスタブ、少し隙間の空いている網戸。それでも互いがいて、美味しいごはんがあれば幸せだった。

 明日は一緒に何を食べようか、なんて話しながら、どこにでもいるありふれた恋人同士として慎ましやかに愛を育む。





END


⇛スピンオフ【ポルコスピーノ新宿の遊戯】に続く
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感想 1

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みんなの感想(1件)

新しい
2024.03.26 新しい

完結🌸お疲れ様です。
最後まで見たいので、完結作品をよく見させてもらっています。
ストーリー紹介で、良さそうと思い読ませてもらいました。
まだ途中ですが、あまりに可愛い(♥ó㉨ò)ノストーリーだったので(´>∀<`)ゝ感想を送ってしまいました。

2024.04.03 盆地パンチ

初感想ありがとうございます!😭✨アプリに不慣れで返信遅くなりすみません。まだ途中とのこと、最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです〜!🥰

解除

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