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"完全"な彼女の出会い

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 高校3年生。
 僕は同じクラスにいた1人の女の子に圧倒され、魅了された。
 彼女は常に明るくポジティブで、誰に対しても平等に優しく、おまけに成績も優秀だった。男女問わず誰もが彼女の笑顔に魅了されていた。彼女の周りには常に人が集まり、ひと時も笑顔を絶やさず全員に対応していた。テーマパークのスタッフみたいだと思った。
 彼女は"完全"だ。少なくとも僕にはそう見えた。そして不完全な自分とは真逆に位置する人間だと思った。
 彼女の見た目はそれほど美人というわけではなかったが、その笑顔や振る舞いから絶世の美女にも見えた。いつの間にか僕は彼女のことを目で追うようになっていた。僕は家に帰り、閉店後の1階で撫でている猫に話しかけてみた。
「あの子と僕は何が違ったのかな?」
猫は小さく鳴いて、僕の足に頭突きした。

 数日後。
 音楽の授業が終わり、僕が最後に音楽室を出ようとしたところで先生に声をかけられた。
「これ、引き出しの中に忘れてたから渡してあげて。」
手には1冊のノートがあった。
彼女のものだった。
「わかりました。」
僕はノートを受け取り教室を出た。
 彼女はどんな字を書くのだろうと僕はふと思った。ノートを開いて見てみようかと思ったが、それは絶対にしてはいけないような気がしたので止めた。緊張しながら教室に戻り、彼女の席を見た。幸いにもその時は、周りの人だかりはいなかった。
 僕は彼女にノートを手渡した。
「これ、音楽室に忘れてたよ。」
「ありがとう。わざわざごめんね。」
 僕はこんなに近くで彼女の笑顔を見たのは初めてだったので、再び圧倒された。ましてや僕に向けられた笑顔だ。
呆然としている自分に気づいた僕が慌てて席に戻ろうとしたところで、彼女は僕を呼び止めた。
「あのさ、数学を教えてくれない?」
 僕は戸惑った。鼓動が速くなった。
「いいけど。なんで?」
"なんで僕なんかに"という意味だ。
「苦手なんだよね。あなたは数学が得意そうだからさ。」
「役に立つかは分からないけど、僕は構わないよ。」
「ありがとう。今日の放課後でも大丈夫?」
「うん。」
「じゃあ、教室で待ってるね。」
 僕は自分の席に戻った。その後の授業は頭に入らなかった。"数学なんて勉強して何の意味があるの?"と学生はよく言うけれど、少なくとも今の僕は"数学を勉強しといて良かった"と確信している。

 17時。
 放課後のチャイムを合図に僕の鼓動は一気に速くなった。
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