86 / 86
38-3
しおりを挟む
ハンバーグを食べながら春が唐突に聞いた。
「ね、孝太郎くんはものづくりとか興味ありますか?」
「ものづくり?」
「陶芸とか」
「陶芸ですか? やったことないですが……」
「……たとえば2人でお揃いの、お茶碗とか作れます。あの、そういう体験があるみたいで」
春の誘いに気づいた孝太郎は、行きたいです! と目を輝かせる。春がはにかむように笑った。
「実は今日、ずっとそういうの調べてたんです。次自分が孝太郎くんとしたいデート」
自分が明といる時に春がそんな事を考えていたと知った孝太郎は、机の上で春の手を握って誓った。
「春さん……。おれ、もう春さんとしかデートしません」
春が、いえ、と慌てて断わった。
「それはいいです。だって孝太郎くん、お客さんとどこか行く時もあるでしょう? 仕事の邪魔にはなりたくないです」
「それはデートじゃないですよ! あ、なんなら春さんも来ていいですよ。おれがお客さんと一緒にどこか行く時には」
春が、ええ! と戸惑いの声を上げた。
「それは変じゃないですか?」
「でもみんな写真見せたら春さんの事おれと別タイプのイケメンって言ってたし会いたがられてるので呼んでもいいかと……」
そこまで言って孝太郎がハッとしたように、取り消します、と言った。
「……春さんが異性愛者だってうっかり忘れてました。おれのお客さんと仲良くしすぎるのはやめましょうか」
春が、はは、とおかしげに笑った。
「やめてて下さい。ぼく絶対緊張しちゃうんで。絵梨花さんの時も実は緊張してたんですよ」
「……何で緊張するんですか」
「そこは掘り下げないで下さい……」
バツ悪そうに目をそらした春に、もう、と孝太郎が唇を尖らせる。春が言った。
「でも孝太郎くんのお店にはもう一度行きたいです。仕事中のかっこいい孝太郎くん、もう1回見たくて。料金は自分で払いますので」
「えーっと……でも……店にはその、明さんもいますよ?」
そう申し訳無さそうに言った孝太郎に春は、え、と声を上げた。
「聞いてないんですか? あの人お店来週から他に移るって言ってましたよ」
「え! そうなんですか!?」
「はい。今日の昼間にあの人の後輩って人が来て引っ越しの立会いしてたんですけど、その人が言ってました」
引っ越し、と聞いて孝太郎が素っ頓狂な声を上げる。
「引っ越したんですか!?」
「横もう、空室ですよ。聞いてなかったんですか」
ええ~、と困惑した声を上げた孝太郎に春が言った。
「あの……ぼくに気にせず狐塚さんに電話してみてもいいですよ。さすがに気になるでしょう。昔からの友人が知らない間に引っ越しをして店も変わってしまってたら……」
孝太郎は少し考えて、やめておきます、と答えた。
「たぶんこれ意趣返しやと思うんで。おれが大阪にいた時にあの人に何も言わんと飛んだから。自分も急に消えてびっくりさしたろみたいなこと考えたんでしょう。だから、いいんです。あの人そういう子供っぽいところありますから」
そうですか、と春はそれ以上狐塚の話をするのをやめた。
「そういえば……孝太郎くん最近前よりちょこちょこ大阪弁混ざるの増えましたね」
「気が抜けてます……あと、嬉しくて、取り繕う余裕もなくて。おれ春さんの前だともう犬で例えたら全力で尻尾振って飛び跳ねてる状態なんです。心の中では」
「ふふ。可愛くていいと思います」
ハンバーグを綺麗に平らげて片付けを終えてから、どちらともなく抱き合ってキスを繰り返す。キッチンからベッドになだれ込み、押し倒された春が言った。
「あの、少し前から思ってたんですけど……」
「なんですか?」
「ぼくたち敬語、そろそろやめませんか。こういうことしてるのにそれも変だなって……」
春に覆いかぶさっていた孝太郎は、ですね、と笑って言った。
「じゃあ、今からやめましょうか」
「それ敬語ですよ」
「春さんこそ……」
「うう……」
慣れへんな、と孝太郎は笑った。
「あかん。敬語やめたらすごい関西弁になりそう……『です・ます』は普通に言えるけど『だよ』とか『じゃん』は出ぇへん……」
「敬語だと方言出ないですもんね」
孝太郎が、あ、と声を上げて春にキスをした。
「今敬語使いましたよ」
「孝太郎くんも!」
そう言って春が孝太郎の頬を掴んで引き寄せ、キスをした。孝太郎が、は、と笑った。
「なんなん敬語喋ったらちゅーするルール」
「はは。大阪っぽいツッコミきましたね」
キスされてから困った顔で、早く慣れる、と春が言った。それに、うん、と孝太郎が頷く。孝太郎は満面の笑みで言った。
「春さん、めっちゃ大好き」
ぼくも大好き、と春は返した。
――…2人の、ハイツ沈丁花での日常はこれからも続いていく。二口しかないキッチン、狭すぎるバスタブ、少し隙間の空いている網戸。それでも互いがいて、美味しいごはんがあれば幸せだった。
明日は一緒に何を食べようか、なんて話しながら、どこにでもいるありふれた恋人同士として慎ましやかに愛を育む。
END
⇛スピンオフ【ポルコスピーノ新宿の遊戯】に続く
「ね、孝太郎くんはものづくりとか興味ありますか?」
「ものづくり?」
「陶芸とか」
「陶芸ですか? やったことないですが……」
「……たとえば2人でお揃いの、お茶碗とか作れます。あの、そういう体験があるみたいで」
春の誘いに気づいた孝太郎は、行きたいです! と目を輝かせる。春がはにかむように笑った。
「実は今日、ずっとそういうの調べてたんです。次自分が孝太郎くんとしたいデート」
自分が明といる時に春がそんな事を考えていたと知った孝太郎は、机の上で春の手を握って誓った。
「春さん……。おれ、もう春さんとしかデートしません」
春が、いえ、と慌てて断わった。
「それはいいです。だって孝太郎くん、お客さんとどこか行く時もあるでしょう? 仕事の邪魔にはなりたくないです」
「それはデートじゃないですよ! あ、なんなら春さんも来ていいですよ。おれがお客さんと一緒にどこか行く時には」
春が、ええ! と戸惑いの声を上げた。
「それは変じゃないですか?」
「でもみんな写真見せたら春さんの事おれと別タイプのイケメンって言ってたし会いたがられてるので呼んでもいいかと……」
そこまで言って孝太郎がハッとしたように、取り消します、と言った。
「……春さんが異性愛者だってうっかり忘れてました。おれのお客さんと仲良くしすぎるのはやめましょうか」
春が、はは、とおかしげに笑った。
「やめてて下さい。ぼく絶対緊張しちゃうんで。絵梨花さんの時も実は緊張してたんですよ」
「……何で緊張するんですか」
「そこは掘り下げないで下さい……」
バツ悪そうに目をそらした春に、もう、と孝太郎が唇を尖らせる。春が言った。
「でも孝太郎くんのお店にはもう一度行きたいです。仕事中のかっこいい孝太郎くん、もう1回見たくて。料金は自分で払いますので」
「えーっと……でも……店にはその、明さんもいますよ?」
そう申し訳無さそうに言った孝太郎に春は、え、と声を上げた。
「聞いてないんですか? あの人お店来週から他に移るって言ってましたよ」
「え! そうなんですか!?」
「はい。今日の昼間にあの人の後輩って人が来て引っ越しの立会いしてたんですけど、その人が言ってました」
引っ越し、と聞いて孝太郎が素っ頓狂な声を上げる。
「引っ越したんですか!?」
「横もう、空室ですよ。聞いてなかったんですか」
ええ~、と困惑した声を上げた孝太郎に春が言った。
「あの……ぼくに気にせず狐塚さんに電話してみてもいいですよ。さすがに気になるでしょう。昔からの友人が知らない間に引っ越しをして店も変わってしまってたら……」
孝太郎は少し考えて、やめておきます、と答えた。
「たぶんこれ意趣返しやと思うんで。おれが大阪にいた時にあの人に何も言わんと飛んだから。自分も急に消えてびっくりさしたろみたいなこと考えたんでしょう。だから、いいんです。あの人そういう子供っぽいところありますから」
そうですか、と春はそれ以上狐塚の話をするのをやめた。
「そういえば……孝太郎くん最近前よりちょこちょこ大阪弁混ざるの増えましたね」
「気が抜けてます……あと、嬉しくて、取り繕う余裕もなくて。おれ春さんの前だともう犬で例えたら全力で尻尾振って飛び跳ねてる状態なんです。心の中では」
「ふふ。可愛くていいと思います」
ハンバーグを綺麗に平らげて片付けを終えてから、どちらともなく抱き合ってキスを繰り返す。キッチンからベッドになだれ込み、押し倒された春が言った。
「あの、少し前から思ってたんですけど……」
「なんですか?」
「ぼくたち敬語、そろそろやめませんか。こういうことしてるのにそれも変だなって……」
春に覆いかぶさっていた孝太郎は、ですね、と笑って言った。
「じゃあ、今からやめましょうか」
「それ敬語ですよ」
「春さんこそ……」
「うう……」
慣れへんな、と孝太郎は笑った。
「あかん。敬語やめたらすごい関西弁になりそう……『です・ます』は普通に言えるけど『だよ』とか『じゃん』は出ぇへん……」
「敬語だと方言出ないですもんね」
孝太郎が、あ、と声を上げて春にキスをした。
「今敬語使いましたよ」
「孝太郎くんも!」
そう言って春が孝太郎の頬を掴んで引き寄せ、キスをした。孝太郎が、は、と笑った。
「なんなん敬語喋ったらちゅーするルール」
「はは。大阪っぽいツッコミきましたね」
キスされてから困った顔で、早く慣れる、と春が言った。それに、うん、と孝太郎が頷く。孝太郎は満面の笑みで言った。
「春さん、めっちゃ大好き」
ぼくも大好き、と春は返した。
――…2人の、ハイツ沈丁花での日常はこれからも続いていく。二口しかないキッチン、狭すぎるバスタブ、少し隙間の空いている網戸。それでも互いがいて、美味しいごはんがあれば幸せだった。
明日は一緒に何を食べようか、なんて話しながら、どこにでもいるありふれた恋人同士として慎ましやかに愛を育む。
END
⇛スピンオフ【ポルコスピーノ新宿の遊戯】に続く
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結🌸お疲れ様です。
最後まで見たいので、完結作品をよく見させてもらっています。
ストーリー紹介で、良さそうと思い読ませてもらいました。
まだ途中ですが、あまりに可愛い(♥ó㉨ò)ノストーリーだったので(´>∀<`)ゝ感想を送ってしまいました。
初感想ありがとうございます!😭✨アプリに不慣れで返信遅くなりすみません。まだ途中とのこと、最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです〜!🥰