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第1章
第2話:白いページ、蘇りの誘い
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青年──紅が、悪魔を美しいと思えぬのは致仕方ない。
人は完璧からごく僅かに逸脱したものにこそ、美を感じる。
ゆえに彼の生まれた世界は、見事と云う他ないだろう。
其処はすべてが整った、罪深い土地。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無暗にまぶしい見た目のベルフェゴールは、敵対的な態度の俺に、ニコニコと説明を続ける。
「ぼくの元いた世界を荒らしまくってる機械生命体って、一体どこから湧いてるんだよって。
全知……『ラツィエルの書』をくまなく調べたんだよねぇ。
そしたらアイツらの情報ないどころか、ごっそりと空白のページがあって。
いやいや全知の書でしょ? 神ってばテキトーだな? ってムカついてたんだけどぉ」
「お前が言えるのか?」
どうせ適当な性格だろ。……決めつけは良くないという良識は、きっとコイツには無用だ。
だけど厳しい言い方をしても、悪魔は気にせず語る。
「………ぼくはさ、ピンと来たの。
この空白のページに、面倒いやつらが発生してる世界が載るハズなんじゃないのぉ?って」
黙って耳を傾けている俺に、男は「ふふっ」と嗤いかける。
「んで、色んな世界をさまよいながら、どうにかこっちの世界に飛んできたらさぁ。
まさしく本に載ってない場所で。ヨッシャーっ、あたりだよぉ! って思ったのに……」
「カン違いだったのか」
なんだよ長々話しておいて、と軽く舌打ちをする。
(それにしても、なんで誰も来ないんだろう。まさか呼出端末が壊れてる……?)
こちらの興味が逸れたことに少々焦ったのか、ベルフェゴールは首をぶんぶんと振る。
「そ、そうじゃないよぉ! ここが発生源なのは間違いないね。ウロついてた機械生命体を調べたもん」
「…………本当に俺たちの世界が、発生源、なのか」
コイツが異世界から来たと聞いた時。あれらも来訪者だったのかと思っていたのに。
他所に迷惑をかけている側だなんて、居たたまれない気持ちになってしまう。
内心で混乱していても、話は続く。
「ただね。遅ればせながら、たいへん面倒いコトに気づいたのぉ。
この世界……魔力がまったく練れないってことに……」
たぶん今までで一番、忌々しそうな顔だ。こういう表情の方が、なんとなくしっくりくる。
男の手にはドス黒い何かが蠢き、その指さす方にあった鉢植えが枯れた。
「今のが魔力。ホントはもっと色々できるけど、節約しないといけないから……。
これが生めない場所なんて、ほかに無かったよっ!?」
「そんな文句言われてもな」
「たぶん、《悪魔》とか《神》とかっていう概念がスッポリ無いせいだと思う。
雪がないのに雪景色を探すみたいな………ほんとクソ田舎」
「……口を慎めよ」
「は、はぁい」
厳しく注意すれば意外と素直に謝り、くじけずにまた語り出す。
「んで、ここからが本題! ぼくたちと契約してくれる人間がいれば、
ちょびっとだけど魔素が生まれるはずなのよ。
《悪魔》って概念をキッチリ刻みつけられるからね」
「へー、なるほど?」
かなり興味なさげに相槌を打つ。この話、正直どうでもいいな。
「……だから地上で人間を探してたんだけど、誰もいないしぃ。
まさか地下にいたなんてね。いつもは感覚で分かるのに……これも多分、魔素がないせいかなぁ」
「ふーん、蚊みたい」
「!? と、とにかく分かったぁ? だから紅くんがぼくと契約してよ~」
「えっ………断るけど。当たり前に……」
きっぱり答えても、まるで聞いていない。この態度の俺になぜ可能性を感じたのか。
もちろん俺の家族たちに契約?なんて持ち掛けたら、絶対に許さない。
「ちょっとお手伝いしてもらえたらいいの。そしたらぼくが機械生命体を壊すからさぁ。
おたがいの世界を一緒に救おうよ?
終わったら、特別大サービスで『ラツィエルの書』もあげちゃうっ。これはお得ぅ!」
「…………」
これ以上一人で相手していられないと思い、人を呼びに椅子から立ち上がると、「まってまってぇ!」と引き留めながらまだしゃべっている。
「この本は、ホントに便利な知識が盛りだくさんだよ。えーとぉ……どれどれ。
ぼく、どうしても契約してほしいからぁ……何がきみに喜んでもらえるかな~」
またしても本が現れ、頁が無限とも思えるほどめくられる音がした。
何やら楽し気にしゃべっているけど───空気が、変わった気がする。背中を走る悪寒。
ベルフェゴールはやっぱり良くない存在だ、そう体中が警告した矢先のこと。
むせ返るように艶めいた声音で告げられる。
「やっぱりこれかな、『人間の蘇らせ方』。 はい、ド定番!」
「!? ……もっと現実味のある話したらどうだ?」
あまりにも信じ難い。今までの話で一番くだらない。
「も~、そんな疑りぶかい紅くんのために、お試し体験させてあげるってことなの。
───それにさ。きみ、大切な人を亡くしてるでしょう? ぼく、そういうの分かるんだぁ」
そう紫の瞳を細めて言う表情は、きらびやかな姿からは想像もつかないほど───ひどく醜悪だった。
俺のかさぶたを、愉しんで剥がす男に相応しく。
人は完璧からごく僅かに逸脱したものにこそ、美を感じる。
ゆえに彼の生まれた世界は、見事と云う他ないだろう。
其処はすべてが整った、罪深い土地。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無暗にまぶしい見た目のベルフェゴールは、敵対的な態度の俺に、ニコニコと説明を続ける。
「ぼくの元いた世界を荒らしまくってる機械生命体って、一体どこから湧いてるんだよって。
全知……『ラツィエルの書』をくまなく調べたんだよねぇ。
そしたらアイツらの情報ないどころか、ごっそりと空白のページがあって。
いやいや全知の書でしょ? 神ってばテキトーだな? ってムカついてたんだけどぉ」
「お前が言えるのか?」
どうせ適当な性格だろ。……決めつけは良くないという良識は、きっとコイツには無用だ。
だけど厳しい言い方をしても、悪魔は気にせず語る。
「………ぼくはさ、ピンと来たの。
この空白のページに、面倒いやつらが発生してる世界が載るハズなんじゃないのぉ?って」
黙って耳を傾けている俺に、男は「ふふっ」と嗤いかける。
「んで、色んな世界をさまよいながら、どうにかこっちの世界に飛んできたらさぁ。
まさしく本に載ってない場所で。ヨッシャーっ、あたりだよぉ! って思ったのに……」
「カン違いだったのか」
なんだよ長々話しておいて、と軽く舌打ちをする。
(それにしても、なんで誰も来ないんだろう。まさか呼出端末が壊れてる……?)
こちらの興味が逸れたことに少々焦ったのか、ベルフェゴールは首をぶんぶんと振る。
「そ、そうじゃないよぉ! ここが発生源なのは間違いないね。ウロついてた機械生命体を調べたもん」
「…………本当に俺たちの世界が、発生源、なのか」
コイツが異世界から来たと聞いた時。あれらも来訪者だったのかと思っていたのに。
他所に迷惑をかけている側だなんて、居たたまれない気持ちになってしまう。
内心で混乱していても、話は続く。
「ただね。遅ればせながら、たいへん面倒いコトに気づいたのぉ。
この世界……魔力がまったく練れないってことに……」
たぶん今までで一番、忌々しそうな顔だ。こういう表情の方が、なんとなくしっくりくる。
男の手にはドス黒い何かが蠢き、その指さす方にあった鉢植えが枯れた。
「今のが魔力。ホントはもっと色々できるけど、節約しないといけないから……。
これが生めない場所なんて、ほかに無かったよっ!?」
「そんな文句言われてもな」
「たぶん、《悪魔》とか《神》とかっていう概念がスッポリ無いせいだと思う。
雪がないのに雪景色を探すみたいな………ほんとクソ田舎」
「……口を慎めよ」
「は、はぁい」
厳しく注意すれば意外と素直に謝り、くじけずにまた語り出す。
「んで、ここからが本題! ぼくたちと契約してくれる人間がいれば、
ちょびっとだけど魔素が生まれるはずなのよ。
《悪魔》って概念をキッチリ刻みつけられるからね」
「へー、なるほど?」
かなり興味なさげに相槌を打つ。この話、正直どうでもいいな。
「……だから地上で人間を探してたんだけど、誰もいないしぃ。
まさか地下にいたなんてね。いつもは感覚で分かるのに……これも多分、魔素がないせいかなぁ」
「ふーん、蚊みたい」
「!? と、とにかく分かったぁ? だから紅くんがぼくと契約してよ~」
「えっ………断るけど。当たり前に……」
きっぱり答えても、まるで聞いていない。この態度の俺になぜ可能性を感じたのか。
もちろん俺の家族たちに契約?なんて持ち掛けたら、絶対に許さない。
「ちょっとお手伝いしてもらえたらいいの。そしたらぼくが機械生命体を壊すからさぁ。
おたがいの世界を一緒に救おうよ?
終わったら、特別大サービスで『ラツィエルの書』もあげちゃうっ。これはお得ぅ!」
「…………」
これ以上一人で相手していられないと思い、人を呼びに椅子から立ち上がると、「まってまってぇ!」と引き留めながらまだしゃべっている。
「この本は、ホントに便利な知識が盛りだくさんだよ。えーとぉ……どれどれ。
ぼく、どうしても契約してほしいからぁ……何がきみに喜んでもらえるかな~」
またしても本が現れ、頁が無限とも思えるほどめくられる音がした。
何やら楽し気にしゃべっているけど───空気が、変わった気がする。背中を走る悪寒。
ベルフェゴールはやっぱり良くない存在だ、そう体中が警告した矢先のこと。
むせ返るように艶めいた声音で告げられる。
「やっぱりこれかな、『人間の蘇らせ方』。 はい、ド定番!」
「!? ……もっと現実味のある話したらどうだ?」
あまりにも信じ難い。今までの話で一番くだらない。
「も~、そんな疑りぶかい紅くんのために、お試し体験させてあげるってことなの。
───それにさ。きみ、大切な人を亡くしてるでしょう? ぼく、そういうの分かるんだぁ」
そう紫の瞳を細めて言う表情は、きらびやかな姿からは想像もつかないほど───ひどく醜悪だった。
俺のかさぶたを、愉しんで剥がす男に相応しく。
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