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第1章
第1話:神も悪魔もいない世で
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18歳の青年・紅は、陽の当たらぬ地下文明に生まれ育った。
彼は「足るを知る」ことこそ幸せの極意と心得、旺盛な好奇心に理性の蓋する術を持つ。
幼少の渇きゆえ、満足の水位を低く誤認しており、愛する家族、故郷を守ることに執着しているらしい。
ある日、死の地上で有り得べからざるもの……生きた人間に遇した際も一等冷静で、見捨てることに何らの迷いも無く。
けれど慕う家族に説き伏せられ、連れ帰った男を見張っている最中だ。
感じるべきではない責任まで自ら負うことが、唯一の若者らしさだったといえる。
──ここからは、彼の記憶に譲るとしよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。この小屋には、月明りを模した光すら差し込まない。本をどうにか読める程度の仄暗さだ。
(ああ……ホント最悪な一日。せっかく初めて地上に行けたっていうのにさ)
今夜は休めと指示されながらも、無理を言って見張りを交代してから、どれほど経ったのか。
ようやく目覚めた眼前の男に、葡萄色の瞳で見つめられ……なぜか既に好感を持てなかった。
「ん~…、おはよぉ。ここはどこ? きみ、紅くんって呼ばれてたよね?」
「お前は何者だ」
距離を取ったまま短く返しながら──手元の本に忍ばせていた緊急用の小さな呼出端末を、閉じる動作によって押す。
これですぐに仲間が駆けつけるはずだ。
(外からの災いで滅んだ物語なんて、いくつもある。コイツは絶対におかしい……。
見つけた責任をとって、俺が必ず追い出してやる)
「……きみ、本が好きなのかい?」
「聞かれたことに答えろ。なぜ地上で生きていられた」
そう、それだけは知っておきたい。人型でいれば、必ず機械生命体によって焼き殺されるはず。
ただ面倒を抱えたんじゃなくて、どうせなら役に立つ情報がほしい。家族と仲間のためにも。
手首を寝台と鎖──電子錠で繋がれていると気づいた男は、それを意に介すことなくゆったりと起きて腰かけた。
合わせて揺れる肩よりも短い金髪は、不自然にきらめく。
「ぼく、ベルフェゴール。こことは異なる世界から来たんだ。えへへ、実は人間じゃないんだよねぇ」
(普段なら一笑して終わり、なのに。……どういうワケか、その方が違和感ないな)
上手く言えないけど……しゃべるともっと異様だ、コイツ。
その瞳孔はヤギのように横長く、妖しく輝いている。
顔立ちは美しすぎて、かえって美しいとはあまり思えなかった。
「人間じゃないなら、何なんだ?」
「ん~……。ビックリさせちゃうかもしれないけどぉ、《悪魔》だよ。嫌わないでほしいなぁ」
「?」
聞きなれない言葉に、一瞬戸惑う。………既に嫌いだと、伝えるべきなのか。
「え、ウソでしょ。もしかして悪魔のこと知らない?」
「知らない」
「マジで!? ……ぼくたち悪魔っていうのは、《神》に反逆する存在でぇ―…って、その顔。
ま、まさか神も知らないの!?」
「知らない」
上っ面だけの猫なで声が不審な上に、意味の分からない言葉を並べられて余計に警戒する。
「えー……この異世界ヤバい、面倒い~。
サタンごめん、ぼくやっぱり世界を救えないかもぉ…」
「異世界って……。勝手に訪ねて来て、こっちが他所みたいな言い方するな」
◆◆◆◆
素っ気ないこちらの反応に構わず、ベルフェゴールという何かは続ける。
「ねぇ、そっちも質問に答えてよ~。紅くんは本が好きなの?」
「だったら何?」
「あのね、ぼくも1冊だけ持ってるんだよぉ、すっごく特別なやつ………。
きみ、『全知の書』って興味ない? すべてが記されてる本でさぁ」
………信じるヤツがいると思うんだろうか。俺は半ば呆れた口調で尋ねてみた。
「じゃあ、地上にいる機械生命体って何なんだ? 調べてくれよ」
「そこ! そこなんだよねぇ。きみらの世界のことだけ、この本に載ってないの」
「………苦しい言い訳だな。一瞬でバレる嘘つくな」
俺の目線がさらに冷たくなったことに気づいたのか、
「ち、ちがうよぉ! 嘘つきとか詐欺師とか、悪魔に対する偏見だからね?
だいたい聞かれたことには、ちゃんと答えるのにぃ……」
と不服そうだ。そしてさらに言い募る。
「あのね、ぼくがいた……紅くんから見た、異世界ではね。
いきなり現れた機械生命体が、ぼくら悪魔の力の源になる人類をバンバン殺しちゃっててさぁ」
「!」
さすがに聞き捨てならない。こっちと同じヤツが他の世界にもいるのか?
「そしたらサタン──僕の上司、でいいのかな。
そいつに神が、『全知の書』を貸してくれたのよ。この本を使ってどうにかせい、ってことだねぇ」
すると、一瞬のうちに真っ白い表紙の本が、男の手の平に出現していた。
それは大きさこそ普通と変わりないものの、少し浮いていて──。
不思議と心安らぐ光を放っており、コイツと不似合いな印象だ。
その優し気な光に目を奪われながら、「お前にも上司いるんだ。その人かわいそう」と小声で言うと、「なんでよっ!?」と聞き返された。そんなの分かるだろ。
つい軽口を叩いてしまったと本から視線を上げれば、俺を値踏みしているであろう瞳と目が合う。
そこに浮かんでいるのは………「興味」「嘲笑」そして、「恍惚」──?
俺はやっぱりコイツを好きになれない、と強く思った。
彼は「足るを知る」ことこそ幸せの極意と心得、旺盛な好奇心に理性の蓋する術を持つ。
幼少の渇きゆえ、満足の水位を低く誤認しており、愛する家族、故郷を守ることに執着しているらしい。
ある日、死の地上で有り得べからざるもの……生きた人間に遇した際も一等冷静で、見捨てることに何らの迷いも無く。
けれど慕う家族に説き伏せられ、連れ帰った男を見張っている最中だ。
感じるべきではない責任まで自ら負うことが、唯一の若者らしさだったといえる。
──ここからは、彼の記憶に譲るとしよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。この小屋には、月明りを模した光すら差し込まない。本をどうにか読める程度の仄暗さだ。
(ああ……ホント最悪な一日。せっかく初めて地上に行けたっていうのにさ)
今夜は休めと指示されながらも、無理を言って見張りを交代してから、どれほど経ったのか。
ようやく目覚めた眼前の男に、葡萄色の瞳で見つめられ……なぜか既に好感を持てなかった。
「ん~…、おはよぉ。ここはどこ? きみ、紅くんって呼ばれてたよね?」
「お前は何者だ」
距離を取ったまま短く返しながら──手元の本に忍ばせていた緊急用の小さな呼出端末を、閉じる動作によって押す。
これですぐに仲間が駆けつけるはずだ。
(外からの災いで滅んだ物語なんて、いくつもある。コイツは絶対におかしい……。
見つけた責任をとって、俺が必ず追い出してやる)
「……きみ、本が好きなのかい?」
「聞かれたことに答えろ。なぜ地上で生きていられた」
そう、それだけは知っておきたい。人型でいれば、必ず機械生命体によって焼き殺されるはず。
ただ面倒を抱えたんじゃなくて、どうせなら役に立つ情報がほしい。家族と仲間のためにも。
手首を寝台と鎖──電子錠で繋がれていると気づいた男は、それを意に介すことなくゆったりと起きて腰かけた。
合わせて揺れる肩よりも短い金髪は、不自然にきらめく。
「ぼく、ベルフェゴール。こことは異なる世界から来たんだ。えへへ、実は人間じゃないんだよねぇ」
(普段なら一笑して終わり、なのに。……どういうワケか、その方が違和感ないな)
上手く言えないけど……しゃべるともっと異様だ、コイツ。
その瞳孔はヤギのように横長く、妖しく輝いている。
顔立ちは美しすぎて、かえって美しいとはあまり思えなかった。
「人間じゃないなら、何なんだ?」
「ん~……。ビックリさせちゃうかもしれないけどぉ、《悪魔》だよ。嫌わないでほしいなぁ」
「?」
聞きなれない言葉に、一瞬戸惑う。………既に嫌いだと、伝えるべきなのか。
「え、ウソでしょ。もしかして悪魔のこと知らない?」
「知らない」
「マジで!? ……ぼくたち悪魔っていうのは、《神》に反逆する存在でぇ―…って、その顔。
ま、まさか神も知らないの!?」
「知らない」
上っ面だけの猫なで声が不審な上に、意味の分からない言葉を並べられて余計に警戒する。
「えー……この異世界ヤバい、面倒い~。
サタンごめん、ぼくやっぱり世界を救えないかもぉ…」
「異世界って……。勝手に訪ねて来て、こっちが他所みたいな言い方するな」
◆◆◆◆
素っ気ないこちらの反応に構わず、ベルフェゴールという何かは続ける。
「ねぇ、そっちも質問に答えてよ~。紅くんは本が好きなの?」
「だったら何?」
「あのね、ぼくも1冊だけ持ってるんだよぉ、すっごく特別なやつ………。
きみ、『全知の書』って興味ない? すべてが記されてる本でさぁ」
………信じるヤツがいると思うんだろうか。俺は半ば呆れた口調で尋ねてみた。
「じゃあ、地上にいる機械生命体って何なんだ? 調べてくれよ」
「そこ! そこなんだよねぇ。きみらの世界のことだけ、この本に載ってないの」
「………苦しい言い訳だな。一瞬でバレる嘘つくな」
俺の目線がさらに冷たくなったことに気づいたのか、
「ち、ちがうよぉ! 嘘つきとか詐欺師とか、悪魔に対する偏見だからね?
だいたい聞かれたことには、ちゃんと答えるのにぃ……」
と不服そうだ。そしてさらに言い募る。
「あのね、ぼくがいた……紅くんから見た、異世界ではね。
いきなり現れた機械生命体が、ぼくら悪魔の力の源になる人類をバンバン殺しちゃっててさぁ」
「!」
さすがに聞き捨てならない。こっちと同じヤツが他の世界にもいるのか?
「そしたらサタン──僕の上司、でいいのかな。
そいつに神が、『全知の書』を貸してくれたのよ。この本を使ってどうにかせい、ってことだねぇ」
すると、一瞬のうちに真っ白い表紙の本が、男の手の平に出現していた。
それは大きさこそ普通と変わりないものの、少し浮いていて──。
不思議と心安らぐ光を放っており、コイツと不似合いな印象だ。
その優し気な光に目を奪われながら、「お前にも上司いるんだ。その人かわいそう」と小声で言うと、「なんでよっ!?」と聞き返された。そんなの分かるだろ。
つい軽口を叩いてしまったと本から視線を上げれば、俺を値踏みしているであろう瞳と目が合う。
そこに浮かんでいるのは………「興味」「嘲笑」そして、「恍惚」──?
俺はやっぱりコイツを好きになれない、と強く思った。
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