私がガチなのは内緒である

ありきた

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1章 私がガチなのは内緒である

24話 イカサマ

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 今日は美咲ちゃんと芽衣ちゃんが家に来ている。
 放課後、久しぶりにトランプをやりたいという話になり、近くて自由に使える我が家に白羽の矢が立った。
 二人をリビングに案内し、テーブルとクッションを用意する。
 帰りに寄ったコンビニで買ったお菓子と飲み物を脇に置き、時計回りに私、萌恵ちゃん、美咲ちゃん、芽衣ちゃんの順にテーブルを囲む。

「トランプなんて久しぶりだな~。あたしけっこう強いよ!」

 萌恵ちゃんがトランプをシャッフルしつつ強気な発言を繰り出す。
 確かに強敵であることは事実だ。中学校の修学旅行でみんなとやったときも、クラスメイトの間で『萌恵無双』と語られるほど圧倒的な実力を発揮していた。

「わたしも頑張ります。こう見えても負けず嫌いなので」

 珍しく美咲ちゃんが燃えている。
 幼い頃に親戚一同でババ抜きをした際、最も多く勝利を収めたのが彼女だ。
 こちらも、難敵であることに疑いの余地はない。

「最初はなにからやろうか?」

「無難に大富豪でいいんじゃないかしら」

 タイミングを見計らって訊ねると、一拍置いて芽衣ちゃんが提案した。

「おっ、いいね! やろうやろう!」

 即座に萌恵ちゃんが快諾し、次いで美咲ちゃんも「いいですね」と賛成する。
 私も自然な流れで首肯しつつ、さらなる案を提唱するべく口を開く。

「そうだ、せっかくだから最下位の人は罰ゲームやるのはどうかな? 一位の命令を一つ聞く、とか」

「面白そう! まぁ、勝つのはあたしだけどね!」

「わたしも異論はありません。優勝はいただきます」

「いいわね、芽衣も乗ったわ」

 満場一致により、罰ゲーム有りの大富豪を行う運びとなった。
 ――計画通り!
 そう、ここまですべて私と芽衣ちゃんの思惑通りに事が進んでいる。
 事前に連絡を取り合って作戦会議を済ませ、この状況になるよう仕組んだわけだ。
 萌恵ちゃんの幼なじみであり美咲ちゃんのいとこでもある私は、二人がああ見えて負けず嫌いであることを知っている。
 不確定要素があるとすれば疎遠だった期間が数年に及ぶ美咲ちゃんだが、芽衣ちゃんから得た情報により未だに勝負事となると熱くなる性格であることが確認できた。
 私と芽衣ちゃんが並んで座っているのも、そうなるようにさりげなく誘導したためだ。
 水面下で芽衣ちゃんと協力することによって、私たちのどちらかが一位となり、それぞれの想い人を最下位に叩き落とす。
 非人道的な悪巧みなのは承知の上だ。
 だけど、それでも、私は萌恵ちゃんに、こっそり購入した猫耳を付けてもらい、猫っぽいポーズをお願いしたい! 恥じらいながら『にゃ~ん』って鳴いてほしい!
 ごめんね、萌恵ちゃん。いまのうちに謝っておくよ。
 スマホの空き容量は充分。あらゆる角度から余すことなくムービーで保存させてもらうからね。
 右隣を一瞥すると、芽衣ちゃんも私と同様、罪悪感と欲望の葛藤に苛まれながらも強い決意を固めたような表情をしている。
 イカサマが発覚すれば一巻の終わり。
 私たちは怪しまれないよう、軽いアイコンタクトを交わすだけに留めた。
 さぁ、戦いの幕開けだ!

「……そんな……バカな……っ!」

「やったやった~! あたしの勝ち!」

 勝利に歓喜する萌恵ちゃんの隣で、私は敗北という揺るがぬ事実に打ちひしがれていた。
 事前に打ち合わせていた合図による意思疎通も、芽衣ちゃんによる援護も抜かりはない。
 まずは私が優勝し、次の試合は芽衣ちゃん。順番に勝利の美酒を味わう予定だった。
 それが、一戦目にして大波乱だ。
 悟られないようにしつつ必死に最大限のサポートをしてくれていた芽衣ちゃんも、信じられないといった様相で愕然としている。
 一位萌恵ちゃん、二位美咲ちゃん、三位芽衣ちゃん、そして最下位が私。
 想定外のアクシデントを可能な限り防ぐために、追加ルールは『革命』と『8切り』しか採用していない。
 咎められるような悪手もなかった。
 いったい、なぜ……?

「んふふっ、真菜になにしてもらおうかな~♪」

萌恵ちゃんは勝者の笑みを浮かべ、私への命令で悩んでいる。
 本当なら、立場は逆だったはずだ。
 いや、ちょっと待って。萌恵ちゃんに命令されるというのも、それはそれで興奮するシチュエーションなのでは――いやいや、そんな考え方だといつまでも勝てない。

「萌恵ちゃん、お手柔らかにね」

 まず有り得ないけど、裸踊りとかは勘弁してほしい。萌恵ちゃん以外の誰かに裸を見られるのは、たとえ相手が仲よしの二人でも嫌だ。

「じゃあ、次のゲームが始まるまで膝枕してほしい!」

「へ? う、うん、分かった」

 拍子抜けするほど軽い命令だった。
 というか、もはや罰ゲームじゃなくて正真正銘のご褒美だ。

「しばらく大富豪でいいよね。さっきは時計回りだったから、次はじゃんけんに勝った人から反時計回りで進めていこう」

 シャッフルしてカードを配りつつ、自然な流れで誘導する。
 初戦は私が優勝者となるべく、右隣に座る芽衣ちゃんの次に自分の手番が回るよう時計回りで始めた。
 以降は反時計回り、時計回り、と交互に順番を反転させていく予定だ。
 そうすることにより、時計回りのときは芽衣ちゃんが私を、反時計回りのときは私が芽衣ちゃんをサポートしやすくなる。
 先ほども、芽衣ちゃんが8切りで流して弱いカードを出し、続く私が難なく上がるという勝利の方程式が完成していたはずだった。
 成功難易度で言えば、失敗する確率の方が圧倒的に低かったのだ。

「よっし、充電完了! 次も勝っちゃうよ!」

「残念ながら、それは無理ですね。次はわたしが勝たせてもらいます」

 萌恵ちゃんに膝枕できる時間は、あっという間に終了した。
 気を取り直して、第二回戦。
 今度は私がサポートに回り、芽衣ちゃんを優勝させつつ美咲ちゃんを最下位にする。
 ごめんね、美咲ちゃん。恨みはないけど、負けてもらうよ!

「……う、嘘……有り得ない……!」

 こんなはずではなかった。
 一度ならず二度までも。
 芽衣ちゃんは二位で、ターゲットである美咲ちゃんは三位、私は再び辛酸を舐めさせられ、一位抜けしたのはまたしても萌恵ちゃん。
 もちろん、罰ゲーム目当てで芽衣ちゃんを裏切ったわけではない。
 スムーズに連携できるよう、私と芽衣ちゃんはテーブルの下にスマホを置き、それぞれ手札をメモアプリに入力して互いに把握している。
 もしも反旗を翻せば、すぐさま相手に悟られるわけだ。
 芽衣ちゃんが私に責めるような視線を向けていないことからも、私が全力を尽くしたことは証明されている。

「それじゃ、次はお菓子でも食べさせてもらおうかな~。真菜、よろしくね。『はい、あーん』って言うのも忘れちゃダメだよ!」

 普通に考えたら屈辱だけど、やはり私にとってはご褒美だ。
 という個人的嗜好はさておき。
 どうしても解せない。
 いくらなんでも、結託して二戦連続大敗なんてことがあるのだろうか。

「はい、あーん」

「あ~ん」

 チョコレートを食べさせる際、指先が唇に触れた。
 私は昂ぶる気持ちを抑え、次戦の準備を始める。
 一度や二度の失敗を恐れていては、前になんて進めない。
 三度目の正直だ。
 これ以降、私たちが負けることはない!

***

 二時間後。
 二度あることは三度ある。
 そして、三度あることは何度もある。
 結局、私は全ゲームで最下位だった。どういうこと?
 なんの成果も得られないまま、二人が帰る時間が訪れてしまう。
 ほとんどの勝負を萌恵ちゃんが制し、美咲ちゃんが何度か優勝し、どうにか一度だけ芽衣ちゃんを一位に君臨させることに成功しても最下位は私である。
 最後のゲームなんて、萌恵ちゃんが初手で手札すべてを消費して圧勝。続けて美咲ちゃん、芽衣ちゃんと続き、最下位が決してなお私の残り手札は五枚。勝ち目がどうとかの次元じゃないよ。

「萌恵さん、本当にお強いですね。わたしもけっこう自信あったんですけど、ここまで圧倒的だと清々しいです」

「ありがと! 美咲だって駆け引き上手だし、すごく強かったよ!」

 強者が互いを称賛し合っている。
 一方、結託しておきながらボロ負けした私たちは意気消沈して虚空を見つめていた。

「真菜、あんたって異常に運がないのね」

「言われてみれば、トランプとか運要素の強いゲームで勝ったことないかも」

「それ、先に言いなさい」

「うん、ごめん」

 作戦は完璧だった。
 誤算があるとすれば、萌恵ちゃんが規格外の強運で、私のゲーム運が皆無だったということ。
 大きく頑丈な網で魚を獲りに行ったら、網には最初から穴が開いていた。なんと情けない話だろう。
 二人が帰った後、今日は楽しかったと萌恵ちゃんが笑いながら話していた。
 きっとあの二人も、同じように談笑しながら帰路を歩んでいるのだろう。
 思い描いていた結末とは違ったけど、むしろこれでよかったのかもしれない。
 猫耳やその他もろもろは、いずれ恋人になってから土下座してお願いするとしよう。
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