紅の罰 ~悪魔と全知、神なき罪の世界で~

藍アキラ

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第1章

第4話:悪魔に倫理、試すは道楽

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 この白き書を手にした者は、いずれ劣らぬ傑物けつぶつたち。
………否、あれらは人ではない。
さとい青年であれど、まれた先は知の渦深く──。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 眼前のイカれた男──ベルフェゴールは、危険な本の言い訳を語る。

「そもそも『ラツィエルの書』って基本的には人間が読むこと、想定されてなくて。
 実際どうなるのか、ぼく実験したことないんだよ~」

「あのな、そんな危険の押し売りするなんて、お前の倫理りんりはどうなってるんだ」
「倫理!? ぼくらに倫理~!?」

何が面白いのか、腹を抱えて笑っている。
つくづく人の神経を逆なでするのが上手い男だと思う。……それに、どうしても言いたい。

「………つまり『人間のよみがえらせ方』を読むのは、死ぬってことじゃないのか?」
「死ぬねぇ、いきなり読んだら確実にアウト~」

コイツ、俺を説得する気あるんだろうかと頭が痛くなってきた。
いくら恩人でも度しがたい。

「いい加減にしろ、この詐欺師さぎし。自分が言ったこと忘れたのか?」

「まってまって、嘘でも詐欺でもないよぉ! 
 くれないくんが本を手に入れたら、うまい順番でいろんな言葉を読んで、知識をどんどん積めばいいのさ。
 そしたら一度に流れ込む情報量が減るしぃ!」

軽蔑心けいべつしんあらわにしている俺に、悪魔(おそらくクズ)はあわてて弁明する。

「もちろん、きみが頭の回らない残念な子なら、知識が全然足りないまま『人間の蘇らせ方』を読んで死ぬんだろうけどぉ……。
 くれないくんが想定よりアホで失敗したら、ぼくのせいになるの?」

あおってもムダ、試さない。お前はその便利な本で、『頼みごとの仕方』でも調べたらどうだ?」
「………うぅ。ごめん、つい人間をからかうクセがついててぇ……。
 じゃあさ、おびに危ない言葉かどうか、ぼくが責任もって判断する。これならどう?」
「それを信じていい根拠こんきょは?」

当然の確認をすると、ここまでふざけた態度だった悪魔はまた真剣な顔つきになって。

「きみに見捨てられたら、きっとぼくの世界の人間はみんな死んじゃうから。
 さっきはごめんね、許してくれない?
 ぜったい嘘はつかないよ……これじゃだめ、かな?」

なんと殊勝にもペコリと頭を下げてきた。

「………お前の言葉が本当かどうか、確かめる方法が無い」

「きみは確証がないと何も信じてくれないの? 
 できることなら何でもするけど──それって、非現実的な要求じゃない…?」

痛い所を突かれた、と思う。
確かに信頼なんて、そう簡単に形に出来るものじゃない。
一緒に暮らした肉親……母親だって普通に嘘をつく。俺が誰より知っている。

嫌な記憶を思い出して苦い顔をしていると、ベルフェゴールはおどおどした態度で尋ねてきた。

「簡単な言葉なら、危なくないよ? それでもヤダ……?
 ──サタンごめん………。そっちの人類は全滅しちゃうかも……」

と、今にも泣きだしそうだ。

途端とたんに思考のすみに追いやっていた「命の恩人」という言葉が思い出されてしまい……。

たっぷり間を空けてから、返事をする。
覚悟を決めざるを得なかった。

「分かったよ……。ただし絶対に安全は保証しろ。あと、言葉はあくまで俺が決める」
「! うんっ! ありがとー!」

瞳を輝かせて礼を言う金髪の男は、心底ホッとしたようだった。

相変わらず不審者だけど、二人きりで誰も来ないという状況のままだし、この馬鹿力とあえてめたいとは思わない。
そこそこの所で納得してもらい、異世界とやらに帰らせよう。

◆◆◆◆

 そうして、あれやこれや何を読むか議論して。
保険としてコイツの弱点を握っておきたいので、『ベルフェゴール』とか『悪魔』を提案してみると、

「ブッブー! 現在の『ラツィエルの書』の所有者ズバリの『言葉』と、
 その『関連語』は、ぜったい開けませぇ~ん」

と、舌を出してお道化どけた態度に出られた。
………そういうのは先に言え。あと、しおらしい態度はどこ行った。

さらに「そんな難しい、大きな言葉をいきなり調べたら死ぬよぉ。話きいてたぁ?」とのこと。
お前の何が大きいのか。

(うーん……。簡単な言葉って意外と難しいな。だからといって提案させたら、
 壮大な嘘だった可能性が残ったままになりそうだし。どうするべきか)

●『ラツィエルの書』
→「それはどう考えても死ぬでしょ!?」

●『一瞬で賢くなる方法』
→「ふふ、存在しないよぉ~。そういうウソ本の題名ならあるけどね」

●『人体』
→「きみのオツムじゃ、ギリギリ…アウト…?」

などなど。

「もー、あんまりきわどいトコロを狙わないでよぉ。
 知能なんて個人差ありすぎるんだから、判断ムズい~。
 くれないくんが想定よりアホで死んだら、ぼくのせいになるの?」

「そのめ方をクセにするな。次、調子に乗ったら試すのやめる」
「は、はぁい……ごめんなさい」

悪魔が言うには「『関連語』が多いほど、難しくてヤバい言葉って思えばいいよぉ」とのこと。
ああ、俺が柚芽ゆめ──幼馴染のように優秀なら、かなり安全に試せるんだろうけど。

さんざん迷走した結果、『小説』→『全世界番付(文学)』→1位の作品という、ひたすら趣味に走った言葉にしてしまった。さすがにこれなら安全だろう。
コイツの保証なんて、やっぱり信用ならないし。………その結果。

◆◆◆◆

くれないくん~? だいじょうぶ? 
 完全に目、イッちゃってるけどぉ……。あ、ぜんぜん聞こえてないね。
 うーん、人間が読むとこうなるんだぁ。───脆弱ぜいじゃくだねぇホント。……かわいいよ」 

緻密ちみつな設定。衝撃の展開。魅力あふれる登場人物。それらを支える最高の分筆力。
そのすべてが一瞬で、俺の頭に叩き込まれて。

(感動で腰ぬけた………。
 この男はさておき、『ラツィエルの書』は本物かも………)

でも当然、協力する気なんて起きはしなかった。
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