私がガチなのは内緒である

ありきた

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1章 私がガチなのは内緒である

25話 いつの間に!?

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 入学前に感じていた高校生活への不安は、完全に杞憂だった。
 先生は優しく、授業は分かりやすい。
 同級生はみんな人当たりがよく、クラス全体が楽しい雰囲気に包まれている。
 私としては、学校の敷地内において男性の出入りを徹底して禁じていることも嬉しい。
 彼氏を欲しがっている子には悪いけど、萌恵ちゃんに悪い虫が付く可能性が消えるのは非常に助かる。
 調理実習で私が担当した品がなぜか禍々しいオーラをまとってしまったことを除けば、これといったハプニングもなく平和な時間が流れた。
 そして、気付けば四月も終わろうとしている。

「萌恵ちゃんはゴールデンウィークに帰省するの?」

「あたしは真菜に合わせるって連絡してあるよ~」

「私も同じことお母さんに言っちゃった」

「お~っ、奇遇だね! やっぱり一心同体だ!」

「一人だけ残して帰るわけにもいかないからね」

 実家が恋しい気持ちはもちろんある。
 ただ、萌恵ちゃんと一緒にいられるならそっちの方がいい。
 実家が隣同士だから帰省したところで好きなときに会えるんだけど、やっぱり共同生活の環境と比べれば物足りなさがある。

「真菜がよければ、ゴールデンウィークもこっちで過ごしたいな」

「うん、いいよ」

 逡巡することなく即答した。
 そもそも最終日の前日から泊りがけで双方の母親が遊びに来るので、無理して帰る理由もない。
 仕事で忙しいお父さんには、電話で労いの言葉をかけるとしよう。

「美咲と芽衣、そろそろ来るかな?」

「そうだね。昨日は用事あるからってすぐ帰ってたけど、今日は顔出すって言ってたし」

 放課後に私たちの教室で話すのは毎日の日課みたいになっており、来られない日は律儀に連絡してくれる。
 毎日飽きずに駄弁っているけど、翌日になったら記憶から薄れているような他愛ない内容ばかりだ。

「邪魔するわよ」

 不意に開かれた扉から、芽衣ちゃんが現れた。後ろから美咲ちゃんも続く。
 よく見ると、二人は手をつないでいる。
 芽衣ちゃんから握ったのだとしたら、もうヘタレ扱いはできない。

「二人はゴールデンウィークの予定とかあるの?」

 開口一番に、定番の話題を振ってみた。
 なにも決まっていないなら、また家に招待してみんなで遊ぶのも楽しそうだ。
 しかし、まずい質問だったのか、芽衣ちゃんと美咲ちゃんはなにやらアイコンタクトを交わし、芽衣ちゃんが口を開く。

「実は――芽衣たち、付き合い始めたのよ。連休中は両親が家を空けるから、美咲を招いて二人きりで過ごそうと思ってるわ」

「&%$#!? つっ、つつつつっつきあってるの!?」

 いきなり衝撃の事実を告げられ、柄にもなく奇声を発してしまった。

「うん? 芽衣の帰省に美咲が付き合うってこと?」

「ごめん萌恵ちゃん、ちょっと素数を数えてて!」

 恋愛に無頓着な人特有の発想をする萌恵ちゃんには、心苦しいけど少しおとなしくしていてもらう。

「それで、本当に付き合ってるの!? いつの間に!? エイプリルフールなら入学前に終わってるよ!? げほっ、ごほっ!」

 出し慣れない大声を連続して発したことで、激しく咳き込んでしまう。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。昨日言ってた用事っていうのは、芽衣が告白のために美咲を呼び出したのよ。自分でも夢じゃないかって疑ったけど、紛れもない現実だわ。そうよね、美咲?」

「はい、わたしは芽衣さんと恋人としてお付き合いさせていただいています。改めて口にすると、やっぱり照れてしまいますね」

 付き合いたてだと感じさせる初々しいオーラが、これでもかというほど溢れている。

「そうだったんだ……疑ってごめんね。二人とも、本当におめでとう!」

 私は心から祝福すると同時に、胸中で芽衣ちゃんへ最大級の称賛を送った。
 ヘタレエピソードを聞かされたのは、ほんの数日前。
 私が尻込みし続けている間に、芽衣ちゃんは勇気を振り絞って重要な一歩を踏み出したんだ。

「おめでと~っ! すごいねっ、リア充ってやつだね!」

 状況を理解した萌恵ちゃんも、二人を祝福している。
 よかった、女の子同士が付き合うことに抵抗はなさそう。
 一つ不安要素がなくなったと安堵した反面、全身に悪寒が走った。
 
 ――萌恵ちゃんがスキンシップ過多だから、ちょっとぐらい大胆に触れ合っても怪しまれない。
 ――美咲ちゃんが私の幼少期を話したことで、萌恵ちゃんが私のことで嫉妬するのだと知った。
 ――芽衣ちゃんが告白に成功し、萌恵ちゃんが百合カップルに嫌悪感を抱いていないと分かる。

 どれ一つとして、自分の行動による成果ではない。
 能動的に動こうと決意したにもかかわらず、依然として受け身のままだ。
 嫌われたくないとか、関係を壊したくないとか、結局は逃げるための言い訳に過ぎないのではないだろうか。

「真菜、大丈夫? 体調悪いの?」

 萌恵ちゃんに声をかけられ、ハッと我に返る。
 どうやら傍目からも分かるほど気落ちしていたらしい。

「大丈夫、元気だよ。突然だったから、ビックリしちゃって」

「そうですよね。当事者のわたしも、まだふわふわした気分が拭えません」

「べつに遠くへ行ったりするわけじゃないんだから、変に意識しなくていいのよ」

 そう言いつつも、芽衣ちゃんは口元が緩むのを堪えていそうな顔をしている。
 無理もない。想いが成就した嬉しさは隠し切れるものではないはずだ。

「あっ、そうだ! 今日はお祝いにタピオカパーティーしようよ! あたしと真菜が奢ってあげる!」

「さすが萌恵ちゃん、名案だね。二人とも時間ある?」

「時間はいいけど、お金は自分で出すわよ」

 私と萌恵ちゃんは日頃から節約を意識しているため、余計な出費を心配してくれているのだろう。
 でも、当初の想定よりも自由に使える金額は残っている。
 ルームシェアで一部屋分の家賃が浮き、入浴を一緒に行うことで水道代とガス代も比較的安い。
 校則でアルバイトが禁止されており、お金のことは全面的に親任せだ。過度な贅沢が厳禁なのは分かっているけど、友達のためにささやかな祝宴を開くぐらいなら罰は当たるまい。

「まぁまぁ、今日ぐらいは奢らせてよ。私が衝動買いして金欠になったら、そのときは頼らせてもらうから」

「いや、それは自分でどうにかしなさい」

 なんてやり取りを交わしつつ。
 遠慮気味な二人を半ば無理やり引き連れ、学校を後にした。
 せっかくの楽しい催しに暗い感情を持ち込むわけにはいかない。
 悲観的な焦燥感は心の奥に押し込んで、いまはただ純粋に、大切な友達の幸せを祝う。
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