The Three copper coin's Tawdry Tales 「異邦人の書」

まるこめX

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混血の放浪者 2-3

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気配は途切れ、緊張からくる汗が背筋を撫でるのをやっと感じた。
広場に据えられた松明の灯りが輝き、放浪者は暗がりから抜け出た。
一瞬目を閉じ、暗視から通常視界に馴染ませた。
オークの血は、その混血児に暗闇でのものの見方を会得させる。

広場をぐるりと見渡しても、相変わらず人の気配は少ない。
おそらく寝静まる時間であろうが、酒場の在りかはすぐに分かった。
一軒だけ、窓からもれる明かりが灯っている。
気配の主はいつ現れるか分からない、外の炊事場の炉は消えているが席ひとつは尋ねる事はできるだろう。
放浪者は酒場の扉を開き中に入った。

静かというよりは寂れている、そういった印象だった。
右側にテーブルが2つ、左側にあるカウンターには数脚のスツール。
灯りは天井から下げられたランタンが1つ、それだけの光源で賄える程度の小さな酒場であった。
吟遊詩人も旅の芸人も喧噪もない。

奥のテーブルにおそらく馴染みの客であろう、初老を迎えた3人の男達が物珍し気に、そして警戒してこちらを見て取った、僅かな侮蔑も。
賭け事をしていた様子で、テーブルの上には使い古したダイスと幾つかの小石が散らかっていた。

入口と対角線状に開かれた窓があった、放浪者は気配の主が追ってくる事を警戒して扉からは遠い、そして窓に近いカウンターの一席に腰を下ろそうとした。

「そこはボネの席だ」

警告めいた声が、男から聞こえた。
無精ひげを蓄え頬の皮膚が垂れ下がった男の形相はより年齢を感じさせる。
それが笑いもせず睨みつけ、ほかの二人はその声に嘲るような笑い声をもらしそうになっていた。
放浪者は違う席に座りなおそうと踏み出せば。

「そっちはジャンのだ。他を当たんな」

「他の席はねえよ!おめえさんの席なんて用意されてねえのさ、表の水瓶でも抱えて火の番でもしてなぁよそ者さんよぉ!」

堪らず男達は笑い声を挙げた、よほど歓迎されていないのだろう。
こういう手合いの対処には慣れている、だがここでひと悶着起こすつもりは毛頭無かった。
まだ尾行される可能性はあるが、どこかで野宿でもしようかと算段していた所。
放浪者の前にエールが注がれたジョッキが置かれた。

「気にせずに座りな旅人さん、話は聞いているよ。あんただろう?ダヤンを助けてくれたのは、こいつはあたしからの礼だ。あのバカ達は気にせず好きなところに座っとくれ」

気風の良い女性だ、年頃はダヤンの母親と変わらないといったところか。
彼女とは真反対な雰囲気だが、放浪者を見つめる眼差しには寛容さを感じた。

「余計な事をするんじゃねえメイヤーナ!そいつが居ると酒がまずくなる!」

「あたしの店だ、あたしがどうしようと勝手さおいぼれども」

「てめぇ!誰がこの店をこしらえてやったとおもってやがる!オレ達が汗水垂らしてここを誂えたんだ、てめえのおやじの代になぁ!」

「ハンッ、そりゃご苦労さんだったね木工師さん達よ!じゃあそのご自慢の技術で稼いだ金でツケを払ってもらおうじゃないの!……どうだい持ち合わせているのかい?」

男達はぐうの音も出ないと言った風に口の中で呻いていた、何も言わず座り込み。
恨みがましい呟きをめいめい唱えて、女主人の凄みに屈した。

「悪いね旅人さん、気を悪くしないでおくれ。あぁ見えても腕の良い技術屋達なのさ。昔はね……。今ではあの有様だ、何かに当たらないと気が済まないのさ」

「いや……大丈夫だ、気にしないでくれ」

「改めて礼を言わしとくれ、ラナはあたしの親友でね。ダヤンはあたしの息子も同然さ、本当にありがとう」

メイヤーナは恭しく礼を向けた、放浪者はかぶりを振ってそれを制した。

「いや、助けられたのはおれも同然だ、ダヤンが居なければ外で野たれ死んでいた。それにあんたはこの店におれを置いてくれた」

放浪者はジョッキを掴み、掲げて見せた。メイヤーナはそういうならと肩をすくめて見せた。

「悪いけど、食事はもう終わっていてね。残り物しか無いんだけど、何か食べていくかい?」

居座らせて貰うからには多少金を落としておいた方がいいだろうと、放浪者は財布を取り出し、銀貨を1枚を置いた。本来ならばそこそこいい宿に泊まれる金額だが、この村の状況を見れば相場は上がっていると考えた。
村の今の物価がどの程度かはわからないがこの規模でなら十分な食事がとれるであろう。

「肉は貴重で滅多に入らないけど、ローストした野菜ならあるよ。まぁ、冷えてるけどね、あとは塩漬けにした鶏肉なら、ありがたく頂戴しておくよ」

「カーヤ!倉庫からワインをとっておくれ!」

女主人は天井に向かって声を張り上げた。
反応はなかった。

「娘さ、主人が居なくなってからあたしが一人で育ててるんだけども、あまりいう事を聞いてくれなくてね。カーヤ!!!」

念を押すように女主人が怒気を混めて告げた。
天井からため息が聞こえた気がする。ややあって、壁際についた梯子から少女が下りてきた。
ダヤンと年頃は変わらないが少し年上と言った風だった、なるほど女主人によく似ている、男勝りな目つきがそっくりだった。

「いらっしゃい、ごゆっくり……」

それだけ言って去ろうとする娘をひっ捕まえて、メイヤーナはボウルに盛った食材を押し付けた。

「ちょっと待ったお嬢さん、これを外の冷えたスープに入れて温めなおしてくんな」

「ハァ!?なんでわたしが!」

「ダヤンを助けてくれた人に、どうしても会って礼をしたいってあんた言ってたじゃないか、えぇ、あんなに泣き顔さらしてさ」

「……ッ!……チッ!」

恥ずかしさに顔を真っ赤にした少女は舌打ちし、ひったくるように食材を持って玄関を飛び出した。
その様子をにやにやとしながら母は見送った。

「おいカーヤ!おれたちの分も頼むぜ!」

「……くたばんなッ!酔っ払いども!」

3人の男達はからかいも他所にまた賭け事に興じ始めている。
時折こちらを見る視線は相変わらずだが、出会いがしらとは打って変わって大人しいものだ。

「冷えた野菜しかないって言わなかったか?」

「あぁ、言ったね。でも銀貨一枚なんて貰いすぎさ、あの子は火の扱いは心得てるよ。それに、こんな夜に冷えたものばかりってのも体に毒だろう?」

 外から木がはぜる音がややあって聞こえはじめた、冷めたスープを温めなおすには時間も少々あるだろう。カウンターに身を乗り出した女主人は出口越しに娘の仕事ぶりを満足気に感じていた。

「あの子の父親は……?」

「あたしの夫かい?……やだねぇ、口説いてんのかい?」

「…………」

「なぁに黙ってんのさ!言ったあたしがバカみたいじゃない、冗談よ冗談!」

カウンター越しに肩をバンバンと叩かれた、ちょっと圧が痛い。

「……さぁねえ、どこでどうしているのやら。……3年前カマルと一緒に出たっきりさ」

「カマル。……ダヤンの父親か」

メイヤーナの夫はこの村の生まれで木工師の一人であったらしい、ダヤンが外からやってきた昔、彼の革新的なやりかたに賛同した一人であった。
行商としても優秀で、今村の蓄えとしてある保存食や酒その他雑品は彼が持ち運んできたものらしい。
その才を生かしてカマルとは友人でありビジネスパートナーとなった。
そして3年前、カマルに同行していずこかへ行き、そのまま音信不通となっている。

「本当に……どこで道草くってるんだろうね、あの人は」

「……心当たりはあるのか?」

天井を見上げ、息を大きく吐きながら何もないと両手を女主人は広げて笑って見せた。
おどけているようだったが、諦めきれないという風にその眼は物語っていた。

「いんや……でも。あの人は逃げたりはしないさ、そんな楽な道を選ぶほどあの人は曲がっちゃいない、柳のように折れにくい心を持っているのさ。カマルもそうさ、あたし達はそれを知って居る、ラナも……あたしも」

「まぁ、夫をそそのかしたカマルには一言物申さなきゃ気が済まないけどね、あいつはまっすぐだけど、疑う事を知らない風だったから……そんなバカに夫はあてられちまったのさ、ラナもね」

泡の消えたエールの中身を覗き込んだ、薄明りに揺れる麦酒の水面は放浪者の眼差しを映し、ふと何かを思い出したように、たずねた。

「もう一人、ラナから男が居たと聞いた。その男が、カマルに新しい技法を伝え、それが原因でこの一帯の緑は失われたと」

女主人は放浪者を見つめ返した、静かではあったがどこか困惑したように目を泳がせていた。

「……そうだね、そのはずなんだけど、そいつの事をよく思い出せないんだよ。姿かたちはおろか、名前すらもね。なんて言ったっけな……」

女主人の様子を看破しようと試みたが、どうやら……嘘はついていない様子だった。
どうやら本当に覚えていないらしい、あるいは、知らないか。
覚えていないものであろうか、村をこのような状況に陥れた者を……。
放浪者はどこか違和感を覚え、マスクの下をめくりあげ、そっとエールを飲もうとしたが、視線は入口の気配に向いた。

「これはこれは、あんたがウワサの旅人って訳かい?」

その酒場の灯りに照らされる痩躯の男、音のしない革鎧、旅慣れしているのであろう纏うローブは擦り切れており、その不敵な笑みは放浪者へと向けられていた。
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