私がガチなのは内緒である

ありきた

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1章 私がガチなのは内緒である

28話 運命の日

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 神様のおぼしめしか、単なる偶然か。
 私と萌恵ちゃんは、まったくの同時に目を覚ました。
 布団から出てカーテンを開け、燦々と降り注ぐ日光に目を細める。

「萌恵ちゃん、おはよう」

「おはよ~。今日もいい天気だね、散歩するのが楽しみだよ!」

 萌恵ちゃんは両腕を上げ、うーんと体を伸ばした。
 散歩、か。
 告白の結果次第では、中止になるかもしれない。

「そうだね、いつもより距離を伸ばしてみてもいいかも」

 ネガティブな思考をかき消すように、前向きな言葉を返す。
 私は萌恵ちゃんが寝ぼけていないことを確認して、足を踏まないように気を付けながら正面に正座した。

「大事な話があるんだけど、いいかな?」

 未だかつてない緊張感が全身を襲う。
 深呼吸して息を整えようとしても、のどが震えて上手くできない。
 指先はハッキリと知覚できるほど冷えているのに、手のひらは汗で湿っている。
 手足が震え、唇が渇き、鼓動が加速する。

「う、うん、もちろん」

 ただ事ではないと察したのか、萌恵ちゃんが神妙にうなずく。
 頭が回らない。心臓が痛い。不安で体が弾け飛びそうだ。
 ゴクリと生唾を飲み、全神経を振り絞って大きく深呼吸をする。
 中途半端な告白はしたくない。
 精一杯の気持ちを込めて、ちゃんと伝えるんだ!


「ずっと前から大好きです! 私と付き合ってください!」


 言った。
 内緒にしてきた想いを、とうとう打ち明けた。
 思わず閉じてしまっていたまぶたを恐る恐る開き、しっかりと前を向く。
 ほんの数十センチ先で、萌恵ちゃんが驚愕のあまり目を見開いている。
 なんの前触れもなく同居人に告白されたのだから、無理もない。

「……本気、なの?」

「本気だよ」

 私は語調を強めて即答した。
 張り詰めた空気が部屋を満たす。
 萌恵ちゃんは依然として困惑し、口ごもっている。
 願わくば肯定の言葉であってほしいと祈りながら、返事を待つ。

「あ、ありがとう、すごく嬉しい」

「っ!? そ、それって……!」

 まだ喜ぶのは早い。
 だけど、強い期待に気分が高揚する。
 夢にまで見た恋人生活が幕を開けるのかもしれない。
 しかし、それは早とちりだと諭すように、萌恵ちゃんが視線を落とした。

「でも、ごめん。あたしはまだ、恋愛とかよく分からない」

 刹那、意識が暗闇に叩き落とされる。
 視界は明瞭、聴覚も良好。だけど、ただひたすらに暗くて重いなにかが、心を押し潰す。

「そ、そう、だよね。ごめんね、急に変なこと言って」

 歯を食いしばって、涙を堪える。
 ここで泣くのはダメだ。
 一人になってからいくらでも泣けばいい。
 これ以上、萌恵ちゃんに迷惑をかけたくない。

「――だけど、そんなあたしでもいいなら、真菜の恋人にしてほしい! 恋愛なんてしたことないし、なにが恋人らしいのかも知らない。真菜が望むような関係になれるか分からないけど……あたしも真菜のこと、大好きだから! 同じ好きでも、家族や友達に向けるのとは違う……これは、ただ一人、真菜だけに感じてる気持ちだよ!」

 いつも飄々として陽気な笑顔を絶やさない萌恵ちゃんが、初めて見るほど真剣な様相で想いをぶつけてくれた。
 あぁ、これは無理だ。
 唇を噛んでも、太ももをつねっても、涙が止められない。
 ずるいよ、萌恵ちゃん。
 断られたと思ったのに、そんなこと、言われたら……。

「うっ、ひぐっ……萌恵ちゃんっ!」

 無意識のうちに、萌恵ちゃんに抱き着いていた。
 勢い余って二人一緒に倒れ込み、私は顔面から枕にダイブする。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を晒し続けずに済んだものの、枕を盛大に汚してしまった。
 萌恵ちゃんは鼻をすすり嗚咽を漏らす私の背中をさすり、もう片方の手で優しく撫でてくれる。

「真菜は泣き虫さんだな~。手のかかる恋人さんだ」

 恋人。
 憧れていた言葉が、大好きな人の口から発せられた。
 夢じゃない。嘘でもない。
 私の気持ち、受け入れてもらえたんだ。
 嬉しい。嬉しい。嬉しい。
 抑え込んでいたものが爆発するように、いろんな感情が溢れてくる。

「ほ、本当に、ぐすっ、私で、いいの? 萌恵ちゃん、きっとモテるよ? うっ、私なんかより、何倍も素敵な人から、告白されるかもしれない」

 こんなこと言わなければいいのに、不安な思いが勝手に口を滑る。
 ずびーっと鼻をすする音も間近で聞かれてしまった。

「真菜じゃないと嫌だよ。あたしにとって、真菜が最高なんだもん」

「ぁうっ、わ、私、本当は、まだ隠してること、ある……っ」

「ん、なに? 真菜が嫌じゃなかったら、教えて。いままでずっと、我慢してきたんだよね。気付けなくてごめんね。ゆっくりでいいから、全部聞かせてほしいな」

 子どもをあやすような、穏やかで慈愛に満ちた口調だ。
 萌恵ちゃんの優しさに、胸が熱くなる。
 最愛の人に抱かれている安心感から、徐々に落ち着きを取り戻し、どうにか嗚咽は止められた。

「萌恵ちゃんは知らないと思うけど、私ってすごくえっちなの。年中発情期かってぐらい、いつもムラムラしてる」

「た、確かに意外すぎるね。真菜もあたしと一緒で、そういう欲求が薄いのかなって思ってた」

「それに、ただ性欲が強いだけじゃなくて……なんというか、へ、変態、なんだよね」

「えっと、どういうこと?」

「大雨が降った日に、萌恵ちゃんの靴下を無理やり預けてもらったよね? あのとき、絶対に嗅がないって約束したのに、息が続く限り吸い込んじゃった」

 こんなこと、わざわざバラさなくてもいいのに。
 秘密にしておけば、明るい恋人生活を送れたはずだ。
 それでも、すらすらと述べ立てる。

「えっ!? いや、間違いなく臭かったはずなんだけど……平気だった?」

「濡れちゃうぐらい、興奮した。他にも、同じような理由でこっそり洗濯前の下着を拝借することもあった。ごめんね、心底気持ち悪いよね。我ながら自分のことを汚物だなって思うよ」

 せっかく報われたのに……嫌われただろうな。
 必死に隠し通してきたこと、なにもかも暴露してしまった。
 けど、スッキリした。
 本当の自分を隠したまま付き合っても、騙してるみたいで素直に喜べない。
 受け入れられるにしても拒絶されるにしても、きちんと知ってほしかった。
 これで軽蔑されたら次は悲しくて泣いちゃうだろうけど、後悔のない選択をしたつもりだ。

「少しも気持ち悪くない。ちょっと――というか悶絶しそうなぐらい恥ずかしいけど。あたしのきれいじゃない部分も含めて、好きになってくれたんでしょ? それって、すごく嬉しいことだよ」

「本当に? 嘘じゃない? 年中発情期で変態だけど、受け入れてくれる?」

「もちろん。たとえ真菜が嫌だって言っても、もう離さないよ! 真菜には責任を持って、恋愛を教えてもらうからね!」

 萌恵ちゃんは力強く断言して、激しく抱きしめてくれた。
 ちょっと痛いぐらいだけど、それがむしろ、紛れもない現実なんだと実感させてくれる。
 私は何度もうなずき、今回ばかりは下心なく、純粋な気持ちで萌恵ちゃんの温もりを味わった。

***


「顔、洗ってくるね」

 しばらく熱い抱擁を交わした後、私は汚れた顔をきれいにするべく起き上がった。
 萌恵ちゃんも乱れた髪を整えながら起立する。

「あたしは布団を片付けようかな~」

「あ、そうだ。もう離さないってかっこよく宣言してくれたのに、案外あっさり離されちゃったなぁ」

 短時間とはいえ大泣きして鼻水まで垂らす情けない姿を見られたから、照れ隠しでイジワルなことを言ってしまう。

「ちっ、違うよ! あれは誰にも渡さないって意味で言ったの! だいたい、言葉通りずっと抱きしめたままだったら生活するのに不便だよ!」

「あははっ、ごめんごめん。もちろん分かってるよ。萌恵ちゃんってば本当にかわいいんだから」

 これからは遠慮なく、素直な気持ちを打ち明けられる。

「か、かわいいって……あ、ありがと」

 萌恵ちゃんが照れて頭をポリポリと掻く。なんとも新鮮な光景だ。
 せっかくだから、洗面所に行く前にもう一度伝えておこうかな。

「萌恵ちゃん――大好き!」

 満面の笑顔で、最大限の愛情を込めた言葉を贈る。
 すると、私の恋人は顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。

「うぅ~……あ、あたしも、大好き」

「えへへ、ありがとう」

「……ねぇ、真菜。もしかしたらあたしも……恋愛のこと、ちょっとは分かったかもしれない……」

 萌恵ちゃんは表情を隠したまま、気恥ずかしそうにつぶやいた。
 私は嬉しくなって萌恵ちゃんをギュッと抱きしめ、「愛してるよ」と囁いてから洗面所に駆け込む。
 冷水で顔を洗いながら、ふと今後のことを考えた。
 一切の不安や懸念はなく、純粋な希望だけが胸中にある。
 月並みな表現だけど、これは決してゴールではない。
 これからは恋人として、いろんなことを二人で経験していくんだ。
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