紅の罰 ~悪魔と全知、神なき罪の世界で~

藍アキラ

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第1章

第3話:全知・ラツィエルの書

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くれないは、今るものだけで幸せと信ずる禁欲的な青年。
悪魔にすれば、そそのかし甲斐があるものだ。

「俺は必ず書を手に入れる───世界はついでに救われればいい」

いずれ下す斯様かような彼の判断を、罪と断ずるべきか。それは誰によるべきか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ベルフェゴールは俺が寄越よこすゴミでも見るような目線にも構わず、語り続ける。

「『人間のよみがえらせ方』に、興味ないワケないよねぇ? 
 ………ほらほらぁ、くれないくんは誰をくしたの?」

「黙れ」

心底不愉快だ。姉さんの死には、ようやく折り合いをつけたのに。
今まで以上に冷たく告げて、俺が扉の方へ真っすぐ向かうと、

「あっ、まってまって! 行かないでよぉ!」と鎖を鳴らしながら男が動き──振り返ると、手首と繋いでいた寝台が、ガタンと大きな音を立てて浮いた。

(ハァ!? 嘘だろ!? 怪力すぎる……手首を痛めた様子もない…?)

焦った気配を感じ取られないように、表情を変えないまま見つめると、男はまた胡散うさんくさい声で語り出した。

「いきなり誰かを蘇らせることは、今のぼくには出来ないけどぉ。
 この本、『ラツィエルの書』の1項目だけ、お試し体験で読ませてあげる~!」
「試さない」

切り捨てるように断ると、男はニヤケ面から真顔に変わった。

「………地上で出会ったとき。ピンチだったきみを助けたのって、実はぼくなんだよ?
 自分から言うの、どうかなあって思ったから黙ってたけどさぁ」
「!」

(確かにあの時……都合よく隠れ場所が見つかるなんて、幸運すぎるとは思ってた)

応じるのは軽率けいそつかもしれないと思うものの。
無視したところで、「この馬鹿力の男に暴れられたら困る」という現実も横たわっていて。

監視映写機かんしえいしゃきもあるのに、誰も見ていないんだろうかと疑問に思って目をやると、赤く点滅していた。
……まさかこっちも故障!? 完璧かんぺきなはずの管理がどうしてと、重なる不運に動揺する。

(こうなったら誰か来るまでの時間稼ぎとして、話くらいは聞くべきか……)

それに、どんなに怪しくとも。
命の恩人であれば──多少の融通ゆうづうは利かせるべきだろう。

「………体験するかどうかは、その本のすごさとやらを聞いてから決める」

妥協だきょうしてやれば、金髪の男は「うんっ!」と満面の笑顔を浮かべた。

◆◆◆◆

「えっとね、この本は使い方を間違えるとぉ、死ぬよ?」
「!? そんな危険な物だなんて聞いてないぞ───って、そうか──。
 俺が聞いてないってことか……」

(確かにコイツはさっき「聞かれたことには、ちゃんと答える」と明言してたな)

「ふふふ、分かってるじゃない~? 気になることはくれないくんから質問してねぇ」

ニコニコと楽しそうに紫の瞳をゆるめて、男は続ける。
なんでちょっと上から目線なんだよ。

「この本はねぇ、ウィクペディア──辞書みたいな形式なの」
 読み手がふんわりとでも意味を知ってる言葉しか、検索できないけど~」

語彙力ごいりょくなら、伊達だてに読書家じゃないし自信ある。まあ、頭脳明晰ずのうめいせき柚芽ゆめには負けるけど……)

とタヌキ顔の少女を思い浮かべていると、男は髪をサラリとななめに揺らす。

「でもジャンプ機能があってねぇ。
 知ってる言葉の『関連語』なら、知らなかった言葉でも調べられるよ」

俺は自分の黒いクセ毛頭をいじりながら「使えば分かりそう」と思った。男は続ける。

「検索は頭で思い浮かべればいいんだけど、
 きみたち人間はコツをつかむまで、思考が散って難しいかもぉ」
「………頭で言葉を念じるのは、職業柄、かなり訓練したから問題ない」

と答えれば、男は「そー?よかったぁ」と微笑ほほえみながら続ける。

「言葉の『見出し』で内容確認して、『本文』を読む…すると。
 どんな言葉でも一瞬でカンペキに意味を把握はあくしちゃう~!」
「へえ、どんなに難しい理論でも? それはすごいかもしれない」

確かに有用そうだと、つい感心してしまう。
悪魔(?)は俺の反応に満足らしい、鼻歌まじりに宣告した。

「でしょ! でも言葉の難易度と読み手の知能が釣り合ってないと、一気に流れ込む情報量に圧倒されてぇ……」

嫌な予感がする。これは。

「…………まさか、脳死でもするとか?」

これも職業上で抱えている危険のため、ハッとして尋ねると。
ベルフェゴールは「たぶん大体せいかい~!」と指を鳴らした。

(この野郎、大体ってなんだよ。本当にそういうところだよ、お前は)
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