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43話 一枚ずつ心を込めて

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 かれこれ三時間ほど前から、あたしとミミちゃんはリビングで同じ作業を続けている。
 先日からダウンロード販売が開始された、ガールズパーティメンバーのシチュエーションボイス。その購入者へのプレゼントである直筆サインの執筆だ。

「ミミちゃん、お茶のおかわりいる?」

「はい、お願いしますっ。ありがとうございます」

 二人分のコップを持って、テーブルを離れてキッチンへと移動する。
 冷たい麦茶を注ぎ、ついでに戸棚からお菓子を取り出してテーブルに帰還。

「けっこう書いたけど、まだまだ終わりそうにないね」

 左側にはサイン執筆済みの色紙、右側には真っ白な色紙が、山のように高く積み重なっている。
 色紙自体の厚みを抜きにしても、相当な枚数であることは間違いない。

「それだけたくさんの人が買ってくれたってことですから、嬉しいですよね」

 まさにその通り。
 あたしの演技は決して上手くない。どちらかと言えば下手寄りだ。
 それなのに、欲しいと思ってくれた人が大勢いる。
一人一人に直接感謝の言葉を伝えることはできないけど、気持ちだけは届けたい。

「うんっ、喜んでもらえるといいな~」

 色紙にサインを書くという単調な作業を繰り返すのは、決して楽なことではない。
 だけど、もう止めたいという気持ちは微塵もなく、一枚を書き終えて次の色紙を手に取るたび、力がみなぎってくる。
 これが学校の宿題だったら、あたしはとっくに投げ出していたはずだ。
 お茶を飲んだりお菓子を食べたり、適度に休憩を挟みつつ、ミミちゃんとおしゃべりしながら色紙にペンを走らせる。

「――今日のところは、そろそろ終わりにしようかな」

 あれからしばらく経ち、ペンを持つ手がプルプルと震え始めた。
 気持ち的にはまだまだ続けられそうだけど、ミミズが這ったような字で記されたサインをファンの人たちに渡すわけにはいかない。

「わたしもそうします」

 ミミちゃんもペンを置き、座ったまま軽いストレッチを行う。

「ミミちゃん、あとでマッサージしてあげるっ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんっ。胸とかお尻とか、しっかり揉みほぐしてあげるからね!」

「サインを書くのに胸もお尻も使ってないんですけど」

「まぁまぁ、細かいことは気にしちゃダメだよ」

 冗談めいたやり取りとして終わりそうになったけど、晩ごはんを食べてお風呂に入った後、しっかり有言実行した。
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