私がガチなのは内緒である

ありきた

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2章 私と萌恵ちゃんは恋仲である

8話 無謀な試み

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 カップルにとって非常に恐ろしいものの一つが、倦怠期だ。
 私と萌恵ちゃんには無縁だと断言できるけど、天文学的確率で原因不明のアクシデントが起こりマンネリ化する可能性もある、かもしれない。
 というわけで、いざというときのために、今日だけはあえて倦怠期のカップルを演じることになった。
 実際に体験してみれば、いざそういう時期を迎えた際に今日の経験を活かして迅速に対処できる。
 打ち合わせは昨晩のうちに済ませ、ついでに今日密着できない分まで思いっきり抱き合った。

「おはよう」

 布団から体を起こしながら、感情のないあいさつを口にする。
 いつもとは違い、萌恵ちゃんの方は向かない。
 他人行儀なあいさつだ。起きたら隣に人がいたという理由だけで最低限の礼儀として声に出しただけの、至極薄っぺらいもの。
 ……素直に打ち明けると、現時点で心が張り裂けそうなほどつらい。

「おはよ」

 長い付き合いの中で初めて聞いたかもしれない、萌恵ちゃんの冷ややかな声。
 冷淡ながらも凛として美しく可憐な響きにゾクゾクして新たな扉が開かれそうになるけど、そういう催しではない。
 邪念を振り払うように首を左右に振り、気合いを入れるべく頬を叩く。
 萌恵ちゃんは私に一瞥もくれず、洗面所へと向かった。
 私は布団を畳んでから窓を開け、窓枠に手をかけて外の空気を思いっきり肺に取り込む。
 ふぅ。
 これはヤバい。想像以上に精神を摩耗する。
 なに? 倦怠期のカップルってこれが普通なの? もしかしてちょっとやりすぎてる? さすがにもう少し会話するぐらいなら大丈夫?
 うぅ、萌恵ちゃんが恋しい。すぐ近くにいるのに、ものすごく遠くに感じる。
 いつも萌恵ちゃんの名前を呼ぶだけで喜びを感じていたけど、逆に名前すら呼べない状況だと常に心を削られている感覚だ。
 まだ起きて間もない段階でこの苦しさ……果たして一日続けられるのだろうか。
 意がキリキリと痛む中、洗面所に移動する。

「「あっ」」

 扉を開けた瞬間、萌恵ちゃんと目が合った。
 同じタイミングで漏れた声が重なり、抱きしめたくなる気持ちを必死に堪え、お互いに苦虫を噛み潰すような表情で視線を逸らす。
 私は洗面所、萌恵ちゃんはリビングへ、それぞれ逆の方向へ足を進めた。

「きっっっっっついなぁ…………」

 耐え切れずに弱音を吐く。
 鏡に映る自分は、この世の絶望を一身に受けたように顔面蒼白だった。
 顔を洗ったからと気分が晴れることもなく、私はどんよりした心境のままリビングに戻る。
 味噌汁のいい匂いを嗅ぎながら、テーブルを設置。
 なんとなくテレビをつけても、内容はまったく入ってこない。電気代の無駄だから、すぐに電源を落とす。
 お腹も頭も胸もどこもかもが不快感を訴え、全細胞がストレスを感じているような気さえする。
 うん、これはもうダメだ。

「萌恵ちゃん、ちょっといい?」

 台所の方へ声をかけると、虚ろな目をした萌恵ちゃんが振り向き、こっちに歩いてきた。

「「もう無理!」」

 本日二度目のハモり。
 私たちは眦に涙をにじませ、相手に勢いよく駆け寄って痛いほどに強く抱きしめ合う。

「萌恵ちゃんっ、萌恵ちゃん! ダメだよこれ……私、耐えられない!」

「あたしだって耐えられないよ! 真菜に素気なくするとか、こんなの一日も続けられるわけない!」

 こうして、丸一日費やすつもりだった予行練習は数十分と待たずに終了したのだった。

***

 そして朝食時。

「今日もおいしい。萌恵ちゃんは本当に料理上手だね」

「ありがと! 真菜のために、これでもかってぐらいに愛情込めて作ったよ~」

 萌恵ちゃんお手製の料理に舌鼓を打ちながら、和気あいあいと会話を楽しむ。
 以前にわざとケンカしようとしたときと同様、またしても無謀な試みだったと痛感させられた。
 未来のことなんて分からないけど、少なくともいま、私たちは倦怠期とは正反対の状態だ。
 最初から分かり切っていたこととはいえ、身をもってそれを確信できただけ、収穫はあったのかもしれない。
 とにかく、倦怠期ごっこは二度とやらない。
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